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第31話 衣服の向こう側

「シシー。服を脱いでくれ」


 木々が生い茂る森の道中。そこで小さな雑談と共に北に進んでいた三人の内、トレイルがふとしたような表情でシシーに一つの提案をした。

 もはや、提案と言うよりも命令として捉えられる言葉に、シシーは頬を紅潮こうちょうさせながら拳を深く握らせ、アルゴルンに至っては身の危険を感じたのか、近場にある木の影に隠れだしていた。


「トレイル…念のため言っておくけど、あたしは華の17歳、か弱い乙女なのよ?」


「奇遇だな、俺も華の17歳、か細い青年だ」


 聞いてもいないことをケラケラと笑いながら告げるトレイルに羞恥心よりも怒りが高まってしまったシシーは、握りしめた拳をなにかに叩きつけたい衝動に駆られたが、なんとか思い止まり、意味もなくアルゴルンを睨みつけた。


「お…俺の歳は18だ」


 結果として、アルゴルンに対し無言の脅迫を行ったシシーはどこか申し訳なく感じ、睨みつける対象を本来の人物に変えた。


「どうやら問題はないみたいだな。なあシシー?」


 その一言によってシシーはキレた。誰になんと言われようが、この男の腐った性根しょうねを叩き直さなければ、と心に深く誓った。たとえ背中にマグマのような傷跡があったとしても同情の余地など一切ない。そう心に刻みこんでいた。


「トレイル君?ちょっとこっちにおいで…」


 薄いペラペラの頬笑みでトレイルを誘導するシシー。トレイルもそれの承諾し、迷いなくシシーの元に行くと、そこはアルゴルンがいる場所からちょうど見えない位置となった。


「同い年の女の子に脱衣だついを命じることに何一つ問題がないかどうか、よく考えさない!そうそれば少しは考えが変わるんじゃないの?」


「別に変わらないが?」


 トレイルの口から飛び出した言葉は一秒すらも掛かっていなかった。一切の迷いすら感じられない返事の速さにシシーの心から怒りすら消えた。だが、ここ諦めてしまうわけにはいかなかった。シシーはおかしくなりそうな頭を何度も振るうと、トレイルの頬をつねった。


「確かにあんたの心身はボロボロかもしれないけど…まさかここまで堕ちていたなんて…」


 あわれむような瞳で見つめてくるシシーに、トレイルもようやくシシーが伝えたかったことを理解し、咳き込んだ。


「ち…違う!俺が言いたかったのは呪いの進行状況を見せてくれってことでお前のハダカをみたか…」


「それ以上言うな!」


 シシーの爪が頬に食い込み、背中の激痛など忘れられるほどの痛みを感じていると、急にそれがなくなった。


「たしかに…それに気が付けなかったあたしのせいでもあるけど…トレイル!あんたももうちょっと気を使った言い方があったでしょ?」


「うーむ…」


「悩むな!」


 本気で頭を抱え、悩んでいたのだから、シシーもついカッとなってしまう。


「は…はい!」


 トレイルの半ば強制的な返事により、勘違い騒動が幕を下ろし、本題であるシシーの呪い、それの進行具合を図るためにシシーは服を脱ぐしかなくなった。


「あ…」


 いくらトレイルの目的が『裸体を眺める』ことから、『呪いの進行状況を図る』に変わったところで結果として、服を脱ぐことに一切の変わりはなかった。むしろ前者の目的なら絶対に拒否できたが、後者の目的であるのならば、私情によって拒否することがさらに困難だ。

 シシーが彼らと最初に出会ったころ、衣服を脱いだ。だがそれはまだ互いのことを全く知らない他人のような関係だったからだ、だが今は三人とも深い絆で結ばれており、半裸であっても簡単に己の肉体を異性に見られたくはないと思った。


「本当に、脱がなきゃ…ダメ?」


「当たり前だろ。俺みたいに服の背中側が燃えはだけてるのなら話は別だけど…」


 背を向き、煮えたぎる背中を見せつけるトレイル。

 どうしてもそれに罪悪感を感じてしまうシシーは薄眼でマグマを睨む。そこには今までに確認できなかった黒い岩石のようなものが浮き出ていた。


「ち…ちょっと向こうに行かない…?」


「またか?」


 文句ありげなトレイルを無理やりに引っ張ると、本格的にアルゴルンからは見られる可能性の少ない場所を探した。

 探すと言うよりも、どこか遠くへ逃げようとしていたシシーは、引っ張っていたはずのトレイルに引っ張り返され、足が止まった。


「シシー、あそこで検査しないか?」


 トレイルが指をさした方向には木々が生い茂っている森の中では、あまりにも不自然にたたずんでいる一つの切り株。


「え…なんであそこに切り株が…?」


「森に切り株は付き物だろ。気にしない気にしない」


 強引な理屈を言い放ち、切り株まで先導されると、いよいよ座らざる負えなくなったシシー。愛想笑いなんかも試してみるが、トレイルには全く通用せず、決断の時が近付いていく。


「さあ、ここなら俺とお前以外、誰もいないぞ?」


 健全けんぜんな精神で言っているにも関わらず、なぜか頬が熱くなるのを感じていたトレイル。

 シシーもいい加減、覚悟を決めたようで、切り株に座るとおもむろに衣服のボタンを一つ、また一つと外していく。

 ボタンが外れるたびに緩まっていく襟元。シシーのピンク色をした肩が徐々に露出されるたび、トレイルは理性に若干の戸惑いを感じ始めたが、それは背中の毛が姿を現す頃にはなくなっていた。


「ど…どう?」


 前回と同じ、両肩から少しずつ服をずらしていき、胸をなんとか覆い隠すだけの余裕を持った脱ぎ方をしていたシシーが、戸惑いながら聞いた。その声には前回とは明らかに違い、羞恥心もこもっている。


「なんとも言えない…最初の検査からまだ二日しか経ってないからな。たしかに背中の毛は前よりか多少、拡大してはいるが…」


 撫でるようにシシーの背中を掌で掻きまわすと、シシーはくすぐったい。といった表情で訴えてくる。


「いくつか質問をさせてくれ、それで『モンスター・チェンジ』の進行具合を予測する」


「お安い御用ね」


 トレイルを指をクシのように尖らせ、シシーの背中の毛を優しくいていく。


「初めに、呪われてから、夜の方が周りを見やすくなったか?」


「いいえ、暗闇は見えないわ。ごく普通に」


 首を振るうシシー。


「わかった、次は呪われてから臭いに敏感になったか?」


「あんたの顔面に腐ったトマトが直撃した時はさすがに吐きそうになったわ」


「…了解」


 その日のことを思い出したのか、かなり低い声でトレイルは返事をする。


「それじゃあ、最後に…今日はどんな夢を見た?」


「え…?」


 唐突とうとつな質問に、胸を隠していた服が開けそうになったが、ギリギリのところでそれを防ぐ。


「どうして夢が出てくるのよ?」


 視覚や嗅覚に関してはまだ納得ができたシシーも、夢については納得がいかなかった。どう考えても関係性が見えないからだ。


「『モンスター・チェンジ』は少しずつ魔物になっていく呪いだ。もしも寝ている間にその魔物…お前の場合はウェアウルフだが、そいつに関する夢を見たとなれば、それはかなり危険な状態なんだ」


「危険?誰だっていつ魔物になるかわからないんだから、その魔物に関する夢を見たって不思議はないんじゃないの?」


 その問いにトレイルは間髪いれずに答える。


「仮に、お前がウェアウルフの姿で誰かを襲い夢を見たとする。そんな夢を見るのは、お前がウェアウルフになることを心の片隅で許しているからだ。言い方を変えればそれは、お前の身体にある『魔物化』への抵抗力が薄くなったとも言える。もしお前が今みたいな夢を見たとすれば、お前は一ヶ月も待たずにウェアウルフに変貌へんぼうする」


 トレイルの長い説明が終わり、シシーは考えを整理しようと必死になった。

 しかし、どんなに考えようとしても重要なのは今日見た夢の内容。シシーは意味もなく考えるよりも今日見た夢の内容を思い出すことを優先させた。


「大丈夫…たしか、そんなに嫌な夢でもなかったから…」


 今朝見たであろう夢を断片的に思い出すシシー。だがトレイルはそれに満足せず、シシーを執拗しつように問いただす。


「もっと詳しく教えてくれ、一部分だけでもいいから」


 簡単に言ってくれるが、一度忘れた夢を再度思い出すのはかなり困難だ。必死になって頭の中を駆け廻り、断片的に思い出していた夢の、その続きを呼び起こした。


「たしか…歩いてた、あたしたち三人で。あんたとアルゴルンは肩を繋ぎながらで、あたしは…たぶん笑ってた。笑いながら二人の腕を引っ張ってた」


 そんな愉快な夢を、頬笑み混じりで語るシシー。そしてそれを楽しそうに聞いていたトレイルは安心した。


「大丈夫そうだな。そもそもお前が魔物になろうなんて思うわけがないからな」


「もちろんよ」


 診断が終わり、シシーはトレイルの了解を得て服を着直していた。

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