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第54話 地下に眠るお宝

 シシーは逃げていた。

 トレイルが生みだしてくれた隙を突き、ただひらすらに森の中を駆け回っていたのだが、トレイルに傷を負わせた大柄な三毛猫だけはズシリズシリと大地を震撼しんかんさせながら追いかけてくる。

 奥に逃げれば逃げるほど木々の数は増え、足元に生える雑草の背が伸びていく。

 これ以上足元の視界が雑草で隠されることになれば、こちらが相手を目視できなくなると危惧きぐしたシシーは逃げる方向を大きく90℃曲げた。

 その甲斐あって、次第に木々の数は減っていき、雑草の背丈も足首ほどになった。

 しかし、無闇に方向転換してしまったせいで、シシーはより深く森の中をさ迷うことにもなった。

 どこに向かえばトレイルたちと合流できるかわからない孤独感。どれほど駆け回っても消えることのない重い足音への恐怖感に、いつの間にかシシーの手は震えていた。

 涙目になりながら必死に逃げ回っていると、小さな広場に辿りついていた。

 木々の一本として生えておらず、空から照る太陽の光を一身に受け止める広場は、薄暗い森の中とは別の空間にすら見えた。

 関心に足を止めるわけにもいかず、だがここから離れるのも惜しいと感じたシシーは、逃げるのを止め、この広場で一つの賭けに出た。

 太陽の恩恵を一番に頂戴できる広場の中央にたたずむと、振り返り、大柄の三毛猫の登場を静かに待った。

 降り注ぐ太陽の光を遮断するように目を閉じると、気持ち耳が良くなった気がした。前方の茂みがなびく音がいくつか耳に入る。どうやら追跡者は三毛猫だけではないようだ。途中で合流したのか、初めから複数いたのか、どちらにせよ些細な問題だ。

 鋭い瞳でこちらを警戒しているのか、一向に猫たちは広場に姿を現さなかった。だがそれも一時が過ぎれば変化する。

 最初に痺れを切らしたのはやはりと言うべきか、攻撃性の一番高い三毛猫だった。三毛猫はいつの間にか一本の木を登り、頂辺から大きく跳躍しシシーに攻撃を仕掛けてきた。

 一見して、高らかに宙を舞いながらそのまま攻撃に繋げるようにも見えたが、思いのほかシシーとの距離が遠く、後少しのところまで跳んでおきながら三毛猫は一度地面に着地した。

 少々決まりが悪かったが、それを挽回するかのごとく茂みから二匹ほどの猫が一斉に跳びでる。

 皆、大柄の三毛猫に比べれば遥かに小柄ではあるが、それでも平均的な猫ほどの体型をしている。にも関わらずその駆ける速度は尋常ではない。だが三毛猫よりかは若干遅い。そのためにシシーの目の前で唸りながらも、もがいている三毛猫のそばに到着するまで僅かならがの有余があった。

 それでも気付かなかった。三毛猫がなぜシシーの目の前にいるのに、牽制しかしないか? 自分たちが踏みしめている土がなぜこうも泥濘ぬかるみがかっているのか? まるで泥の土を踏みしめているようだ。

 三毛猫の傍までなんとか歩み寄る頃には、追跡者は四本の脚は全て動かなくなっていた。


「ごめんね」


 目を開いたシシーは小さく舌を出しながら申し訳なさそうに言う。

 シシーが目を閉じていたのは、ただ迫りくる猫たちに覚悟を決めたわけではない。土の魔法を詠昌し、地面の土を沼に変えていたからだ。

 完全に足を封じられた猫たちは全身の毛を逆立てながら非常に高い喉音を鳴らすが、いまのシシーには屁でもない。


「バイバイ。猫ちゃんたち」


 勝者の笑みを浮かべながら身動きの取れない猫たちに手を振るシシー。

 そのまま、今来た道を逆戻りしようと、自分の作った特製沼の横を通った。若干の泥濘こそあるが、足が深くまで沈まり、見動きが取れなくなることはないだろうと高をくくる。

 だがそれがいけなかった。

 シシーが踏みしめた土は泥濘こそ大したことはなかったが、体重を全て乗せきった時にベコリと言う不吉な音とが鳴り、それと同時に土の層を貫いてしまった。

 沼のようにズブズブと沈んでいくのではなく、まるで落とし穴に引っ掛かったように勢いよくシシーの身体は土の中に落ちる。膝ほど沈み、急降下していた身体はピタリと停止した。

 安堵のため息を吐こうかと大きく息を吸い込むが、吐き出すより幾分も早く、シシーの半身が埋まっている地面から亀裂が生じた。

 亀裂は泥濘にはまっていた猫たちの周りをぐるりと一周し、シシーの元に舞い戻ってくる。ボトボトと崩壊の音色が辺り一帯に響き、亀裂によって生じた内側の地盤が沈下した。


「イタタ……」


 広場の地下に空いた空洞に叩き落とされたシシーは、腰を擦りながら辺りを見回した。

 高さは背丈よりも頭一個分ほど高い。目一杯に腕を伸ばせばどうにか地表に出られるほどだ。それよりも気にかかるのは今いる空洞だった。

 土の魔法とは言え、地表を少々沼に変えただけであって、地下に空洞ができるほど大地を操ったわけではない。ゆえにこの空洞は何十年も前から存在し、シシーの魔法によって運悪く薄い膜が破れてしまっただろう。

 その証拠に、空洞には明らかに自然物ではない棚が置かれている。恐らく、誰かがこの空洞を秘密裏に利用していたのであろう。

 悠長にしていられるわけではなかったが、あふれ出る好奇心を抑えきれずにシシーは棚を調べ出した。

 一番上の段、ここには古ぼけた食器や、羽根の付いてない羽ペンらしき物ばかりで、これと言ってめぼしい物はなかった。

 上から二段目、ここも古くなり手にしただけで崩れ落ちるような本が何冊か置いてあるだけで、一番上の段と大差なかった。

 表紙を読み取ろうと目を凝らすが、擦れてしまい、一文字とて字としての原型を留めていなかった。

 言うなれば、それほど昔からこの本はここに存在していた。百年……いや、百五十年ほど前からあったのかもしれない。

 上から三段目、ここも今までのように古びた物しかないと、諦めも含みつつ腕を動かす。

 木箱と思しき物に触れてみると、指先の力のみでそれは音をたてて崩れた。

 予想もしていなかった木箱のもろさに、ビクリと身体を震わせるシシー。一欠けらの木片すら塵と化した木箱の中に腕を通すと、サラサラとした木片の奥から、ザラっとした感触を感じた。

 木箱の中に納められていたであろう品を掴み、遠慮もなしに取り出した。

 長方形をした布で、片方の短い面には物を入れられる口があり、その周りには紐が円を描きながら通されていた。少しで紐を引っ張ればすぐに周りの口は閉ざされ、中の物が漏れない仕組みになっている。

 その布はお守り――タリスマンだった。

 タリスマンの表面には無数の枝や葉が描かれている。それを一つとして見るのであれば、いまにも表紙から抜けだしそうなほどの大樹だ。

 口を開け、タリスマンの中身を確認するが、中には目を疑うようなアイテムはおろか、塵一つ入ってはいなかった。

 それでは寂しいと、シシーは前にトレイルから受け取った解呪用もツレツ木の木片をタリスマンの中に入れる。それを腕首まで通し、ちょっとやそっとで外れないようにきつく紐を締めると、特製『白木タリスマン』が完成した。

 しばらくの間、腕からぶら下げたタリスマンに目を奪われ続けていたシシーは、背後から聞こえる物音により、ようやく我に返った。

 腕に付けたタリスマンを外す暇もなく振り返ると、シシーと共に落下した三匹の猫がこちらを威嚇している。

 大柄の三毛猫は前足の爪を鋭くとがらせ、歯茎を隠そうともせずに牙をむき出しにしている。

 これまでにないほどの三毛猫の怒気に、たじろぎながら恐る恐る身を退くシシーだが、すぐに古びた棚に背がぶつかり、逃げ場を失った。

 恐怖のあまり、目を閉じながらの魔法の詠唱すらできなくなったシシーは、ただ三毛猫の瞳を直視するしかできなかった。

 目を離せばやられる……目を閉じようとするのならば一瞬の猶予も与えられずに引き裂かれるであろう。

 目を見続けるしかなかった。

 目を見、生まれないであろう隙が奇跡的に生まれることを待つしかなかった。

 仮に一瞬の隙を付いたとして、そこからどう行動する? 地上に上がるためには背丈よりも頭一個分以上の高さを登り切らなければならない。

 一瞬の隙では、この地下空間から地上に出ようと行動出来ても、それが完了する前に猫たちに襲われるだろう。

 生き残るには猫たちが少なくとも十秒間、手出しをしてこない必要がある。

 なぜもっと早くに逃げなかったのだろう?

 好奇心に負けた自分を恨みながら、どう考えても訪れない十秒の時間を乞い願っていると、白木タリスマンから淡い光が放たれた。

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