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第38話 斧を着込む男

 血のしたたる音と共に重く、生臭い物体がトレイルが目の前に沈み込んだ。


「…あれ?」


 死を覚悟していたトレイルは自分が生きている自体が不思議でたまらず、思わず頭部を擦る。

 こんぼうに狙われていたはずの頭部にはなんの外傷もなく、なぜか眼前で倒れているオークの顔面からは痛々しい刃物らしき物体が飛び出ていた。


「この森には数多くのオークが住み着いている……ゆえにこの森に侵入する者は相応の実力を持っているか……あるいは単なる無知な人間かに二分される。見たところ、お前たちは後者のようだな……」


 倒れているオークの先からささやくような声が聞こえた。

 トレイルとシシーは大慌てで声のする方向を見つめると、そこには男がたたずんでいた。幼さが全く見られない三十ほどの顔つき、鍛え上げられた筋肉、特に腕の筋肉は毎日飽きるほどに振るっていなければ身に付かないほどにしっかりしている。

 だが服装はあまりにも奇抜だった。いや……正確には服装が奇抜なのではない。肩から腰に掛け、十字の描くように上着を埋め尽くしている斧。

 その斧は身体のほとんどを埋め尽くすほどの面積であったため、一見すると斧を着込んでいるように思えてしまった。


「あ……あんたが俺たちを救ってくれたんだよ……な?」


 斧を着込んだ男は辺りを不思議そうに見回すと、口を開いた。


「俺は今日の食料を調達していただけで、お前たちはその過程の中にいた。それだけだ」


「けど……結果的には命の恩人だ。あんたの名前は?」


「二つ、忠告しておこう。仮にも命の恩人に対して『あんた』は無礼だ。それに名前を名乗る時は……」


「自分から。だろ? 悪かったよ、礼儀の基礎がなってなくて」


 人の言葉を横取りするのも礼儀になっていない。その言葉を喉元まで持ってきておきながら、斧を着込んだ男は直前で飲み込んだ。トレイルがどこか友人と似た雰囲気をかもし出していることに気付いたからだ。


「俺はトレイル。あなた様のお名前は?」


「充分無礼よ、トレイル」


 いつの間にかトレイルのそばまで来ていたシシーが睨みながら注意していたが、トレイルも斧を着込んだ男も聞いてはいなかった。


「どこかかんさわる奴だと思ったら、べルの愛弟子だったか。」


 言葉では驚きを表現していたが、無表情を貫いていた顔に変化はなかった。


「酷い印象だな。それより名前名前」


「急かすな、それにあいつの弟子如きに礼儀など求めていない。俺の名はゼゼゼア。これで満足だろう?」


 まさに満足しきった顔で頷くトレイル。

 シシーも話に置いて行かれまいと、割り込み気味に自己紹介を始める。


「あたしはスィスィル・カルセン。ゼゼゼアさんに聞きたいことが…」


「断る。過去に幾度となくこのような場面が訪れたが、そのほとんどが名前に対する疑問ばかりだ! スィスィルと名乗る女、貴様もそうだろう?」


 悲しいかな、シシーは本日二度も質問を拒否された。その上、ゼゼゼアと名乗る男の言う通り、頭の中に浮かんでいた質問の一つにそれがあったのだからなにも言い返せない。


「……すまない、少々取り乱してしまったようだ。古き友であるベルの弟子たちよ、付いてこい」


 ゼゼゼアは斧の刃が顔面から飛び出ているオークの死体をためらいなく担ぐと、トレイルが歩いてきた道を遡っていった。


「ちょ……ちょっと待った。どこへ行くかくらい教えても……」


「質問は受け付けない。付いてくればわかる」


 素っ気ない返答に、トレイルとシシーは諦めた様子でゼゼゼアの後を追った。

切りのいい所で終わっているので今回は短めです。

次回からはそこらへんも検討しながら投稿したいです……

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