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第23話 金色の雲

 気が付くとトレイルは呆然と地面に突っ立っていた。青い空の下で透き通った昼の光にさらさせながら。

 そこは村の中ではあったが、トレイルが今いる場所は墓地ではなく村の中央に位置する場所だった。しかし、そこには火炙りに使うはずのツレツ木の丸太はどこにもない。気絶し、小屋に運ばれる前は確かにそこにあったはずの真っ黒の染まった十字型の白木が…。

 不思議な事はそれだけではなかった。時刻も夜中ではなく青々しいほど晴れ渡った真昼間。

 建物の数も若干増加しており、墓地があるはずの場所には墓などなく、素朴な木の建物が並んでいた。

 村人は皆初めて見る顔ぶればかりだったが…人口が非常に多い、村の中心で突っ立っているトレイルに様々な人がすれ違うたび、肩がかすめるほどに。

 アルゴルンではここに滞在することはまず無理だろう。

 などとしょうもない考えを膨らませていると突如、村人の一人が遠くのを見ながら奇怪な叫びを上げた。それに続き、また別の村人も伝えなければいけない要件を叫びながら逃げだした。


「魔物だ…魔物が襲ってきたぞ!」


 それを合図に村の人間は東西南北、様々な方向へ駆け始めた。

 トレイルはどこから魔物が来ているのかがわからずに四方を見渡した。すると北の方角からおびただしいほどの魔物の群れがここコルンタに向かっているのが確認できた。ウェアウルフ。ゴブリン。オーク。などなど…。その種類もさることながら、魔物の数が尋常ではなかった。

 トレイルは困惑した。まるで五十年前に起きた『モンスター・パニック』そのものに思えたからだ。

 深く思考し、納得のいく答えを出そうとしたが、魔物の群れがすぐそこまで来ていたので、ひとまず南へ逃げ、安全を確保しようと向きを変えた。だがパニックのせいか北に…魔物がいる方向に逃げ出そうしている少年を見つけ、思わず声を掛けた。


「ッ……」


 だが実際には声など出なかった。いくら大きく息を吸ったとしても口元からはため息ほどの空気しか漏れない。少年はそのまま北に逃げていき、魔物の群れに気付いた時には、その生命は魔物の中へと吸いこまれた。

 トレイルは唇を噛み締めながらも魔物から逃げるよう南に駆けた。

 周りにいた村人たちも涙をぼろぼろ流したり、うめきき声を上げながら逃げていたが、突然として足が止まり、トレイルをはばんだ。

 トレイルは動きを止めた村人たちを掻き分けようとしたが、奇妙な形をした緑色の腕に突き飛ばされ、地面に倒れこんでしまった。


「……!」


 倒れこんだ痛みで苦痛の声を上げそうになったが、やはり微量の息しか出ない。それよりトレイルにとって気掛かりなのは自分を突き飛ばした者の存在だ。

 シワ枯れて細く、みにくい緑色をした腕。トレイルは慌てて突き飛ばした村人の顔を見ると、そこには泥塗れの農業服を着たゴブリンの姿があった。

 他にも立ち止まりトレイルの進行を阻んでいた村人の全てがオークやウェアウルフなどの魔物に変わっており、よだれを垂らしながら倒れこんだトレイルに近付いてきた。

 声を出せなかったトレイルは、今度は自分自身の身体も動けなくなっているのに気が付いた。全身に力を込めても、大の字になった身体はピクリとも動かなかった。


「ようこそ」

「ようこそ」


「生意気なガキが」

「生意気なガキが」


 一つの言葉がぶれて二重に聞こえているのか、二つの言葉がほぼ同時に聞こえてくるのか判断できないほどの奇妙な音声が、酷く鮮明に耳の中に侵入してくる。


「我らを殺すと言ったな?」

「我らを殺すと言ったな?」


 その言葉が脳に到達するころには、魔者たちがトレイルに一斉に跳びかかってきた。


「そうなるのは貴様だ!」

「そうなるのは貴様だ!」


 腕を喰われ、足を喰われ、次に腹部を喰われた。なぜか感じないであろうと思いこんでいた激痛が当然のように全身を駆け廻る。


「!ッ……」


 悲鳴を上げることもできずに歯を食いしばることだけが許された肉体は意味もなく周りの雑音を聞き、空を見つめていた。

 音は嫌なものばかりだった。自分が上げることのできない悲鳴を誰かが代弁していたり、子供が泣き叫ぶ音が聞こえる。そんな中で聞き覚えのある音が一つ聞こえ、さらにそれとは別の声が聞こえた。


「あ…あぁ…うぁぁぁ!」


 一人はだらしない声を漏らしており、その近くにいるであろう赤ん坊からは静かな寝息が聞こえる。だらしない声の主は若々しく聞こえるが村長、ジャビン・モランドに非常に近かった。


「ジャビン!」


 もう一人は小屋で杖やランプをくれた老人だった。あの老人だけは間違えようのない声をしていた。特徴的ではないが、心を落ち着かせてくれる、そんな声だ。

 二人の声が聞こえる方に顔を向けようとしたが、頭も金縛りにあっており、目は依然、青々とした空を見つめているだけだった。

 脳が麻痺してしまったのか、慣れるはずがないと思っていた激痛が和らぎ始める。すると天を照らしていた青色が徐々に金色に浸食されていった。

 死する者のみが見ることのできる幻覚とでも考えていたトレイルには空が金色に変わろうがそれになんも疑問も抱かず、頭上の変化を見届けた。

 するとトレイルの視界に映された金色の空からとてつもなく大きな浮遊物体が全てを埋め尽し始めた。その物体はあまりにも大きく、あまりにも直視が困難なほど光輝いていた。

 しかし、トレイルは瞳を閉じることすらも禁じられていた。そのため、埋め尽くされるほどの金色の物体が少しづつ、本来は駆けるような速さで降ってきているのを見続けるしかなかった。

 金色の物体に簡単な名称を付けるのであればそれは『金色こんじきの雲』だろう。だが、トレイルはそんなことよりも重要なことを必死に理解しようとした。

 金色の雲に気を取られてしまっている間も、魔者たちはトレイルを食らうことを止めようなどとは考えなかった。五体満足と言えなくなってしまった身体をあらかた喰らい尽くした魔者は、トドメとばかりにトレイルの首元に勢いよく喰らいつき、一気に喰い千切った。

 さすがのトレイルも魔物の命を奪おうとする激痛に耐えられなくなり。金色の雲が地上に降り立つ前に意識を奪われた。




 意識がはっきりと戻った時、トレイルは墓地の地面で杖をまくら代わりにし、大の字で横たわっていた。

 悪夢から覚めたのか、はたまたこことは全く異なる世界に行き、そして戻ってきたのか、どちらにせよあの地獄から無事解放されたトレイルは、自分の身体を隅々までまさぐった。

 幸いと言うべきか当然と言うべきか、両手両足そのすべてがキチンと胴体と繋がっており、食い千切られた跡はもちろんのこと、噛み傷の一つとして身体のどこにも存在していなかった。

 五体満足の事実に安心し、続いて空を見上げた。

 空は暗く、星の一つとして映し出されてはいない。簡潔かんけつに伝えるのであれば夜だ。魔物の襲われた時の昼と言う時間帯とは真逆の時間、本来アルゴルンの帰りを待つはずだった暗闇。

 そこまで考えると、剣を取り戻しに行ったアルゴルンのことを思い出した。

 アイツはまだ戻ってきてないのか…?

 その思いを確認のために大の字で横になっていた身体を勢いよく起こすと、身体が幾分も軽くなっていたことに驚いた。墓石に腰を掛けるまでは這うことが精一杯だったのが、杖を解呪とは別の意図で使用すれば歩くことが可能なほどに。それに身体を襲う悪寒も不思議と感じなくなっていた。

 杖を地面に突きながら辺り一帯を見回すが、目に入るのは遠くに見える村人が持っているであろう松明の明かりだけで、肝心のアルゴルンの姿はどこにもなかった。

 アルゴルンがまだ戻ってないと言う事はあの出来事から大した時間の経過はないようだ。

 それにしても遠くで列を成しているのかのような直線に並んでいる火の玉はどこか不気味だった。まるで霊魂が行くべきところへ順番待ちをしているようで…。


「トレイル!」


 整った火の玉の列を見つめていると突然、背後から焦りと不安を含んだ大声が聞こえ、声の主に肩を掴まれた。

 声色的にはアルゴルンそのものだったが、もし彼だとすれば触れるどころか、近付くことすら考えにくい。それならば、今トレイルの肩を掴んでいるアルゴルンの声に似た男は…?

 トレイルは掴まれた肩を慌てて掃い、そのまま振り返った。


「アルゴルン!?」


 肩を掴んだのは紛れもなくアルゴルンだった。腰には剣と、それが収められた鞘が掛けられており、その表情にはあまり見せることのない動揺の色が映っていた。


「トレイル…た…大変だ…」


 肩で息をしているため、言葉を繋ごうとするたびに激しく咳き込んでしまう。それでも必死に口を開け、か細い声でトレイルになにかを伝えようとするが、問題のトレイルは首を傾げるだけ。


「どうした?息なんか切らして。さては村の人に見つかったな。大丈夫だよ、こんな墓地の真ん中で隠れてるなんて、そう簡単にバレはしないさ」


 心身共に多少の余裕が出来たトレイルは愉快そうに微笑み、アルゴルンを励ますが、依然として動揺の色が収まっていないアルゴルンは口をパクパクと動かしていた。


「ち…ちが…」


「まだ心配事があるのか?朝まで、まだまだ時間は残されてるんだぞ、焦っても仕方ないだろう。そうだ!爺さんたちが何度か五十年前の出来事について話をしてただろ、さっき夢の中かなにかでその五十年前の『モンスター・パニック』によく似た…いや、たぶんそれ本物だろう、それを見たんだが、わかったことがある。あの『金色の雲』、あれはな…」


 次々とわけのわからないことを話しだすトレイルにアルゴルンは大股で近付くと、自分の呪いのことなど一切気にせずトレイルの口元を塞いできた。


「…ッ!」


 あの時のように声を放つことを禁じられたトレイルは、呪われたはずである友人の大胆かつ愚かな行動にようやく緊急を要する事態が起きていることに気付き、声を殺した。

 口元を封じられ、五秒の呼吸を整える時間が経ち、ようやく口元を塞いでいた腕を放し、距離を取ったアルゴルンが冷汗を掻きながら言った。


「村の人間が火炙りの準備を始めていた…」

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