第30話 クワとスキの青年
「ううん。眠りについたみたい。それよりも、今はこれからについて考えない?トレイルの受け売りなんだけど…」
照れ笑いを浮かべるシシーに、再度ギルバンが疑問を振った。
「お前たち三人はどうするつもりだ?」
ギルバンの質問は『これから』を聞くものだった。
想定しているはずのない逃亡劇を繰り広げた結果が、路頭に迷う。ではあまりにも惨めであるが、シシーは言い返せる言葉が浮かばなかった。
「今日はここで野宿する。出来れば洞窟かなにかの雨風を凌げる場所を探したかったんだが…トレイルの様子を見る限り、それも無理だからな」
しかし、アルゴルンは違った。明確な『これから』を告げたわけではなかったが、筋の通った説明で相手に納得させ、逆に質問を切り出す。
「俺たちのことよりも、二人はどうするつもりなんだ?」
待ってましたと言わんばかりにベッツが言い張つ。
「もちろん!俺たちもシシーの旅についてい…」
そこまででベッツの宣言は終わった。横にいたギルバンからゲンコツを喰らったからだ。
「アホかクー君、村の風習に逆らったぐらいで、どうして浮浪人にならないといけないんだ。あんな村でも俺たちの故郷だぞ」
ギルバンからの最もな意見を言われ、ションボリとなりながらも納得をしたベッツは髪を掻きながら笑った。
「ってなわけだ。俺たちはコルンタに戻ります!」
勢いよく後ろに方向転換すると、右。左。右。左。と行進のような正確な足踏みを繰り出し、そのままコルンタに向かいそうになった。
「っと、言いたいところだが!」
透かさずベッツの服の襟元を握ったギルバンは、早合点している友にも伝わるような大声で言う。
「今、コルンタに戻るのは危険すぎる。だから俺たちもここで野宿しようかと思う!」
飛び跳ねるように喜んだベッツは急いで近くの木を探し、根元に頭を乗せた。
「この枕は俺のだ!」
根元を枕に例える辺りがなんとも言えず、面白かった。そのせいで残りの三人は小さな微笑みをこぼしてしまった。
「確認だが、ここで一泊させてくれるか?」
ギルバンがわかりきった笑顔で聞くと、アルゴルンも同じ笑顔で頷いた。
「もちろんだとも」
こうして、何本も密集している木の下で五人の若者は雨宿りと同時に野宿をした。
さらに具体的に言うのであれば、トレイルと、それを看病すると意気込んでいたシシーの二人はすぐに寝入ってしまい、残った三人の男たちで順番に夜の番を行っていた。
夢の中。それに気付くと彼はすぐにそっぽを向いた。夢が覚めるまで…。
「おかえり、トレイル君」
「…」
「冷たいな…まあいいや、話の続きを聞かせてよ」
「忘れた…」
「ウソだ~、トレイル君の大好きな女性の話だよ、覚えてるよね?」
「…うるせい」
「教えるまで聞き続けるよ?」
「…夢の中でくらい、安らかにさせろよな…」
「やだよ~」
呟くような声も、青年は敏感に耳に入れていた。それでも彼はそっぽを向き続けた。夢が覚めるまで…。
………
晴天とした朝晴れの下、共に一晩を明かした五人の若者たちはそれぞれ二つの道を目指し、別れの挨拶を交わしていた。
「ここでお別れだな、解呪師率いる呪われた友よ」
「うう…なんかスー君がよくわかんないこと言ってるけど…寂しいよアルル…」
アルルとはアルゴルンのことだ、どうやら夜の番を行っていた三人の男たちは、トレイルとシシーの二人が仲良く添い寝をしている間に、友情を深めていたようだ。
「泣くなベッツ、また会えるさ」
夜の間、大雨や暗闇が隠していた全体が明かされ、姿を現した木々が鬱蒼と生えた森。
その一つに背を預けながら答えるアルゴルン。夜の間になにがあったのか、バンダナ越しから微かに見える彼の瞳は潤んでいた。
「それにしても、本当に今日でいいの?もう少し気を窺った方が…」
一晩の間で充分な睡眠をとっていたシシーはスッキリとした表情で尋ねると、ギルバンがそっと答えた。
「いや…今は一刻も早く村に戻り、あることを調べたい」
「あること…?」
「『名前を叫ばれた者同盟』についてだ」
『名前を叫ばれた者同盟』。これはジャズが火炙りの最中に苦痛を混じらせながら叫ばれた者による同盟のことだ。この場にいる者は、シシー、ベッツ、ギルバンの三人だが、他にも、ミシア、カルンの両名もその同盟の加担者であるのだろう…ギルバンの言葉を基準にするのであれば。
「俺にはよくわからない話のようだが…成功を祈っているぞ」
一晩、雨に浸していたにも関わらず、昨晩と同じマグマを背中に抱えているトレイルの表情は、苦痛ではなく、高温の痛み、ジャズの質問攻め、その夢と現実の両方で安息を奪われたことによる眠い目を擦った表情だった。
「ああ、なにか進展でもあれば伝えたいのだが…お前たちはどこを目指しているんだ?」
マグマの痛みなど、とうに慣れていたトレイルは頭を掻き上げると、確信の得ない顔で答えた。
「基本的には、フラフラと北を目指してるけど…最終目的地はこの大陸のど真ん中にある首都、『アルン・バルン』になる…かな?」
確信の得ていない顔と言葉に、不満そうな表情を見せてしまったギルバンだが、すぐに真面目な表情に戻り、頷いた。
「わかった。なにか収穫があれば俺も首都を目指すとしよう」
「俺『たち』だろ。スー君」
横入りしてきたベッツの言葉に頬笑みながら頷くギルバン。シシーはそんな二人を見て、小声で言った。
「お願いね…二人とも…」
そんなシシーの言葉も聞かれることなく、風と同化していた。
「別れるはずが、ずいぶんと長話になったな。ここらでいい加減切り上げないか?」
トレイルの提案に皆、素直に頷き、最後にトレイルとギルバン、それぞれの代表とも言える人物が握手を交わした。
トレイル、シシー、アルゴルンの三人はまた、当てもなくフラフラと北を目指していたが、ギルバンとベッツは迷うことなく故郷を目指し、歩んだ。
途中、名残惜しい表情で振り返ったベッツは、忘れかけていたトレイルの背中の傷を直視し、振り返った自分に後悔した。
シシーもまた、トレイルの背中にできたマグマに、酷い罪悪感を感じていた。
そんな中トレイルは、指の先で杖のバランスを保つ遊びをしていた。理由のない笑いを浮かべて…。




