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第49話 気味の悪い民話

「ケット・シーは目玉を穿ほじくるぞ…ケット・シーが目玉を穿るぞ…それがやんなら近寄るな…」


 二日間、変わり映えしない風景を歩き続けた三人の若者。

 だが、二日目の道中、視界にちらつき始めた生き物に、トレイルは駆り立たてられる衝動を晴らさんとばかりに歌い始めた。


「ケット・シーははらわたえぐり出すぞ…ケット・シーが腸を抉り出すぞ…それがやんなら関わるな…」


 続くようにアルゴルンは歌の二番を口ずさみ、意味ありげな瞳でシシーを覗いた。


「気味の悪い歌ね……それを突然歌い出すあんたたちも不気味だけど」


「知らないのか!? ガキの頃に無理やり読まされた『ケット・シーと死体』って絵本」


 足首にやたらとすり寄ってくる生き物に一喝しつつ、トレイルは力説を始めようとしていた。


「そんな絵本、知ってるわけないでしょ。そもそもケット・シーってどれだけ凶悪な魔物なの?」


 その言葉を合図に、待ってましたと言わんばかりにトレイルは頭をぐるりと一周させた。


「今もいるだろ。前には二匹、振り返れば三匹、足元にも一匹と」


「え?」


 前にいるのは木の蔭からこちらを見つめてくる二匹の子猫。振り返ると三匹の猫が仲良くじゃれあっている。下を向くと、トレイルとアルゴルンの足首を交互にすり合わせている猫がいる。それだけだ。


「この猫がケット・シー?」


 他に当てはまる生き物がいないため、あまり信じたくないと思いながらも猫の名前を口にすると、なぜかトレイルは首を横に振った。


「残念でした。違んだなこれが」


 どこかかんさわる否定の仕方に、心底腹を立てたシシーがトレイルに手を出そうとしていると、いつの間にか頭上に一匹の黒猫を乗せていたアルゴルンが口を開いた。


「ケット・シーってのは黒い毛色で緑色の瞳、そして腹だけが真っ白の巨大猫。と俺の読まされた絵本には記されていた。ようはここにいる猫たちの大型がケット・シーと思えばいいだろう」


 それを聞いたトレイルは眉間にシワを寄せながら首を大きく傾げた。


「俺の読まされた絵本は巨大じゃなかったぞ? 掌に乗せられるぐらいの小ささで、人語を操るとか。俺の読まされた絵本にはアルゴルンが口ずさんだ歌詞もでなかったし」


 少しの間、腕を組みながら考えにふけっていたアルゴルンだが、すぐに頭上でくつろいでいる猫に腕を伸ばした。


「絵本を描いた奴が俺の故郷とお前の故郷で違ったんだろう。シシーはケット・シー自体を知らないと言っていたし」


「いい読みだな剣のお主、しかし腸を抉り出す表現はちと非道過ぎると思わんか?」


 首根っこを掴まれたままの黒猫は、先ほどのアルゴルンのように腕を組みながら答えた。


「確かに、子供に読ませる絵本としてはむご過ぎるな。俺もあまりの恐さに軽いトラウマが……」


 そこまで口を開き、自分がなにと対話しているのかアルゴルンは気付いた。

 黒色の毛色をしており、それでいて腹の部分だけがいやに白い……大きくも小さくもない平均的な猫と同じ背丈だが、人の言葉を巧みに操る。ほとんどが絵本に登場したケット・シーそのもの。他に情報があるとすればケット・シーは凶悪で、人間を見るなり腸を抉りにかかること。


「ケット……シー……?」


 全身から吹き出る汗を拭うことすら出来ずに、ただひらすらその黒猫の言動に意識を集中させる。


「いかにも……」


 その黒猫が口を開くのに合わせるように、アルゴルンは黒猫を掴んでいる腕を放し、一心不乱に逃げ去った。

 恥も外見も捨てたみっともない走り方で。

 同様にトレイルも逃げていた。大切な物と豪語していたはずの杖を放り投げ、アルゴルンの後を追っている。


「あれ?」


 完全に逃げ遅れたシシーはどうすることもできずに二人の後ろ姿を眺めていた。酷く不格好な走りは腸が抉られるほどに面白おかしく、つい目を逸らしてしまうほどだった。

 だが逸らした先には、さきほどまでいた黒猫はおらず、それどころかいままでイヤでも視界に映っていた猫たちが全ていなくなっている。

 いままで見ていたものがすべて夢だったと思えるほどに……。

 一瞬にして、辺りから生き物の気配が消え去ったことにシシーの顔から笑みが消え、歩くより若干速い速度で二人の後を追った。




 足跡を目印に歩き続けたシシーは森を抜け、すぐに複数の民家を見つけた。一つ、二つと多くないが村と呼ぶには充分な数はある。

 入るべきか迷っていると、村の案内でも書かれていそうな看板の近くに、二人の見知った顔を発見した。

 一人は杖も持たずに地面に大の字を描きながら寝転がり、もう一人は限界を無視して駆け回った反動でむせ返っていた。


「やっと見つけた。女の子を見捨てて逃げるなんていい度胸ね」


「子は必要ないだろ……」


 絶え絶えとした呼吸の中、トレイルは残りの余力をその言葉を言い放つだけにつぎ込んだ。


「なんですって!?」


 地面に伏せているトレイルを睨むシシー。


「なんでも」


 逸らすように笑うトレイル。

 整いきっていない呼吸のまま立ち上がると、シシーと顔を合わせないように看板を覗き込んだ。


「なになに……『ようこそ猫と共に生きる村カティンへ。この村では猫と呼ばれる生き物は、大変非常にとんでもなく神聖です、なのでいじめたりせずに優しく接してあげましょう。そうすれば、猫たちもあなたにすり寄ってきて、なでなでができますよ』だと」


「猫と共に生きる村、か……説明書きを見る限り、これを書いた奴がかなりの猫好きであることは伺えるが、表現の仕方が少し行き過ぎな気が……」


 よくよく見ると、看板の到る所に猫と思しき肉球マークが押されている。


「まあ、愛猫家がたくさん暮らしている村ってことでいいじゃない。今はこの村で『シロー』って人を探すのが先決でしょ。ねえトレイル?」


「……だな」


 シシーの視線が刺すようなものだったためか、トレイルは幾分か遅れつつ返事を返した。

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