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第41話 黒い魔法について

 トレイル、シシー、べルの三人は切り株の少ない道を進み、やがて見覚えのある小川に到着していた。


「んん?マナの泉じゃあないな。体内地図が故障でもしたか?」


 ベルの進む道に文句一つ言わずについてきた二人だが、明らかに道を間違えているベルの言動に愚痴がこぼれた。


「しっかりしてくれよワーズ…前に一度ぐらい行ったことがあるんだろ?」


「もちろん! たしかあれは十五年ぐらい前だったかな……ゼゼと初めて会った時、二人でマナの泉を目指して頃だからな……」


「思い出話しはそれぐらいにして、重要なのはマナの泉へと続く道を思い出すことよベル」


「はい……」


 しょぼくれた返事の後に、シシーのベルに対しての口調や呼び方がトレイルのような軽いものに変わっていることに気付き、再度、深い切なさを覚えたベル。


「そういえばこの川、少しだけどマナの水を含んでるって話だったわよね?もしそうならこの川をさかのぼって行けばマナの泉に着くんじゃないの?」


「確かに……あ、いやいや。よくぞ気が付いたねシシーちゃん」


「絶対に気が付いてなかったな……」


「し……失礼な、気が付いていたとも」


 小川を遡りながらも、額に流れる冷汗を隠すように小川に飛びこむベル。勢いが強かったため小川に着水すると同時に白色の水しぶきがシシーたちを襲った。


「ちょっと、服が透けちゃうじゃないの。気を付けてよベル」


 川ではしゃいでいるベルを横目で睨みつけると、小馬鹿にするような笑いが二方向から聞こえてくる。


「その心配はないな」


 寸秒の狂いもなく言葉を同調させてくる野郎二人にシシーは頬笑みながら手招きをすると、優しくも痛々しい力加減でそれぞれの頬をつねった。


「乙女のスベスベ肌が服越しから透けるかもしれないのに、二人はずいぶんと余裕そうね?」


「違う違う! 多分、間違った解釈をしてるぞお前」


 トレイルの頬を抓る力が弱くなっていくことに気が付いたベルは、頬の痛みに耐えながら丁寧かつ大急ぎで説明を始めた。


「いいかシシーちゃん、白火はくび白水はくすいなどの白い魔法には危害を加える能力……つまり物理的な感触がない。だから、いくら白水の混ざった川で飛び跳ねたりしても、服に白水が染み込むなんてことはないんだ」


 理解できても簡単に受け入れられないでいると、トレイルが実例を見せた。


「俺の服を見ろ、川の中で胡坐あぐらまでいてみせたのに、ちっとも濡れてないぞ」


 目を凝らすが、トレイルの衣服が濡れているようには見えなかった。それでも幾分かの疑問が残っていたシシーはベルの頬を抓っていた指を放し、恐る恐るトレイルのズボンの裾を握った。

 パサパサしている。まるで照りつける太陽の下で何日間も干し続けたように。


「本当だ……」


 白水がどんなものか理解し終えたところで、シシーは自分の両腕がトレイルの一部に触れていることに気づき、慌てて引っ込めた。

 トレイルは抓られた頬をさすりながら安堵しているだけだったが、べルは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「シシーちゃんは解呪が完了したら、魔法学校で一から勉強するといい。魔法の才能は有り余るほど持っているのに、それの使い方が理解できていない。これはかなりもったいないことだ」


「え? え、と……」


「だな。首都アルン・バルンにならでかい魔法学校の一つや二つ、あるはずだ」


「ようし! 首都に戻ったらシシーちゃんのことを知り合いの魔法使いに推薦すいせんしておこう。そんなことをしなくともシシーちゃんの腕前なら簡単に入学できると思うけど」


「そ、それほどでも……」


 頼んでもいないことが勝手に膨らんでいき、あまりいい気分にはなれなかったシシー。それでもベルやトレイルの敬意を無駄にすることができず、とりあえず頭を下げておく。


「いやいや。ああそうだ、話は変わるがトレイル坊、お前は一週間ほどここで療養りょうよう生活をしてもらう」


「いきなりなにを言いだすかと思えば、そんなことかよ……って一週間だと!?」


「ダメか?」


 一度納得しておきながら、間をおいた時間差の疑問にすら、ベルは冷静に対処する。


「ダメに決まってるだろ! シシーやアルゴルンの呪いは一刻を争うんだ、こんなところで一週間も時間を無駄にできるかよ」


「トレイル坊の命が後一週間しかないと言われてもか?」


 その質問にトレイルではなく、シシーの方が深く喰いついてきた。


「どういうこと……?」


「その様子だと、二人とも黒い魔法のことを知らないみたいだね」


 二人が首を傾げていると、ベルは再度小川に飛びこみ、白色に変色した水をすくう。


「白い魔法の効力は絶大だ。死した亡霊を再度の眠りにかせることができれば、難病をいともたやすく癒すこともできる。それだけに反対の黒い魔法も凶悪だ。一度に万人の命を奪うことができれば、大地を殺すこともできる。人一人の身体を溶かすことなど一週間あれば充分なほどにな。シシーちゃんは……いや、恐らくトレイル坊も知らないかもしれないが、黒い魔法は使用するだけで極刑に値する罪だ」


 丸を描いた掌の中でユラユラと波打っていた白水が一瞬にして黒色に変色した。ベルはそれを地面に投げ捨てると、その地面一帯から黒色の煙ともガスとも違う気体が浮かび、地面を深く溶かしていった。


「な……それじゃあシシーはどうなるんだよ?」


「安心しろ。誰かが告発でもしない限りシシーちゃんが牢獄生活を送ることはないだろう。それに物理的な証拠はトレイル坊の背中にしかない。お前がマナの泉に一週間しっかりと浸かっていれば、その心配も無くなるだろう」


 特に反論しないところを見ると、シシーはそれに対して異議はないのだろう。

 だがトレイルは違った。歯軋はぎしりを鳴らしてまで、べルに嫌悪の目を向けている。


「よく聞けワーズ。今までの計画じゃ、色んな村に寄りながらゆっくり一ヶ月掛けて首都アルン・バルンまで旅する予定だった。首都なら解呪の材料がたっぷりと保管されてるからな。だけどここで一週間も居座ってたら首都に到着する頃にはシシーがウェアウルフに変わってる! それがわかってるのにこんな場所に留まることなんて、できるわけないだろ!」


「トレイル……」


 小さな悲哀な呟きとは裏腹に、シシーは容赦なくトレイルの頭部を叩いた。


「なんでシシーちゃんがお前を殴ったかわかるか?」


 揺れる脳に合わせるように首を振るうトレイル。

 当然だ、シシーのことを第一で考えた末の結論を、シシー自身に殴られるという形で拒否されたのだから。


「わからないか……なら殴られて当然だな。仮にお前が一切の治療を受けずに旅を続けてみろ、そうすれば首都に着く頃には誰がくたばってる?」


 わけもわからず、首を傾げていると再度ゲンコツが降ってきた。


「あんたが、死ぬのよ!」


 考えもしなかった答えに頭が付いていけなかった。死がこんなにも身近であることを受け切れずにボンヤリと空を眺めたが、変わり映えしないほどに晴天だった。


「ここでの一週間を挽回ばんかいする手段ならちゃんと用意する。だから今は自分の背中だけを見ていろ」


 過ぎ去っていく一週間を挽回する手段? 気になり、問おうとしたが口元が微かに痙攣けいれんしていることに気付き、聞きそびれてしまった。

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