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第32話 寄り道な提案

 服を着直しているシシーに対し、トレイルは後ろを向き、シシーの身体から目を背けていた。頭の中でもイヤらしい妄想などはしていない。様々な今後について考えているのだ。

 まずはシシーの今後。

 診断の結果からしても進行具合はまだゆるやかであるが、決して油断はできない。いつかはもう一つの異形な肉体に耐え切れず、全て放棄しようと考えるかもしれない。そうなればいかなる解呪師にも、どんなに材料がそろったとしても、手遅れだ。

 次にアルゴルンの今後。

 彼の精神なら、額の残りカウントが10を切ったとしても冷静に判断できるだろう。それでも一度に百近いカウントが減らされてしまった事実は重く圧し掛かっているだろう。

 最後にトレイル自身の今後。

 この問題が一番頭を悩ませてくる。背中に寄生した高温のマグマ、発生した理由と解決策。その両方共に見当がついているのに、それを実行できないことのもどかしさ。

 そして夢の中に居座っているジャズの存在。これがどうにも受け入れられずにいた。だが、前者はともかくとして後者の問題には一つだけ策があった。


「そうだシシー。これを預かってくれないか?」


 内ポケットを探り、取り出したのは白木の木片。トレイルはそれを着替え終わったばかりのシシーに渡す。


「いいけど…なんで?」


「良い夢が見られるお守りだよ」


 わざと詳しい説明はせず、大雑把に告げるトレイル。

 木片を受け取ったシシーはいぶかしげな顔をしていたが、それだけだった。


「トレイル…スィスィル…」


 木片を渡し終えると、良いタイミングでアルゴルンの声が聞こえ、二人はそれに答えた。

 少しすると、トレイルたちが来た方向とは逆の方向の茂みからアルゴルンが飛びだしてきた。肩で呼吸を整えている所を見ると、かなり探し回っていたようだ。


「探したぞお前たち…ここにいたのか」


 不満ありげな顔をしていたアルゴルンだったが、シシーはアルゴルンに己の裸体を見られなかったことに安心しきっており、トレイルに至っては、活発に働きだした腹の虫についてしか考えが回っていなかった。


「そうだな…それよりも飯にしないか?よく考えたら俺たち、昨日の昼からなにも食ってないぞ…」


 トレイルの適当すぎる返事にもアルゴルンは文句一つ言わなかったが、代わりにトレイルの要求も流した。


「そんなことより、スィスィルが座っている物に対してお前たちは疑問が沸かないのか?」


 シシーが座っている物…それはキレイな木目の切り株。ただそれだけ。


「切り株…もしかして、どうしてこれがこんな場所にあるのか。ってこと?」


「そうだ、俺はお前たちを探し、右往左往している間にこれと同じ切り株をいくつも発見した。場所によっては倒されたままの木も、俺はこの付近で誰かが生活しているのでは、と考えたが…お前たちはどう思う?」


 振り返り、遠くを見つめながら語るアルゴルン。トレイルは両手で腹を押さえながら適当に答えた。


「お前がそう言うんなら、そうなんじゃないのか…」


 空腹感しか頭に入っていなかったトレイルはさっさとこの話題を切り上げて、朝食の準備に取り掛かろうと考えていた。

 だが、それは結果として朝食の時間を遅らせることとなった。


「なら…行ってみないか、その場所に」


「…はい?」


 理解しがたい提案に思わず声が漏れてしまうトレイル。空腹しか刻まれていない今の彼にとって、確信がなく、どこにあるのかもわからない場所に一切の魅力も感じなかった。


「いいわね。あたしは賛成よ」


 不思議と、シシーは気乗りした様子でアルゴルンの提案を受け入れた。それでもトレイルが賛成したわけではない。


「よし、行くかトレイル」


 おかしなことに、アルゴルンはトレイルの意見を少しとして受け入れることなく、切り株を多く目撃した場所に向かおうとした。

 シシーも切り株から勢いよく立ち上がると、笑顔でトレイルの腕を引っ張った。


「ちょ…ちょっと待て!」


 理不尽な決定の仕方に、トレイルは大声を上げて反論した。シシーもアルゴルンもそれに反応し、振り返りはしたが歩みを止めることはなかった。


「どうした、トレイル?」


「どうした?じゃないだろ。なにも今すぐじゃなくてもよくないか?それこそ飯を食ってからでも…」


 最後にチラリとでた本音も、アルゴルンの心にまでは届かなかった。なぜならアルゴルンは飯の話題を一度として口にしていなかった。それはつまり、食欲にあまり興味がないからだ。


「俺たちには時間がないんだ。今まではスィスィルが一番だったが、今はトレイル、お前が一番危ない」


「そうか?」


 口では疑問の声を漏らしていたトレイルだが、背中の危険性、それは本人がいちばんよく理解していた。

マグマが噴火するまでの時間が少なすぎることも…。


「そうだ。マグマに浸食されつつあるお前にはまともな旅などできない。それはお前もわかっているだろう?」


「…」


 薄笑いを浮かべるだけで、なにも言い返さないトレイル。それに対しシシーも追い打ちを加える。


「あたしの考えだけど、そんな状況で無理に旅を続けるよりも切り株を辿たどって誰かに会って、それであんたの背中の治療方法でも聞くことができれば…」


 薄笑いが徐々に高笑いに変わると、空を仰ぎながらニンマリと笑っていたトレイルが足を大きく突き出し、前に進んだ。


「そうなることを祈ってみるか…わかった、行けばいいんだろ、その場所に」


 切り株を目印にして、大股で歩いていくトレイル。それに続くようにシシー、アルゴルンも後を追う。

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