第77話 貪欲な願い
だが、リーナはそれ以上語らない。
(一つの問いに答えました。もう私があなたに教えられるものはありません)
「そうですか……」
言いたくないのか。それともなにかしらの理由があり言えないのか、トレイルには判断しかねたが、それでも充分過ぎる成果は得ていた。
(では、再度お聞きします。あなたは何を望みますか?)
繰り返される複製音に籠られた感情を、トレイルは気付くことなく答えた。
「実です。古聖獣、ケット・シーに適合した実。それがあれば傷ついたケット・シーを助けることができるのです」
(なるほど……)
眉間にシワを寄せているイメージがトレイルの頭の中に流れ込む。他人が自分の脳の中に侵入してきているような気分になるトレイルは多少の嫌悪感を感じていたが、シローを救おうとしているルナのことを考えれば、苦でも何でもない。
「唐突に聞いてくるんですから、もちろん叶えてくれるんですよね?」
リーナは一呼吸置いてから、低い声で言った。
(なぜ、嘘をつくのですか?)
見下すような、失望するような声色にトレイルは戸惑ったが、しっかりと否定した。自分は嘘などついていないと。
だが、それでもリーナは声は低いままだった。
(あなたの願いはそのようなものではありません。もっと、深い深い谷底に忘れたままの家宝と言える存在。それこそ、あなたが真に欲する物のはずです)
深い谷底に忘れた存在……。幼い自分では救うことの叶わなかったあの人を助け出すための後一歩。それがなんなのか考える間もなく、トレイルは悟った。
(時として、その存在は今までの人生を全て放棄してでも手に入れたいとあなたは思っています。そんな人としての醜さすらを曝け出そうとも、貪欲にそれを欲するあなたの願いに吸いこまれ、私はこの場に来ました。言いなさい、あなたが真に望むことは何ですか? 私は不本意ながらここに来ました。ですが、あなたの願いに協力したい気持ちも確かにあります)
叶えたい願い、真に欲する物、そんな物一つに決まっている。
何年もの長い時、それだけを生きる活力として探し続けた物、『ユニコーンの角』それさえ手に入ればこんな場所など飛んでおさらばするほどに嬉しい。
だが、今それを願うことはトレイルの中の選択肢に含まれていなかった。
「ご気遣い感謝します。ですが、今の俺が欲する物は確かに実です。それ以外の物はあくまでの二番目。誰もかれもを犠牲にしてでも手に入れたい物など、今はありません」
一層、杖を握る力を強めてから宣言すると、リーナを繋いでいた光の糸がざわざわと揺れる。いや、正確には光の糸と同化していた光る根っこが揺れ動いたのだ。
(そうですか……わかりました。その答えがいつの日か後悔に変わらないように、私は切に祈っていまいます)
言い終わると、天井を埋め尽くす程の数の根っこが一斉にざわつき始め、ずるずると天井の土に埋まっていった。
(現在、根っこ達が総力をあげて地中に埋まっている実の捜索に当たっています。時期にあなたが今現在、欲する物が手に入るでしょう。それまで、少しだけお話をしませんか?)
「いいですよ」
トレイルが気軽に答えると、リーナは杖を通して喜びの感情を伝えてきた。
(あなたはなぜ、真の願いを欲しなかったのです?)
単刀直入な質問にトレイルは首を傾げるだけだった。
「簡単じゃないですか、あいつは俺にとって大切な友達だからですよ」
(友達? あなたは古聖獣を友達と呼ぶのですか)
「もちろん」
はっきりくっきりと答え、心の中でニカッとした笑顔を作る。
(良いですね。ですが、それでもあなたの真の願いは友の存在すらも大きく跳ね除けるほどではないのですか?)
トレイルは困ったように、小さく頷いた。正解であるが、そうでないとも言える、そんな頷きだ。
「まあ、最初はそう考えていましたが、どうも助けたい奴が頭にちらつくと他のことが入ってこないみたいで……」
実際に頭の後ろを掻きながらトレイルは言う。
(そうですね……素直なお馬鹿さんと呼ぶのが相応しい方ですね、あなたは)
「トレイルです。今まで名乗っていなかったことを深くお詫びします」
トレイルが深々とお辞儀を行うと、リーナは糸を通してトレイルの身体を持ち上げた。
(いいのです。それよりも、例の物が見つかりました。案外近場にあったので、思わず見過ごしてしまうところでした)
ざわざわと天井から根っこが生えだすと、その根っこの一つに引っ掛かっていた白く発光するトマト型の実が転がり落ちた。
ぼた。っと音を確認した後にトレイルは片目だけを開け、その実を確認する。が、一瞬にして嫌気をむき出しにした表情に変貌した。それでも、すぐに開けた目を閉じ、普段の自分に戻した。
「ありがとうございます、リーナさん。これでシローを救えます」
(いえ、久しく誰かと会話が出来たことこそ、感謝してもしきれません。それのためと考えれば、安いものです。それでは)
光の糸と融合していた根っこの感覚が徐々に薄れていく。トレイルは光る根っこの意識が完全に消え去る前に声を荒げた。
「もう、行くのですか?」
大声で、しかし寂しさも込もったトレイルの問いに、リーナは優しく答えた。
(はい、少し遠出をし過ぎたので、本来の苗床に戻り、しばしの休息を頂くとします)
根っこの感覚が完全に消える直前、二人は向かい合うように頭を下げ合った。
光の糸と根っこを繋ぐものが無くなり、空間内を照らし続けた光は一液残らず消えていく。
「トレイルさん」
呼ぶ声に釣られ、ようやく両目で視界を確保すると、眼前にルナがおり、少し遠目に嫌な表情になってしまうトマト型の実だけが発光していた。
その実の輝きは広く暗い空間に微かな灯を生み出したが、トレイルはその光すら嫌った。
「なにがあったのですか?」
杖に残されたリーナの声や仕草が掌で再生され、トレイルはふと思った。
「逆に、ルナさんはなにを見たんですか?」
突如として逆転した立場にルナは微かな戸惑いを見せたが、すぐその瞳に映った光景を語ろうとする。
「光……光の束が天井の一部と融合し、天井から生えていた無数の根の内、光の束に触れ合った物だけがトレイルさんの杖のように発光していました。それから、無言の時間が続き、辺りが騒がしくなったと思いきや、天井から光る実が降ってきました」
走るとも歩くとも言えない速度で光る実を取りに行ったルナ。
その間もトレイルははっきりと疑問を抱いた。
なぜルナは自分とリーナの声が聞こえなかったのか? リーナの声だけなら納得できないこともない、根っこの中の人間なのだから。だが、明らかに声を発していたはずの自分の声を、ルナは聞こえていなかった。
そう考えると、まるで自分のノドだけが霊体と化してしまったのではと思えてしまい、苦笑いがこぼれ出る。
「それで、トレイルさんはなにを……?」
大きさとしてはトマトとさほど変わりのない実を両手で包んだルナはもう一度、くどくならぬよう気を配りながら聞いた。
「そうですね……幽霊らしき人と交信してました」
そう答えるとルナは首を傾げた。幽霊と言う存在を信じていなかったからか、それとも曖昧な返答に納得がいかなかったのか。もしも後者であるのならばトレイルは仕方がない。と言うだろう。リーナ当人も己がどのような状態であるか、認識しきれていないのだから。
「積る疑問もあるかもしれませんが、今はシローの――」
元に帰りましょう。そう口にしようとした時、暗闇を這う生物に足を崩され、仰向けに倒された。
「な……なん――」
状況判断もつかぬまま、トレイルのみが倒された地点で待ち構えていた生物の上に乗りかかり、ヒュオっと風を切る音と共に狭い空洞へ消えた。




