第24話 ジャズ・モランド
一筋の光の糸は小さな小屋の中で呪いと言う指針を頼りに前に進んでいた。
呪いが発する独特の暗く、冷たいオーラは光の糸が感じ取れる唯一の気。そんな悲しいオーラに糸が到達すると、糸はまるで母性本能が働くのように呪いを包み、あやそうとする。
シシーの背中に糸が触れると彼女は身をビクリと震わせ、背中に触れる感触がなんであるか想像した。だが、結局は答えが出る前に光の糸がシシーの身体を這いながら手元まで到達してしまった。
糸が小指に絡み付き、上手に蝶々結びが出来上がった頃には、糸は母性本能的な行動ではなく、シシーを安心させるための人間的な行動を行っていた。
糸は結ばれたさいに余った長さだけをクネクネとうならせ、シシーの掌へと向かった。
シシーは糸がなんなのか即座に理解し、思わず立ち上がろうとした。だがそれにより、小屋の中の見張りがこちらを振り向いてしまうことになりかねず、なんとか思いとどまった。
「トレイル…」
誰にも聞かれたくない声色で彼の名前を呟くと、シシーの中でポッカリと空いていた虚空が少しずつ埋まっていった。
シシーは光の糸が結ばれた小指を何度も動かす。そのたびに壁の向こう側にいる彼から帰ってくる振動が一つではなく二つであることに気付いた。
もう一人…アルゴルンも来ている。
直接、彼らと話し合いをしているわけでもないのに心が温まるのを感じる。それは糸を伝い、小指に届いた彼らの鼓動のおかげでもあるのだろう。
糸が放つ光が薄くなると、糸は慌てた様子を見せ、シシーの掌で滑らせながら文字を描いた。
『た、す、け、る、』
書き終えて光が薄くなりつつある糸を抱き、シシーは頷いた。何度も何度も頷き、糸が完全に姿を消してからも、抱き続けていた。
見張りの青年たちは途中からではあったが、シシーの異変に気づいていた。
虚空を抱くシシーに最初はいよいよ気でも狂いだしたのかと思っていたのだが、キラキラと輝く糸状の物体が彼女の身体に付着していることに気づき、警戒した。
「シシー、今のはなんだ?」
光が無くなり、シシーが虚空を抱くのを終えてから、ようやく話しかけることができた。
なぜそんなにも過ぎ去った時を選んだのか?答えは単純、二人はあの光り輝く物体に対し、疑問や警戒よりも恐怖を強く感じていたがらだ。
小屋の中で影を動かした現象の正体が、外では強烈な光を放ち、村の人々の意識を奪っていったと、扉を蹴破ってきた男から聞いた青年たちは、無意識であるが光そのものに拒絶を覚えていた。
「なんのこと?見間違いじゃないの?」
正常とまではいかないが、トレイルたちと間接的に触れ合い、精神が幾分か回復していたシシーはトレイルたちの存在がバレないようにわざとそっぽを向いた。
「そうか…」
質問をしたスキ持ちの青年は疑問を残していそうな表情を浮かべながらも、それ以上は追及をしなかった。
クワ持ちの青年は愛想のない返事に腹を立てながらスキ持ちの青年に愚痴を言い散らしていると、小屋に連れられてから自ら会話などしてこなかったシシーが話しかけてきた。
「あんたたちはあたしのこと、知ってるの?」
唐突な質問だったためか、二人の青年は目を丸くして互いを見つめたが、すぐに笑いを爆発させながら答えた。
「当たり前だろ。スィスィル・カルセン。村の連中からはシシーと呼ばれており、俺も時々シシーの方が本名だと勘違いするほどのあだ名好きな奴だ」
スキ持ちの青年が得意げに説明をすると、クワ持ちの青年が逆の質問をしてきた。
「じゃあさ、シシーは俺らのことを知ってんの?」
「スキが大好きスー君とクワが大好きクー君でしょ?」
わざとらしく冗談を言ってみせるシシーと、それにもういちど笑いを爆発させる二人。
たった一筋の糸がここまでシシーの精神を回復させることになるとはトレイルの予想をはるかに超えているだろう。
「なかなかいい名前になったじゃないか、なあスー君」
「いやいや、クー君に優るほどものはないさ」
即興で考えたあだ名も二人は気に入ったようで繰り返し、その名前を呼び合っていた。
そんな状況になりシシーは安堵していた。
正直に述べるのであればシシーは二人の青年の名前を知らなかった。忘れていたのではなく完全に知らなかっのだ。
もちろん、この二人を村の中で見たことなら何度もあったし、年齢も近く、軽い挨拶程度なら交わした経験もある。
だがそれはあくまで一人の村人として。なにか村中に名前が広がるようなことでも仕出かすか、村長の孫でもないかぎり名前が知れ渡ることはそうないだろう。
「それじゃあ…彼のことは知ってる?」
かなり低い声を出したせいで、二人の青年は思わず硬直し、ゆっくりとシシーに聞き返した。
「彼って…?」
「ジャズ・モランド。火炙りの最中に友達の名前を大声で叫んだ人。あたしと同じで『モンスター・チェンジ』の呪いに掛かった人。そして実の祖父の手によって葬られらた人」
もう一つ例を上げるのであれば『火炙りの前日に私の家を訪ねてきた人』でもあったが、必ずしも言わなければならないことでなく、なおかつ単純に口にしたくなかったためもあり、そのことはわざと省いた。
「なに?」
「なんだと?」
同時に疑問をぶつけてくる二人に対し、シシーは逆に困惑した。
祖父の決定によって火炙りにされた孫をと言うのは一見して聞けば異常なことかもしれないが、コルンタではそれはすでに驚くような話ではない。
村長はすでに狂っているからだ。
五十年前の『モンスター・パニック』で赤ん坊を産んだばかり娘を失い、なにかに取り憑かれたかのように魔者を火炙り以外でも虐殺してきた彼には魔物になりつつある孫など、生き物ではないのであろう。
「あいつは本当に友達の名前を呼んだのか?噂じゃなかったのか?」
意外にも二人はそこに驚いていた。シシーはてっきりこの二人も火炙りを見届けていたのだと思っていたからだ。
青年たちも意外な事実に驚いていた。今まで狂った村長が垂れ流した虚言だとばかり考えていたのに…。
「もしかして…ジャズの火炙りの時に、二人ともいなかったの?」
二人とも頷くと、クー君と呼んでいた青年が露骨なほどに顔を歪ませ、嫌な顔で言った。
「俺もこいつも行ってない。あれを見てるとムカムカするからな」
「俺もだ、村の住民を火炙りにして微笑んでいる村長は見るに堪えないからな。それよりもジャズは誰の名前を叫んだんだ?」
もう一人の、スー君と名付けられた青年の質問にシシーは、あの日の風景や音、感情までもを鮮明に思いだした。
「呻き声の混じった声で叫んでいたわ…『ベッツ!ミシア!ギルバン!カルン!スィスィル!』この五人の名前を」
二人の青年はそれぞれ別の感情を露にしていた。クー君は悲しみ、スー君は驚きを。
「あいつ…」
クー君が堪らずに目から大粒の涙を流し始めると、スー君も腕で目元を隠すように泣いた。
「二人ともどうしたの?あんな状況で友達の名前を叫んだジャズはたしかにすごいけど…それだけで泣く?」
その問いに涙と鼻水で顔をぐっしょりと濡らしたクー君が答えた。
「そりゃ泣くだろ…だって俺は『ベッツ』って名前なんだぞ…」
衝撃的な告白にシシーは縛られていることも忘れた両手で口元を覆うとし、結果、手首を痛めた。
「それじゃあ…」
チラリとスー君を見ると、彼もクー君…もとい、ベッツと同じ涙を流しながら言った。
「ギルバンだ…」
その一言により、小さな小屋の中にはある若者の想いを投げられた三人が集まった。
三人は互いに奇妙な偶然に疑問をではなく、なにかしらの期待を抱きながら深く見つめ合った。
「ベッツにギルバン。そしてスィスィルであるあたしがここで出会った…これってただの偶然?」




