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第51話 人語を操るペット

 ようやく猫の形をした建物にマナ一家とトレイル一行の計六人がそろい、長らくトレイルたちが浮かべていた疑問についての話し合いが始まった。


「ではでは、これよりトレイルさんたちに質問を行います。私たちの……特に愛娘の今後に関わることなので、お答ください」


「わかった。そのかわりそっちの質問が終わったらこっちの質問にも答えてもらう。それでいいよな?」


「頂いたのならば与えなければならない。この世のことわりですね、もちろん私は構いませんよ。あなたは?」


「ルナの意見であればどんなことでも賛成だよ。カティは?」


「賛成! でもトレイルたちは?」


 流れ流れて、なぜか提案者であるトレイルたちにその疑問が降りかかってくる。


「あたしも、アルゴルンも、当然賛成よ」


 アルゴルンと言う三人目の名前に、ルナは小首を傾げる。

 その動作にいち早く気付いたアルゴルンは部屋の隅からそっと腕を上げ、ここに存在していると周りに告げた。


「みなさんよろしいですね。ん? どうしたんだいルナ、頬が赤いよ?」


「い……いえ、なんでも……」


 視界の中に移っていたはずの旅の者に気付けなかったルナは自分を恥じてしまい、それにより頬を紅潮させていた。


「では、改めて質問しますが、トレイルさん……いえ、あなた方はシローがどこにいるのかご存じですか?」


「ご存じ、と聞かれたんなら答えはいいえ、だな。そもそも俺たちはシローって名前の爺さんに会うためにカティン村まで来たんだ」


 その答えに、ガナス、ルナ夫妻は目元にシワを寄せながら首を傾げたが、カティだけは飛び跳ねながら喜んだ。


「シローの奴、旅人の耳に入るまで人気になってたんだ! 嬉しいな、嬉しいよね」


 飛び跳ねに加え、その場でくるくると回りながら嬉しみに浸るカティ。だが両親の驚くほど一致している体勢に思わずたじろいでしまう。


「確かにシローちゃんは人間で言うところのおじいさんです。トレイルさんがなぜそれを知っているかも気になりますが、それよりも根本的な疑問が浮かびました。シローちゃんに会ってどうする気ですか?」


「簡単なお願い事を聞いてもらおうと……」


「お願い事? シローは招き猫じゃなく、ただの黒猫ですよ?」


 猫の形をしたティーカップを指先で示しながらガナスは不思議そうに答えた。

 シシーもアルゴルンも、その事実に驚きを隠しきれずにいたが、トレイルはどこか諦めた様子で口を開いた。


「もしかすると……その黒猫ってお腹の辺りが白かったりします?」


「違うよ、股が真っ白マタジローだよ」


「マ……マタジロー?」


 年頃の乙女が口にすべきではないことをカティはごく自然と口に出し、トレイルの頭の中でほどけかかっていた糸がさらにこんがらがった。


「カティちゃん! すいませんトレイルさん、まだ子供なところがあるんです。それよりも、確かにシローちゃんのお腹には可愛らしい白丸がありますよ」


 その言葉がなにを意味するのか瞬時に理解したアルゴルンは下を向きながら表情を曇らせ、トレイルは苦虫を噛み潰したような顔で舌を突き出した。

 シシーは頭の中で必死に情報を整理させ、導き出したとんでもない答えを大声で発表した。


「それじゃあ……ケットウッドで喋ってた黒猫がシロー!?」


 耳をつんざく大声にカティは驚きながらも喜んだ。


「シローを見たの? それも喋ってるシローを?」


 その問いかけにはシローと呼ばれる猫が人語を操ることに疑問を抱いているように聞こえる。

 常識的に考えれば猫が人語を操る自体ありえないことなのだが、トレイルだけはそれがさして奇妙なことだとは感じなかった。


「本当にシローが喋ったのですか?」


「ああ……俺の目の前で人間みたいに腕を組みながら愚痴をこぼしていた。あれはまるで……」


「アルゴルン! たしかに喋っていたのは事実ですが、今それは大した問題じゃない。いま大切なのはシローを探し出すこと」


「そ……そうですよ! シローちゃんがケッドウッドにいるのは確実ですし、今は一刻も早く見つけ出しましょうよ、ねぇあなた?」


 遮るようなトレイルの提案と、急かし気味なルナの態度に多少なりの疑問を浮かべる者も居たが、ガナスはそれを気にも留めずに妻の意見に賛同する。


「もちろん! ルナの意見に間違いなんてないからね」


 善は急げと、簡単な捜索準備を進めるマナ一家に、トレイルは透かさず待ったをかけた。


「それについてですが、シローの捜索は俺たちに任せてくれませんか? 森には忘れ物があるし、魔物が出ないとも限らない」


「だけどシローはあたしたちの大切な家族なんだよ!」


 がんとして引き下がる気配を見せないカティに、トレイルは尋常でないほどの睨みを効かせながら言葉を発した。


「いいかカティ、もしお前が森で魔物に襲われたとしたらどうする? 屈強な腕と俊敏な足をもった魔物にお前は文字通り手も足も出なくなったとしたら、お前はどんな策をこうじる?」


「それは……」


 トレイルの口から休むことなく飛び出してくる言葉にカティは涙目になりながらも、必死に頭を働かせた。


「そうだ! 父ちゃんと母ちゃんが助けてくれる!」


 両腕を天井高くに伸ばしながら断言するカティ。満面の笑みを浮かべるその姿にガナスもルナも満足げに笑い返したが、トレイルはその睨みを利かせた顔を緩めなかった。


「お前の両親が傍にいなかったら――お前の両親が魔物に殺されたらどうする?」


 あえてトレイルは「倒される」ではなく「殺される」と残酷な表現を口にした。その方がカティが引き下がりやすいと思ったからだ。


「そ……そんなこと……」


 案の定、カティの口から危機を感じる者の声色が漏れた。それに気付いたのか、ルナはカティの震える肩に優しく手を置いた。


「カティちゃん。ここは旅人さん達に任せましょう。強く言うのもきっと私たちのためを思ってのことよ」


 本当はルナの言うような健全な理由ではない。だがトレイルは自然な笑顔で頷いた。


「そんなとこです。猫が大勢住み着いている森とは言え、絶対に安全とは言えません。もしものことを考え、剣を手にした奴がいる俺たちに任せてはくれませんか?」


 部屋の隅に鎮座していたアルゴルンが、腰にぶら下げていた剣をちらつかせると、カティは膨れた表情でトレイルを睨みつけた。


「母ちゃんの言うことだから……絶対にシローを見つけてよ」


「まかせろ」


 トレイルはへらつきながら親指をグッとり返すと、そのまま入口のほうに振り向いた。


「あの!」


 ルナの声に呼び止められ、トレイルは顔だけを振り返らせた。そこのは愛娘の肩に父と母で片方ずつ腕を置いている家族の姿があった。


「お願いします、トレイルさん。アルゴルンさん。それに……」


 言葉が詰まった。よくよく考えればアルゴルンにシシー、ついでにルナは簡単な自己紹介すら済ませていなかったのだ。


「ああ、あたしはシシーよ」


 戸惑っているルナを見て、今までに名前を名乗ったことがないと気付いたシシーは慌てながら軽い自己紹介を始めた。


「要らないかもしれないが、俺はアルゴルン・セドルだ」


 律儀りちぎに、しかもシシーとは違い、しっかりとフルネームで自己紹介を済ませるアルゴルン。それに遅れを取るまいと、トレイルも口を開いた。

 だが、ルナも自分の番が回ってきたと思いこみ、トレイルと同時に口を開いてしまった。


「トレイルだ。職業は解呪師」


「ルルルナ・マナと申します」


「えっ?」 


 同時に行われた自己紹介の後に、またもトレイルとルルルナの声が同時に発せられた。

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