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第33話 杖を持っている男

 進めば進むほど切り株はその数を増していく。最初は辺りを見渡し、一つあるかないかほどの間隔だったが、気が付けばあちらこちらに切り株が出来ており、その近くには暖炉などに投げ込み、炎を灯すためのまきも落ちていた。


「そろそろ見えてきてもおかしくなさそうだが…」


 アルゴルンの言葉に反応したのか、トレイルは首を上げて叫んだ。


「どうやらそうみだいだな、空を見てみろ」


 言われるがまま、アルゴルン、それにシシーは空を見上げた。すると真っ直ぐ進んでいた方向の空にゆらゆらと上昇する黒煙が見えた。


「煙みたいね、っと言うことはあっちに人が!」


 二人を置き去りにしながら煙の下まで駆けるシシー。置き去りにされた二人もシシーに負けじと煙の下を目指そうとしたがすぐに止めた。トレイルは背中の激痛に襲われ、アルゴルンはそんなトレイルにペースを合わせたからだ。




 思いのほか煙の上がっていた場所が近かったようで、トレイルとアルゴルンはすぐにシシーに追いついた。

 シシーはいくつもある切り株の一つに腰を降ろしていた。

 退屈そうに二人を待っており、数分と経っていないにも関わらず、二人の姿を見ると退屈を吹き飛ばすような笑顔で手招きしてきた。


「遅かったわね」


「腹が減ってたからな」


 トレイルが冗談混じりの顔で言うと、シシーも笑いながら納得した。


「ここでなら朝食にありつけそうだな…」


 ボソリと呟きながらシシーの座っていた切り株の横を見る。

 そこには小さな一軒家が存在していた。一軒家と言うよりも廃屋と言う表現が正しいかもしれない。一面木々のこの森の中で、一人ポツンと佇んでいる家。外装の木もカビやらで変色しており、切り株を材料にしたのか?と思うよりもまず、コルンタの家を何年間も放置した結果…と言うのが第一印象だった。

 屋根には煙突が設置されており、そこから煙が上がっている。室内にはちゃんと人がいるようだ。仮にいなかったとしても煙が上がっているのだからつい先ほどまではいたことになる。

 家の横には数多くの切り株はもちろんのこと、無造作に落ちている木こり斧や、薪を集めてできた束があった。

 様々な自給用品を見渡してから、トレイルは心の準備など一切せずに木でできた扉を叩く。

 コンコン。

 二回叩いてからトレイルは大口を開けてあくびをした、すぐには出てこないだろうと思い掌で覆うような仕草すらしなかったが、それが仇となった。


「お早いお戻りで、ゼゼ…クン…?」


 まるで待ち構えていたかのような速さで扉を開ける男。

 ボサボサとした短い髪や首周りまで生やされた不精髭ぶしょうひげの男、年齢は三十ほど。そんなだらしない印象の男だが、服装やらその腕に握っている物やらがトレイルと奇妙なほど酷似こくじしていた。

 見た目は地味だが、内側のポケットにでも小物を多く入れられそうな服。そして、トレイルが「解呪師の証」とまで豪語ごうごしていた『杖』をこの男は手にしている。


「ワ…ワーズ!?なんでここに!?」


「なんだなんだ?トレイル坊じゃなねーか、奇遇だな」




 ワーズと呼ばれる男に招かれるままに、家の中に入った三人。

 室内はなかなかに殺風景で、火の灯っている暖炉はだんを取る、と言うよりもただ明るさを確保しているだけに思えた。

 机は一つとしてなく、椅子も壊れかけのものが二つのみ置かれてあった。

 ワーズは遠慮の一つもせずに数少ない椅子に寄り掛かる。ボロボロにも関わらず、一度に全体重を乗せるような座り方に、当然椅子もギシギシと悲鳴を上げる。


「あの…ワーズさんに二、三質問があるんですけど…」


 トレイルとの言い合いに負け、もう一つの椅子に座らされたシシーが困惑した表情で聞いた。


「なんでも聞いてくれ」


 爽快そうかいな返事をさえぎるように、床に座っていたトレイルが横入りの質問をした。


「なあ!なんでワーズがここにいるんだ?」


 ニコニコと微笑みながら問いかけるトレイル。

 それの質問に不満は一切なく、むしろ好奇心の籠った声色だった。ワーズは杖を人差し指のようにゆらゆらと揺らし、トレイルを制止した。


「おっと、質問はお譲ちゃんからだ、トレイル坊」


 アゴを床に置きながら薄眼でシシーを睨むトレイル。だがすぐにシシーに睨み返され、目を逸らしてしまう。


「まずは…トレイルとの関係を教えてくれませんか?」


「いやだ…」


 爽快感で溢れていた表情は消え、小さな子供のようにブンブンと首を振るうワーズ。


「シシー…ワーズはまず、自己紹介から始めないとふてくされる性格なんだ…」


 床に伏せていたトレイルはそのまま尺取り虫のようにシシーの傍まで這い寄ると、小声で助言を告げる。


「え…と、私はスィスィル・カルセンと言います。愛称はシシーです。ワーグさんは?」


「俺はべルべーグ・ワーズだ。気軽に『ベル』って呼んでくれ、シシーちゃん」


 シシーの自己紹介が始まった瞬間、露骨なまでの不満顔だったベルは人が変わったような笑顔になっていた。


「それじゃあ、次は俺の質問だな」


「え…!?なによそのルール!それにあたしはまだ質問なんて…」


 噛み付くような反論にもベルは杖をゆらゆらと揺らすだけ。


「甘い甘い、シシーちゃんはさっき『ワーグさんは?』と俺に問いかけた。これは立派な質問だろう?」


 腹が煮えくりそうだが、納得のいく理論でもあったためシシーは頬を引きつかせながら笑った…本気の拳を握りながら。


「シシー…我慢してくれ。あんなもでも一応かいじゅ…」


 そこまででトレイルの言葉は一旦止まり、すぐに叫び声となって帰ってきた。


「…ィダァァ!!?」


 奇妙な悲鳴とともに埃まみれの床をのたうちまわるトレイル。

 ベルが杖を操り、一切の遠慮もせずに叩いたからだ…トレイルの背中を。


「その火傷跡はなんだトレイル?さては魔法使いの恨みでも買ったな。解呪師のくせに…」


 愚痴をこぼすかのように問いかけてくるベルだったが、あまりの痛みに悶絶もんぜつしかけていたトレイルの口からは途切れ途切れの単語を出てくるだけ。


「ちが…事故で…」


「事故?お前の旅路ってのは、事故で魔法使いから『黒火こくび』を頂戴するのか?」


 トレイルに似ている…と言うよりも全く同じ形状をしている杖で肩をトントンと叩くベル。トレイルは必死になってなにか言葉を探していたが、それを思いつくよりも先にシシーが呟いた。


「黒火…それに魔法使いも…」


「どうしたんだいシシーちゃん?もしかして質問?」


 焦点の合っていない瞳でトレイルの背中を見つめる。そこにあるのは今までのような真っ赤なマグマはなく、燃えカスのような真っ黒な色をしたドロドロのマグマだった。


「あの…黒火につい…」


「俺とワーズの関係!これを教えてくれ!」


 予想だにしていなかったトレイルの横入りにシシーは呆けてしまう。だがそれもすぐに収まり、シシーは困惑した表情のままトレイルを覗き込んだ。


「ト…トレイル?あたしは…あたしはただ質問を…」


「俺が先だ。お前はさっき質問を一度聞いただろ?順番から言って次は俺が質問を聞くのが妥当じゃないか。そうだろワーグ?」


 困惑していたシシーの表情が泣きそうになり、トレイルも心が痛まなかったわけではない。シシーを見つめるだけで背中が溶けてなくなってしまいそうになる。それでも彼は譲らなかった。

 そんな二人のやりとりを見ていたベルはどちらの質問に答えるべきか決めかねていた。だがもう一人の、部屋の隅で静かに腰を降ろしている若者を発見し、閃いた。


「まあトレイル坊の意見にも一理あるけど、やっぱりここは俺のことを知らない人を優先させるべきじゃないか?っと言うわけでそこの隅っこの君。君の質問に答えよう」


 手にした杖でアルゴルンを差すベル。完全に意表を付かれたアルゴルンは、戸惑いながらも必死に質問を考えた。


「アルゴルン…」


「アルゴルン!」


 旅の仲間たちの念が重くの圧し掛かる。

 唐突に指名され、どちらかの意見を切り捨てるか、そのどちらでもない意見を新たに言わなければならない。考えるほどに虚しいなっていき、結局、率直な質問を述べることにした。


「スマン、スィスィル…俺はまだこの男が信用しきっていない。だからべルべーグさん、俺の質問はトレイルとの関係含め、あなたの情報を教えてくれ」


「やだ…」


 駄々っ子のような即答。自信ありげに言い放っただけのことはあり、精神的なショックは大きかったようだ。加えて冷めたようなシシーの瞳、穴があったら入りたい気分のアルゴルンだった…。


「アルゴルン…名前名前!」


 塞ぎこんでいたアルゴルンの耳に、トレイルの助言が飛び込んでくる。


「あ…と、俺はアルゴルン・セドル。これでいいか…?」


「うむ。それじゃあ俺について情報だな。心して聞くように」


 両腕を組み、ニヤリと自慢げな笑みを浮かべると大口で語った。


「繰り返すようだが俺はべルべーグ・ワーズ。一見、このボロ小屋に住んでいるただのオッサンにしか見えないが、その素顔は…」

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