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第39話 オンボロ小屋の晩餐会

「へぇ……シシーちゃん、たった一冊の魔本から魔法の基礎を身につけたんだ」


「ええ、おかしな行商人から買った本を何度も読んでいたら、いつの間にか」


「……? 魔法はそんなにも簡単に習得できるものなのか?」


「いーや、お前の疑問はもっともだアルゴルン。本来なら、ちゃんとした魔法学校で四年間しごかれてようやく一種類の属性魔法が覚えられるって話だ」


「要約すると天才。とでも言いたいのか? 俺からすればこのシチューを作った者の方が希少価値は上だと思うがな」


 オンボロの小屋の中で杖を持った者たち。呪われた者たち。そうでない者。計五人は各々小さな足場を発見し、そこで腰を休めながら食事を取っていた。

 小川で奇妙な出会いを果たした三人は、べルのいる小屋に戻り、様々な点に目を丸くした。

 自分の家が他人に占拠されている。と怒鳴るゼゼゼアや、少し外に出ている間に小屋中がガラクタの海になっている、と呆れるシシーに、それを笑うトレイル。

 ガラクタの海をのんきに泳いでいたベルは「料理道具を探していたら、こうなった」と一際大きなガラクタの山を指差しながら笑う。

 ガラクタの山の峰にそびえ立っているのは鍋にフライパンのみ、ゼゼゼアは怒りで顔を真っ赤にしながらも、どこか諦めた様子でガラクタの山を登ろうとした。

 ベルがそれを止めに入るよりも早く、ガラクタの山が盛り上がった。モソモソと揺れていた山が音を立てながら崩れ出すと、ガラクタの山がアルゴルンを産んだ。

 アルゴルンは口の中に入り込んだ無機物を吐き出すと、疲労しきった顔のまま鍋とフライパンを高らかに掲げた。


 こうして、ゼゼゼアが持ってきたオークや、トレイル達の食料が入った紙袋を使った料理が作られた。

 ベルとトレイルの解呪師組はご自慢の杖使い、食材のすり潰しを担当。

 アルゴルンは一人で食材を切るのを担当。包丁が発見できなかったため、ご自慢の剣でトントンと。

 ゼゼゼアとシシーは鍋の煮込みなどを担当していたが、鍋が爆発する寸前でアルゴルンにその役割を奪われていた。


「シチューがうまいのは俺も同感だな、さすがアルゴルン君」


「……どうも」


 褒められるのに慣れていないのか、よそよそしく返事を返すだけのアルゴルン。


「あのままシシーが煮込んでいたら魔女の狂薬が出来あがってたかもな」


 狂薬になりかけたシチューをすすりながら高笑いするトレイルに、頬を膨らましながらトレイルの頬をつねるシシー。誰がどう見ても仲の良い男女のようだ。


「しっかし、仲直りが早かったなお前たち。向こうでなにがあったんだ?」


 生きた人間の目をしていなかったあの時のシシーと比べ、今のはシシーは目だけではなく、行動までもがイキイキとしていた。自分以外の人間の頬を抓る姿を見て、ベルにはすぐにわかった。


「え……なにがって……なにも、ねえトレイル?」


 小川でトレイルにされた行為が頭に浮かび、逸らすような目つきでトレイルを見詰めるが、トレイルは頬を抓られながらも高笑いすることに必死だった。


「……この二人ならオークに襲われていた。大した準備もしないままにな。ベル、なぜ二人を止めなかった? この森がオークのすみかであることぐらい貴様も知っているだろうに……それどころか貴様は俺の家を汚すというくだらない行為にいそしむ始末」


「悪かったってゼゼ。それにこいつらを放っておいたのには理由があったからだ」


「……一応聞こう」


 一呼吸入れるようにヒビだらけの皿に注がれたシチューを飲み干すと、ニンマリと笑った。


「飯を作ってたからな」


 宣言してから高らかに笑うと、それに釣られたトレイルが腹を抱えて笑った。


「馬鹿どもめ……」


 ゼゼゼアの放った悪態も耳をつんざく笑い声にかき消されていた。


「ところでトレイル坊、解呪の方は順調か? 特に材料面」


 笑いすぎたせいで背中のマグマが活発になり、トレイルが痛みでもどえていると、唐突にベルが問いかけてくる。


「少しずつ……集まってはいるけど、急にどうした?」


「いやなに、この近くにシシーちゃんの解呪に必要なある材料があってな、それをお前が持っているか気になったんだ」


 声を発することも背中の負担に繋がると思い、トレイルは服の内側を探り、一枚の紙をベルに手渡した。


「どれどれ……おお! アグレ石を見つけたのか!これで石の子はあと一個だな。だが依然として『ユニコーンの角』はなし……か」


 皆に聞こえるような大声で材料について語るベル。そんな説明の一文にトレイルは喰いついた。


「まさか……ユニコーンの角があったのか!?」


 背中のマグマが軽い噴火を起こしたが、眉ひとつ動かないトレイル。それに対しベルはため息を漏らしながら言った。


「おいおいトレイル坊……試験でそんなこと言ったら即退場になるぞ。シシーちゃんの呪い、ウェアウルフタイプのモンスター・チェンジにユニコーンの角が必要になるわけないだろ…」


「そんなことは知ってる……だが」


 らしくもない言い訳をするトレイルはとても悔しそうだった。自分が間違えを犯してしまったからという小さな理由ではなく、単純に求めている物が見つからないことから生じた悔しさだった。


「ねえトレイル、ユニコーンの角がどうしたの?」


 シチューを飲み終えたシシーが口元を服の袖で拭きながらトレイルに向けて質問した。


「今は亡き古聖獣こせいじゅう、ユニコーンの額から生えている角のことだよシシーちゃん。ちなみに古聖獣は二百年前に絶滅してるから材料を探すのかなり大変で……」


 だが答えはベルの口から帰ってきた。しかもその答えは酷くシシーの望んでいた答えとはかけ離れていた。


「最初の方ならあたしにもわかります。あたしが聞きたいのはトレイルがなんでユニコーンの角とやらを欲しがる理由よ」


「それこそ聞くまでもないだろシシー、解呪に必要だからだ。それよりワーズ、シシーの解呪に必要な材料って……?」


 素っ気ない言い方で軽く流され、更に話題を別のものに変えられたことにシシーはむくれ、そっぽを向いてしまった。


「マナの泉から湧き出た、『マナの水』だ」


「マナの水……もしかしてあの川の……」


 謝っても許さないぐらいの覚悟で剥れていたシシーだったが、トレイルの絶妙なほどの独り言が耳に入り、とてつもなく気になった。


「なになに? あの川がマナの水と関係でもあるの?」


「もちろんある。マナの泉から湧き出たマナの水、こいつは世にも珍しく魔力を含んだ水でな、俺が川に入った時に周りが少しだけ白くにごったのもそのせい……」


「六十点だな」


「は?」


 淡々とマナの泉について説明を行っているトレイルに、べルは横入りの厳しい指摘をする。


「その説明じゃあ六十点と言ってるんだ。第一に、お前は魔道の心得がない者でもマナの水に触れれば水の色が変わることを説明しなかった」


「う……」


 たじろぐトレイルに対し、容赦なくたたみかけるベル。

 この時だけはベルの不真面目で愉快そうな表情は厳格げんかくなものに変わっていた。


「この事実は魔法の使えないゼゼやアルゴルン君にとって驚くべきことじゃあないか?」


 部屋の隅でひっそりとシチューを口に運んでいたアルゴルンは小さく頷いた。


「第二に、マナの泉は魔法の泉だ。清い心を持った者が触れれば白く輝くが、汚れた心でマナの泉に触れれば黒くよどむ。お前は黒のことを伝えてはいなかった」


「待った、それに関しては俺も後で説明しようとした。だけでワーグが途中で割り込んできたおかげでタイミングを失ったんだ」


「むむぅ……そうきたか……」


 弟子に反論され、返す言葉が浮かばなかったベル。迷いに迷った末、何事もなかったかのように立ちあがる。


「さて……俺は愛弟子のためにマナの泉まで行ってお水を汲んでこようかな、と」


「ちょっと待ったワーズ」


 抜き足、差し足、忍び足で小屋の外まで逃げようと試みたベルを迷いなく呼び止めるトレイル。


「お……お師匠様になにかご用かな?」


 ギクリと身体を震わせながら振り返ったベル。明らかに目が泳いでいる。


「俺も連れて行ってくれ。マナの泉に」


 ベルは目をまるにしてトレイルを見た。予想では横入りしたことに対する文句を投げかけてくるのだと思っていた。

 付いてくるだけであるのならばベルも文句はなかった、むしろ黒火の治療としてトレイルを連れて行かねばと考えていたので、どちらかと言えば好都合だった。


「本来ならおいそれと他人に教えていい場所ではないが……弟子なら大丈夫だろう」


 一応、建前を並べておいて、いやいや連れて行くような雰囲気を作っておくベル。単純にちょっと見栄を張っておきたかっただけだ。


「さすがワーグ、器がでかいでかい」


「だろう」


 こちらもお世辞を言っておくことでベルの立場を大きくしてあげるトレイル。こうやって二人の師弟関係は成り立っているのかもしれない。


「あの……あたしも同行してもいいですか?」


 トレイルに便乗してか、シシーまでもがベルについて行こうとする。


「シシーちゃんも……? トレイル坊に関しては解呪師として材料の本質を見抜く為に同行させる。と言う建前があるが、シシーちゃんには動機がな……」


「マナの泉は魔法の泉。と言ってましたよね?それなら魔法使いのあたしがそこに行くのに問題はないはずです」


 納得のいく理由ではあったが、やはりそれだけでは建前になったとしても、ちゃんとした動機にはならない。ベルは深く考え込み、口を開いた。


「確かにな……だが結局のところ、なぜマナの泉に行きたいんだ?」


「それは……」


 口籠るシシーを横目で見ていたトレイルは軽い口調で言った。


「言いたくない理由があるのなら、無理に言う必要はない。俺は誰かにそう教えられた気がするな……なあワーグ?」


「残念ながら俺だ……わかった、シシーちゃんもマナの泉に連れて行く。これでいいだろ?」


「さすがワーグ、器がでかいでかい」


 相手の方を向きもしないお世辞に、ベルはどこかやるせない気持ちになっていたが、それもすぐに忘れるはずだ。


「行ってくるよゼゼ君…俺たちが戻ってくるまで俺のオンボロ小屋を頼む……」


「いつからこの小屋が貴様の物になったんだ?」


 優しさの欠片も感じないゼゼゼアの返事に、さらに切なくなっていくベル。

 トレイルは背中の痛みのせいでシシーの肩を借りながら、なんとか立ち上がると部屋の隅で隠れるようにシチューを口に運んでいたアルゴルンに声をかけた。


「お前はいいのか?」


「なんのことだ?」


 シチューを運んでいた手が止まると、アルゴルンはわざとらしく聞き返した。


「マナの泉に行くかどうかだ。こんなオンボロ小屋に居座っててもヒマだろ?」


「言いたい放題だな、貴様ら……」


 不満を包み隠さずに口にするゼゼゼア。

 アルゴルンは一口だけシチューを口に運ぶと、目を逸らした。


「行きたいと思っているのなら俺自身が口を開いている」


 いつも以上に愛想のない返し方に、トレイルは嫌な顔一つしなかった。

 こんな時のアルゴルンはなにかしらの悩みを抱えており、それは自分が口出しすることではないと、トレイルは知っているからだ。


「それもそうだな。それじゃ、ワーズにシシー、マナの泉を目指して出発しますか」

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