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第22話 証明と誓いの輝く糸

「安心しろ。なんでここまで来たと思う?シシーに伝える為だよ、『俺たちはお前の傍にいるぞ』てな」


 光の糸は意思を持っているかのように辺りを見回す動作をすると、ゆっくりアルゴルンの小指に巻きつき、続いてトレイルの小指にも巻きついた。『運命の赤い糸』を彷彿ほうふつとさせる糸は二人の小指を経由すし、小屋の壁を目指した。


「そして、それを伝えるのは言葉以外の方法でも可能だ」


 光の糸が巻き付くのに対し、アルゴルンは嫌な顔など一切せずにただ糸の行く末だけを見ていた。

 光の糸は小屋の壁に到達すると壁を這うように辺りを動き回り、やがて壁にできた隙間から小屋の中に侵入していった。


「そうか…一本の細い糸なら壁と壁の間に生じた隙間から簡単に小屋の中に侵入できる。そしてスィスィルが糸に気づけば…」


「シシーに俺たちは壁のすぐ向こう側にいるって伝えられる」


 ようやく糸の意味を納得したアルゴルンの説明をトレイルが横から奪い、それにアルゴルンは不満があったのか、口を尖らせ細めでトレイルを睨んだが、やがて小さく笑った。


「まったく、よくもこんな微妙なアイディアが浮かぶものだな…」


 言葉とは裏腹にアルゴルンは小指に巻き付いた糸を見つめていた。そして糸に頬を近付けると糸から頬へと振動が伝わってきた。心臓の鼓動のように一定のリズムで伝わる振動はどこか心地よく、生きた人間のものであるとすぐに理解した。


「これは…スィスィルの音か?」


 目を閉じながら杖に意識を集中させていたトレイルは目を開き、ゆるんだ顔で答えた。


「ああ、どうやら光の糸がシシーに触れたみたいだ。糸電話ほどではないけど、振動が指に伝わってくる」


 糸電話とは首都近辺で流行っている玩具の名前で、糸の両端を紙でできた二つの紙コップの底に付けることにより、小さな音でも糸を経由し紙コップから紙コップへと伝えることができる。

 しかし、故郷が首都から遠くにあり、一時期、野性とさほど変わらない生活を送っていたアルゴルンは頭を抱え、聞き返した。


「糸電話?」


「簡単に言うと、どんなに長い距離でも糸がピンっと張っていれば糸が振動を伝わてくれる玩具のことだよ、もっともこれは糸電話じゃないから、声までは伝えられないがな」


 理解できたのかアルゴルンは微妙な表情で頷いた。

 何度か強い振動が伝わり、心ばかりのやり取りを繰り返していると糸から発せられていた光が徐々に薄くなってきた。それを不思議に思い、アルゴルンは横目でトレイルの見ると、座っているのにも関わらず、息を切らし始めているトレイルの姿を目の当たりにした。

 消えかけの糸にトレイルが最後の力を振りしぼると、糸をグネリと動き、やがて消えてなくなった。


「アルゴルン…俺の体力だとこれ以上は無理だ。俺の考えた作戦は火炙りの直前までどこかで身体を休めて…体力が回復した時に一気にシシーの救出と呪いの巣の浄化を行うつもりだ」


 細かな説明まではなかったが、捕らえらていた小屋からの脱出がうまくいったのは紛れもない事実。トレイルが根拠のない虚勢きょせいを張っているのではないことはアルゴルンもわかっていた。

 だからこそアルゴルンは深くまで問わず、小さく頷いた。


「アルゴルン。本当にそれでいいか?」


 説得に応じたばかりだと言うのにトレイルはあろうことか疑問の言葉をぶつけてくる。


「悠長に待つことをか?」


「そうだ」


 その問いにアルゴルンはため息を付きながら答えた。


「友の意見をないがしろにするわけにもいかないだろうが…もっとも、お前の考えている策が理に適っているのであればな」


 トレイルは辛そうな表情を隠し、無理やりに笑った。


「大丈夫…理にでもなんでも適わせてやるさ」


 アルゴルンはトレイルの奇妙な言葉の選び方にこれと言った疑問も抱かずに、トレイルよりも離れた壁に触れ、改めて決意を固めた。


「スィスィル、絶対に助けるからもう少し待っていてくれ」


 そんなアルゴルンに続き、トレイルも決意を告げた。


「シシー…お前は『物』なんかじゃない。それを俺たちが証明するからな」



 シシーの万全な救出の備え、二人は身を隠せる場所を探した。しかし、実際に辺りを捜索したのはアルゴルンだけで、トレイルはシシーの捕らえられている小屋の壁で息を整えていた。

 光の花による気絶騒ぎの混乱はいまだに収まっていなかったため、アルゴルンは簡単に村をぐるりと周ることができた。そうでなくとも存在を薄める術を習得していたアルゴルンにとっては村を堂々と歩きまわっているに等しかった。

 見つかる可能性が低く、なおかつすぐに村の中心にあるツレツ木に駆けつけるほどの距離がある場所を探すのにさほど苦労はしなかった。だが発見したその場所は色々と問題を抱えている場所だったため、アルゴルンは苦しそうにしている友にそこを告げるかどうか迷っていた。

 結局、他に適当な場所も見つからず、渋々トレイルをその場所まで案内することになった。


「なかなかセンスのある休息所だな…」


 文字通り、解呪師の証である杖に寄りかかりながら歩いていたトレイルはその場所を見て、これでもかと苦笑いを作っていた。


「しかたないだろ…ここ以外に良い場所なんてなかったんだ」


 柵を乗り越えながら嫌な事実を述べているアルゴルンを見て、トレイルは先の不安さにくらついた。

そこは『墓地』だった。呪いの巣である墓地。

 決死の覚悟で柵を乗り越えたトレイルであったが、数歩前に進んだだけで全身を駆け回る悪寒に再び襲われ、足を踏み外してしまった。

 それでもトレイルは這いながら墓地の中心部を目指した。

 墓地はやたらと広かった。その広さは五十年前の出来事によって犠牲となった人々の数と比例するのだからその出来事が非常に酷かったことは容易に想像ができた。それでもトレイルは這った。両手両足が地面を擦ろうとも、誰かに見つかる可能性を少しでも減らすために墓地の中心を目指した。

 アルゴルンはそんなトレイルを見るたびに自分に取り憑いた呪いを心底憎んだ。




 二人は…特にトレイルは墓地の中心部になんとか到達した。だが、これと言って変わった墓石があるわけでもないため、重い沈黙が訪れた。

 喋らないことが体力を回復させる一番の手段だと思いながらも、どちらもまだ寝る予定のないこの空間に耐え切れず、アルゴルンはトレイルに話しかけてしまった。


「辛そうだな…そう言えばスィスィルが墓地に入った時、少しの間は辛そうな表情なんてしていなかった気がするんだが、なぜだろうな?」


 仰向けになったままのトレイルはすぐ近くまで来ている黒雲見つめながら答えた。


「あれか…あれはシシーが呪いを気にしていなかったからだ」


「なるほどな…」


 もちろん理解などできなかったが、アルゴルンは試しに詳しい説明が入る前にわざと相槌あいづちを打つことにした。すると詳しく語ろうとしていたトレイルが目を点にしながらアルゴルンを見た。


「今のでわかったのか?」


 彼のその表情を見れたことに満足したのか、アルゴルンは素直に答えた。


「まったくわからない」


 その一言にトレイルは胸を撫で下ろしながら一息漏らすと、できる限り誇らしげに話を始めた。


「呪いってのは要は恨みを持った幽霊のことだ。そして幽霊は自分たちの噂話をしているところに姿を見せるって言うだろ?幽霊を怖いと思えば思うほど幽霊は近付いてくる…とかな。それと同じで、呪いを放っている呪いの巣でも、そのことに一切の知識がなかったり、その呪いを意識しなければ幽霊も近付こうとはしないんだ」


「それが本当だとしたらこんな話をして大丈夫なのか?そもそもここで一晩を明かして、次に目が覚めたら呪われていた。なんてならないのか?」


 この場所を選んだ張本人が言えるような質問ではなかったが、トレイルは気にせず答えた。


「少なくともお前は大丈夫だ、呪いが一人の人間に二つ以上憑くことはない」


 その言葉は遠回しにトレイルは大丈夫ではないかもしれないと告げていた。アルゴルンはそのことに気付いていたが口に出さなかった。意味のない口論が始まるだけと悟ったからだ。


「そうか…」


 二度目の沈黙が訪れようとした。だが今回はそれを予期していたかのようにアルゴルンが大きく伸びをすると、トレイルとは逆の方向を向いた。


「どうした?」


 アルゴルンは待っていましたと言わんばかりの口調で答える。


「もしもの時のために剣を取り戻しに行く」


「アルゴルン…」


「いいだろ、なにも剣を片手に村を襲い、スィスィルを奪い返しに行くわけじゃないんだ」


トレイルは仰向けのまま、両手を頭に後ろにやり考えた。だが閉じていた口はすぐに開くことになった。


「わかった。そのかわり早く戻ってこいよ」


 アルゴルンが背を向いたまま三度ほど手を振ると、彼は影の中に溶け込んでいった。



 墓地の中心部で仰向けになっているトレイルは上半身だけ起こし、悪寒の止まらない身体を温めるように両手で身体をさすっていた。

 一人でいるのが怖いからではない。墓地にただよっている怨念の数多くがトレイルに接触し、そのたび、全身に悪寒が走るからだ。

 それでも休息を取らなければならないトレイルはなにか睡眠が快適になる方法を探し、やがて墓石に寄りかかり寝ることを決めた。ゴツゴツしている墓石にゆっくりと背中を合わせ、墓石に自分の身体を預け一息付いた次の瞬間、意識が墓の中に吸いこまれた。まるで別の空間に飛ばされた。そんな感覚が襲ってくる。

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