第76話 光る根っこ
大きな空間に出た。
狭い狭い道を、腕を振り回せば壁にも天井についてしまいそうな狭い道を歩き続け、ようやく音が反響しそうな広さの空間に出た。
だが先がなかった。大きな空間と言えど、強い光源のおかげで遠くにある壁も天井も見える。だが、そこにはポッカリとした穴はない。
つまり、ここが地下の広場あった、空洞の果て。
「なにも無いですね」
唯一とも言える、天井から突き出た根っこを見つめながら呟くと、ルナは俯いた。
「とっても、残念です……」
俯いた後で、ルナは縋る思いで壁伝いに歩き始める。
せっせと壁伝いを走るルナの後ろ姿に、トレイルもなにか出来はしないと糸の数を増やし、光の鮮度も濃くしたが、びっしりと天井一面から突き出る根っこの数を調べることしか、出来なかった。
「……戻りましょうか、トレイルさん」
大きな空間を見事に一周してきたルナは涙目になりながら今来た道を戻ろうとする。
「そうですね」
それだけのことで涙を見せるのか、不思議に考えたトレイル。
多少、自分の思い描いた通りにことが運ばないこともある。だが、だからこそ、次はそうならないようによく考える。
それだけで充分過ぎる経験になると言うのに、なぜルナは涙目になるほど悔しいのか。
「……もう少しの辛抱だよ、シローちゃん」
遠方の家族を思う、切なさの籠った独り言に、悔しさの根源を知った。
「待った」
堪らずに声が出てしまい、先の言葉など思いつかないまま、誤魔化す様に杖の光を――糸を最大限まで増やした。
「まだ、終わりじゃないですよ」
終わらせたくなかった。これで終わってはあまりにも虚しい虚無感だけが籠るだけだ。トレイルは貪欲なまでに杖先に願いを込めた。
数百、数千の糸の群れはトレイルを中心とし、闇雲に天井や壁、大きな空間のその全てを埋め尽くした。
辿ってきた狭い空洞に逃げ込んだルナは、光聖樹から生み出せれた杖の真骨頂に目を奪われ、細くした瞼の先にある光の光源を必死に捜した。
ただ闇雲に広い空間を制圧していた光の糸は、天井から突き出た無数の根っこすら覆い、それに全身で触れた。
(あなたは何を望みますか?)
どこからか、見知らぬ声が聞こえてきた。いや、聞こえたのではない。トレイルがそれを感じ取った。掌から伝わり、脳にまで送られてくるその声を。
「誰です?」
目を塞いだままトレイルは訪ねたが、帰ってきたのは変わらない言葉。
(あなたは何を望みますか?)
一つのことを命じられた人形のように一切の変化も感じさせない声。高く、安らかな女性の声。
「あなたは、誰ですか? あなたの名前は?」
トレイルは意地になり、人形のような女性に多少言葉選びを変え、同じ質問をした。
その時にはすでに、広い空間全てを掌握していた光の糸も、無意識の内にトレイルの手にした杖の 元に収まっていく。だが、たったの一ヶ所の天井にだけは大量の糸が残っており、光の坂道が出来ていた。
糸が離れようとしない、天井の先にあるのはやはり根っこ。それがトレイルの生み出した光の糸と融合しており、糸の力を共有するように根っこも光を発していた。
(……フフ、面白い方ですね。私の存在を――私の名前を知ることはただただ時間を浪費するだけですよ? それでも聞きたいのですか?)
無機物とすら思えた女性の声は軽やかな笑みを零すと、探るように疑問を投げてきた。まるで生きた人間のように。
「はい、俺の師匠がそういう性格ですので」
もう瞼を開いたとしても気を失うほどの光源ではなくなったが、トレイルは声を少しでも鮮明に聞き取るために、閉じたまま答えた。
(会ってみたいものです、その師匠さんに)
率直な感想はトレイルの全身を反響し、その声が悪意を帯びていないこともわかった。
(私の名はリーナ・オルスト。人として死に、それでもなお愛し続けたこの大地を見守る健気な女性です)
健気など、自分自身に対して使っては自惚れと取られても仕方のないことだが、どちらかと言うとリーナの健気からは皮肉の方が強く感じられた。
「あなたは幽霊なのですね?」
過去に一度だけ幽霊と思しき人物と対峙したトレイルは、さほど疑問に思わなかったが、リーナは相手の脳の中で直接首を振った。
(いいえ、幽霊。と呼ぶほど私は死にきれていません。なんとお伝えすればよいのでしょう……たとえば、精霊。かなにかでしょうか)
シシーが自慢げな表情を精霊うんぬんと説明していた過去を思い出し、トレイルは聞いた。
「精霊、ではなんの精霊なのですか?」
たとえでの話であると言うことは分かっている。それでもこの声がなんの為に存在しているか知りたいトレイルは遠慮などしなかった。
(そこまでです)




