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第50話 マナ一家

 看板の先にあるカティン村に歩を進めると、看板が異様なまでに猫好きを押していた理由がわかった。

 建造物の全てに猫の紋章が刻み込まれている。

 建物の天井には猫の耳を彷彿とさせる三角の突起物が左右に作られていたり、窓の位置が逆三角形に三つ張られ、両目に口をイメージせざる負えないような作りになっていた。

 更に進むと、片方の前足を顔の横に持ってきて、満面の笑みでこちらを見つめてくる猫の像までもある始末。

 深く探せば、様々な猫にちなんだ模様などが扉や看板、更には地面にすら刻み込まれている。そしてそれらの場所には必ず一匹は猫がくつろいでいる。


「これじゃ看板に書いてあった、猫との『共存』と言うよりも、一方的な猫への『崇拝』だな……」


 僅かながらの軽蔑が込められたトレイルも言葉も、誰かが反論することなどなかった。

 更に進むと、地面に描かれた大きな円を発見した。そこの周りだけこれといった建造物もなく、朝から夕方まで日当たりが悪くなることはないだろう。

 まるでその円が日当たりの良さを示しているかのように。


「ここは日当たりがいいな、この円の中で待ってればいずれシローとか言う爺さんが現れるかもな」


「だけど、猫たちが占領してるのよ?」


 円の中には、ベルの話に聞いたシローのように、昼寝している猫が五匹ほどいた。

 前足を十字にし、その上にあごを乗せている茶猫や、お構いなしに腹を太陽に見せつけている白猫など、みな満足そうに寝息を立てている。


「踏まなきゃ問題ない……」


 遠慮などせずに猫たちの場所を荒らそうとするトレイル。だがその足が円の内部を踏もうとした瞬間、なにかの力によって後ろに倒された。

 尻もちの痛みが背中の火傷跡までに振動し、痛みを隠しきれぬまま力の働いた方向に顔を向ける。


「あんたは……?」


 そこには険しい顔でトレイルを睨む若い女がいた。目の前にいるトレイルたちと差ほど歳の違いもない女が腕を引っ張り、トレイルに尻もちをつかせたのだ。

 だが女は掴んだ腕を放さずに、更に握る力を増しだす。表情こそ険しいが、トレイルにはその女が憎しみや怒りで険しい表情をしているようには見えなかった。


「いま……いま『シロー』って言ったよね?その言葉に偽りはないよね!?」


 よく見ていると、腕を掴んでいる女の息遣いはかなり荒い。まるで全速力でそこら中を休むことなく駆け回った後のように。


「ああ、そう……」


 頷きながらも答えると、女は続きの言葉など聞きもせずに飛び跳ねるように喜び、そのままトレイルの腕を引きながら、どこかへと去ってしまった。


「な……なんなんだ?」


 唖然とした様子で先ほどのやりとりを見ていたアルゴルンには、声をかける暇すらなかった。疑問を思い浮かべ、それを口にしようか迷った時にはすでに会話は終結していた。そんな気分だ。


「とりあえず……」


 『追いかけるか』とシシーに提案しようと横を向くと、すでにシシーの姿はなかった。トレイルが連れさられた方向にシシーの影が見える。

 アルゴルンが迷い、決めかねている間に周りの者はすでに行動を始めていたのだ。

 一人孤独に取り残されたアルゴルンは、昼寝している猫の群れに一礼してから、足を進めた。




「父ちゃん。母ちゃん。このお人だよ!」


 トレイルは女に連れ回され、一軒のなかなかに異形な建物に連れられていた。

 建物の形から腰掛ける椅子、食器類を置くテーブルまでもが猫の形をしているのだから異形と呼ぶには十二分だろう。扉までもが横に丸い形に二つの耳が付いており、トレイルはその天井の低い駄扉だとびらに頭をぶつけてしまったほどだ。


「こらこら、そんな腕を引っ張ったら旅人さんの腕が離れてしまうよ」


 この家の主人は猫の形をしたティーカップをすすりながら、さりげないほどにサラッと恐ろしい言葉を口にした。


「そっか。そうだね。そうだよね」


 謎の三段活用を使用すると、女は申し訳なさそうにあざができるほど強く握りしめていた腕を放し、代わりにその痣を撫で始めた。


「なあ……」


「そうでしたね旅人さん、自己紹介の一つもせずに申し訳ございません。私はガナス・マナ。見ての通り、猫好きな村に暮らしている猫好きなお父さんです」


 ガナスと名乗る男は、トレイルの言葉を遮りながら礼儀正しく自己紹介を始めてきた。

 そんなガナスにトレイルは、相手の言葉を遮るのが得意な親子。と頭に記憶していた。


「ガナスさん、それにそこのお前、色々と聞きたいことはあるが、そっちが名乗ったんだから俺も名乗らないといけないよな。俺はトレイル、旅の解呪師だ」


「解呪師さん? 不思議な仕事ね。あたしはカティ・マナ。カティン村のカティって呼ばれてるの、よろしくね」


 初めは解呪師について首を傾げていたが、すぐにハキハキと自己紹介に移るカティの姿は、とても元気で活発な村娘のようなイメージが定着してくる。


「そしてそして、父ちゃんのお嫁さんにしてあたしの母ちゃんの……ってあれ? 母ちゃんは?」


「カティ、ルナなら猫たちにご飯を持っていったよ」


 猫の形をした窓から外の様子をうかがうガナスは二度、合間を取るように口笛を吹いた。すると、今までどこに隠れていたのかと聞きたくなるほどの猫の大群が窓に押し寄せてくる。

 それと同時に、猫たちを追いかけるようにして現れた麦わら帽子を被った女性が、窓の向こう側であたふたと慌てている。

 純白のワンピースに包まれた彼女の身体は、一つの動作だけで太陽に眩しく反射し、輝く。まるで解呪の杖から生みだされた光の糸のように。


「見えますか? 窓の向こう側にいる麦わら帽の女性が」


「ああ、あれがルナさん?」


 トレイルも窓の向こう側にいる女性を目にした。彼女はすり寄ってくる猫たちの尻尾を踏んでしまわぬように細心の注意を払っている。


「ええ、とても美しいでしょう……」


 自慢げに言いながらも、それを見ているガナス自身が一番彼女の姿に酔いしれていた。

 ガナスの熱烈な視線に気づいたのか、ルナもガナス同様、熱烈な視線で見つめ返した。トレイルがその場にいるにも関わらず。むしろトレイルの存在を認識していないとすら思えるほどに強烈な視線の応酬が行われている。

 次第に頬を紅潮させ始めたルナは、トレイルたち……いや、ガナスのみを対象にウィンクを飛ばすと、猫に足を取られ体制を崩しつつも、入口の方へ向かっていった。


「はぁ……美しい」


 妻の美しい全貌に酔い痴れていたガナスは窓の向こう側を見つめたまま動かなくなった。

 トレイルも、カティさえもガナスに対しため息を吐きだした。


「ラブラブなの……父ちゃんと母ちゃん」


 恥ずかしいのか、顔を伏せながらわかりきった家族事情を打ち明けてくるカティ。トレイルは適当な相槌でも打っておこうとしたが、腕をいまだに撫でられていることに気付き、タイミングを失ってしまった。


「とりあえず……」


 言い終わる前に扉の開く音が聞こえ、トレイルが口にしようとした言葉はまたもかき消された。

 だが、扉が開いたことにより、トレイルが言うまでもなく、その問題は解決した。


「失礼……」


 扉が開くのと同時に腕を撫でていたカティは、目の色を変えながら扉へとダイブした。

 母であるルナの胸元に飛び込もうとしたのだろう。トレイルたちと大して歳の差が変わらないカティも、どうやら父ガナスと遜色そんしょくないほどに母ルナのことが好きなのであろう。

 だがカティが飛びこんだ先にいたのはルナではなく、まったくの別人だった。その別人は当然の如くカティの熱烈なハグを無駄一つない動作でかわすと、透かさず建物の中に侵入し、隅へ移動した。


「大丈夫……と聞くまでもないようだな。それにしても今の奇襲はなんだ?」


 カティが間違えて飛びかかって人物はアルゴルンだった。部屋の隅で隠れるように身を屈めながら、アルゴルンは額を擦った。


「一つだけ言えるのは、今のは奇襲じゃないってことだけだな」


 わけもわからずにアルゴルンは首を傾げ、そのまま扉の向こう側を息を殺しながら覗きこんだ。

 抱きしめることに失敗したカティは、全身を地面に擦りつけてしまい、涙目になりながら鼻を抑えている。

 そんなカティに二人の女性が心配そうに腕を差し伸べた。一人はトレイルたちの旅の仲間であるシシー、そしてもう一人は先ほど強烈すぎる視線の応酬を繰り広げていたルナ。

 涙で潤んだ瞳では、どちらが愛しい母か見極めることすらできず、カティは我慢していた涙をぽろぽろと流しながら差しのべられた二つの腕を握りしめた。


「よしよし。泣かないでカティちゃん」


 母の腕であるルナが愛娘の背にもう一本の腕を回すと、猫を撫でるかのようななめらかな手さばきでカティをあやした。

 酷く場違いに感じたシシーは、さりげなく掴まれた腕を振り解こうと力を込めたが、握ってきた相手の腕が一向に緩まなかったため、その場から離れられなかった。


「……もう大丈夫だよ、母ちゃん」


 涙を流し、何度もしゃっくりを繰り返していたカティも、数十秒、母からの熱い抱擁ほうようを受けたおかげで、今ではしっかりとした元気な村娘に戻っていた。


「それに、あんたもありがと」


「ど……どういたしまして」


 母子だけの、邪魔することすら叶わない時間に突然向かい入れられたシシーは焦ってしまい、間の抜けた返事しか返せなかった。

 それでもカティもルナも、不満や疑問などひとかけらも浮かべずにシシーを建物の中に先導した。

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