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第40話 狩人か暗殺者か

 トレイルたちが小屋を後にしてから、アルゴルンはシチューを運ぶ手だけを動かしていた。

 意味もなく皿の中のシチューを掻き混ぜたり、途中まで運んでいたスプーンを傾け、皿の中にシチューのドロッとした液体を戻したりと完全に上の空だった。


「……剣士、なにが不満なんだ」


 すでにシチューを平らげていたゼゼゼアは、どこぞの阿呆が散らかしたガラクタを片づけながらアルゴルンを睨んだ。


「剣士ではない、俺は傭兵だ……」


 睨み返すアルゴルンだったが、実際は力のこもっていない無気力な返事だった。


「重要なのはそこではない、貴様がなにに腹を立てているかだ」


「……俺が腹を立てている?」


 自覚はなかった。

 今アルゴルンが考えていたことは自分自身の役割についてだ。形だけでもトレイルの護衛を引き受けている傭兵、そして護衛とは命に代えても雇い主の命を繋ぐことが役割だ。

 だがそれをアルゴルンは真っ当できているのか?

 コルンタでは対人という言い訳があったため、雇い主を守るどころか自分自身の身さえも満足に守れなかった。

 そしてこの小屋に来た時には、シシーの瞳が怖いという理由だけで雇い主について行かず、結果、トレイルは死の危険に陥った。

 そこまで考え込み、アルゴルンはようやく自分の感情を理解できた。

 アルゴルンは自分自身に腹を立てているのだ。役に立たない自分に……。


「違うのか? それならばそれでいいのだが」


「違わない……だから俺はここにいるんだ……」


 沸々と煮えたぎる怒りを抑えながらアルゴルンは冷静に言葉をつないだ。


「意味がわからないな、もう一度だ。今度は要件を強調させた方がいい」


 だがゼゼゼアには伝わらなかった。アルゴルンは深く息を吸い込み、一言一言を慎重に選びながら説明を行う。


「俺は強くない、だから俺は自分に腹を立てている。俺は強くない、だから俺はトレイル達に付いて行かなかった。俺は弱い! だから俺はここに留まった。ゼゼゼアさん、あなたに鍛えてもらいたくて」


「理解できんな。なぜ俺なんだ? 斧を着込んでおり、強そうだったから。などと言う愚かな考えならば断固拒否する」


「違う、あなたに鍛えてもらいたいと考えたのはあなたがこんな辺境の森に一人で住んでいるからだ。こんな人の気配がしない森、魔者たちにとっては楽園のような場所、そんな場所に堂々と小屋を建てれば襲われないはずがない、けれどあなたは平然と生活をしている。強くなければできないことだと俺は確信している」


 ガラクタを片づけていたゼゼゼアの手が止まった。マユをひそめ、振り返るように身体を曲げながら服に巻きついた斧の一つに手を伸ばした。


「生きるために必要な最低限の力を持っているだけだ」


 言い終わると同時に掴んだ木こり用の斧を玄関へと投げた。斧はいつの間にか小屋の中に侵入していた一体のオークの顔面に直撃し、オークは悲鳴を上げる間もなく倒れこんだ。


「ならそれを教えてくれ。俺にはそれすらない、誰かを守る最低限の力すらも」


 本日二体目となったオークの死体から斧を引き抜くと、ゼゼゼアはため息交じりに言った。


「仮にだ、仮に俺が貴様を鍛えるとしてどんなことをする? 言っておくが俺は剣士ではない。剣と剣を交わらせるような修業は期待はするなよ」


「そのことなら俺に考えがある」


 適当な理由を提示し、無理やりにでも諦めさせようとしたゼゼゼアだったが、アルゴルンの耳障りな一言にそれも泡となった。


「言ってみろ……俺の期待とかけ離れた答えであれば……」


 無駄だとわかっていても、ゼゼゼアは不機嫌な口調で念を押す。


「対人戦の修業をしてほしい」


「なぜ?」


「俺は呪われている。つまんで説明すると、人間が俺の近くに寄ると俺の寿命が減ってしまう。そんな呪いだ」


 『呪い』という単語が辺りに響く頃にはゼゼゼアは立ち上がり、外を目指して歩き始めていた。


「いいだろう、貴様を鍛えてやろう」


あれほど拒んでいたにも関わらず、掌を返したようなゼゼゼアの態度にアルゴルンは一筋の疑問も抱かずに剣を取った。




 外に出ると真っ先にゼゼゼアが口を開けた。


「今から貴様は俺のことをゼゼと呼べ、間違っても師匠などと呼ぶなよ。いいか?」


「はい」


 一度、喜びの余り剣を引き抜いたアルゴルンも、冷静に考え、師匠の許可なく剣を取ることは好ましくないと判断し、すぐに剣を納めていた。


「まずは修業内容の確認からだ。貴様は剣を振るい雇い主を守る剣士であるが、理不尽な呪いによって人間が近付けばその寿命が削れてしまう。そこで貴様はその矛盾を打破すべく俺に修業をつけてもらいたい。違うか?」


「その通りです」


 一ヶ所だけ、『剣士』と言う単語にのみ反論を試みようと考えたアルゴルンだったが、すぐにそれが無意味な行為だと気付き、結局口にはしなかった。


「差し詰め貴様は、『つば競り合いのできない剣士』とでも言うべきか……全く、いつの時代も呪いとは邪魔でしかないな…」


 愚痴を漏らしながらも必死になって考えているゼゼは、師匠と呼ぶに相応しい姿であった。


「…………二つ……二つだけ道がある」


 長い間の後、ゼゼは密かに口を開いた。


「一つは弓や投げナイフといった飛び道具の心得を会得し、狩人の如く敵を射る道だ。俺のように投げ斧でもいいだろう。二つ目は今と同じ剣士でいながら敵を瞬殺する道だ。だが、この道を進むには貴様は一秒を犠牲にしなければならない」


「飛び道具……向き不向きを言える立場ではないが、できれば剣を使った道に進みたい。その一秒を犠牲にするとは一体なんだ?」


「そのままの意味だ。鍔競り合いすらまともにできない貴様では普通の戦いなど不可能。ならば貴様は一秒の間に敵の懐まで忍び、認識されぬほどの速さで息の根を止める。言うならば『暗殺』だな」


「暗殺……」


 関わることなど毛頭ない思っていた言葉に思わずその意味を確認してしまう。

 暗殺。

 それは密かに誰かを殺すこと。誰にも見られずに、誰にも認識されぬまま。


 なんだ。俺にお似合いじゃないか……誰にも気付かれないように生きてきた俺に……。



「狩人か暗殺者か、どちらか好きな方を選べ、あるいは両方でも構わないぞ。他にないこともないが、今鍛えられるのはその二つだけだ」


「いや、暗殺の方がいい。暗殺の修業をお願いできるか」


 言葉だけを聞くのならば、アルゴルンは犯罪を決意した若者のようにも聞こえるが、実際は誰かを守るために影となることを決心した若者の言葉だ。それだけアルゴルンにとって、トレイルは価値のある人物なのだろう。


「できないのなら提案などせん。だが俺も暗殺など経験したこともない。そこで貴様にとっておきの修業場所を用意することにした。アルゴルンよ、人の戦い方とはなんだと思う?」


 唐突なまでの質問にアルゴルンは考える時間が欲しかった。だが言い終わると同時にどこかに向かい、歩き出したゼゼのせいで、猶予がなかった。


「集団で少数を襲うこと……?」


 頭の中を探り、コルンタで村人の集団に囲まれたと言う一番新しい記憶が浮かんだ。


「正確に近いが俺の求めていたものではないな。答えは武器を使用することだ。今から向かう修業場所には武器を使いこなす魔物が数多く住み着いている」


 その場所を語るゼゼの声色が普段よりも低いことにアルゴルンは気付いてしまった。

 なにかその場所に因縁でもあるのだろうか?

 ふとした疑問が口元から漏れてしまいそうになるが、なんとか飲み込んだ。知られたくないからこそ低い声が出てしまったのだろう。それをわかっていながら聞けるほどアルゴルンは鈍感ではない。

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