第21話 光の花咲いた
「トレイル、あの爺さんはなにが目的でここに来たんだ?」
扉が閉じられ、カンヌキかなにかで固定する音が聞こえてからアルゴルンが呟くと、トレイルもそれに答えた。
「さあな、自分の言い分を吐き散らして満足したかっただけじゃないのか。色々と聞きたいことがあったんだけどな…金色の雲の事とか、村長の事とか」
老人がいなくなり、振りだし以上に戻されたと気が付いたアルゴルンは、慌てて次の策を考えたが、トレイルは落ち着いた様子で杖とランプを掴んだ。
「慌てるなアルゴルン。なにはともあれ、爺さんがくれた物は大いに役立つぞ。まずはランプ、これでやっと、お前の額の数字がどうなったか確認できる」
「そんな悠長なことをしている暇があるのか。ここから脱出するすべを失ったんだぞ」
トレイルは無言でアルゴルンの額を睨んだ。それに降参したのか、アルゴルンは腕を頭の後ろに回し、バンダナの結び目を解いていく。
目元まで隠していたバンダナが無くなると、彼の盲目としているかのような白い色をした眼球がトレイルの前に晒された。
周りが白く、中央が丸い黒目のような二種類の目ではなく、その両方ともが真っ白なアルゴルンの瞳は、ギョロギョロと動かしてもそれに気付かれないように同化していた。
トレイルはまずアルゴルンの目を見、その後に額を見た。そして意外そうな顔をした。
「663…百秒近く減っていはいるが、予想より遥かに少ないな」
「丸太からこの小屋までがそれぐらいの距離だってことだろ?」
もうすでに額にバンダナをつけ直していたアルゴルンはなんでもない様子で言った。
「そうだが…気絶したお前を逸早くここに運んできてくれたことと、小屋での俺とお前の位置が近くなかったことは村の人に感謝しないとな」
閉じきった扉に深く頭を下げるトレイル。それを見たアルゴルンは額を擦りながら立ち上がった。
「俺の額がゼロになったとしてもここから脱出できないんじゃ意味がないだろ」
アルゴルンは感謝の念を唱えているトレイルを急かした。
あの時、自分の呪いのことなど考えずにシシーを助けていたら。そんな想いが自分自身を責め、今度こそ助けなければと心に刻みこんでいた。自分の命が爆発したとしても…
「まあ見とけって、爺さんのおかげでど派手な脱出方法を思いついたからよ」
ランプを床に置き、杖を天井に掲げ、トレイルは立ち上がった。
「本当か?床を叩くようなふざけた案じゃないだろうな」
「大丈夫。お前は目を塞いでいればその間に全部終わってるさ」
「見ておけだの、目を塞いでおけだの、注文の多い奴だな…」
わざとらしく愚痴をこぼしながらも、まぶたはしっかりと閉じていた。
「それと、ここから脱出したらシシーの元には行くけど、救出はしない。いや…出来ないと思う」
トレイルが口にした理解し難い提案に思わず目を開き、トレイルを睨んだ。
だがトレイルの周りは強い光に覆われており、反射的にまぶたを塞いでしまった。アルゴルンはあの光に見覚えがあった、シシーと出会った街で薄眼を開けただけで気を失ってしまった光。
その光を目の当たりのしたアルゴルンは気絶こそしなかったが床に膝をつけ、暗闇の中でチカチカと鳴る瞳を隠すためにその場でうずくまった。
すでに先ほど自分がトレイルに言おうとしていた文句のことなど忘れて。
小屋の外では見張りも光の異変に気が付いていた。
発光している小屋を見つめ、中に入るかどうかを隣の者と相談をしていると、小屋の隙間から光る触手かなにかが何十本、何百本も生えてきた。
触手はそのまま小屋の壁を這うように上を目指いく。
気味の悪い出来事に身を竦ませながらも、触手の根源を見つけようと小屋の扉を掛けているカンヌキを抜き、勇敢に扉を開いた。
そして小屋の中を確認する間もなく、二人の見張りはすでに杖の原型を保っていない強烈な光源に瞳を埋め尽くされ、意識を奪われた。
触手…正確には杖から放たれた光の糸は小屋を外からも埋め尽くすほどにその数を増やしていき、やがてマユとなった。だがすぐにマユのような形状からその姿を変えていく。
その姿はまるで小屋を苗床にし、咲こうとしている、とてつもない大きさの光の花だった。光の花はつぼみから一分咲き、二分咲き、と急速に花びらを咲かせていき、そのたびに放つ光は増していった。
光の花が満開となった時、村に一瞬だけ太陽が昇った。
朝日が昇ったのだと思い込んだ多くの村人はベットから跳び起きると、本来ならまだ寝ているはずの脳みそを無理やり起こそうと家の窓を開け、太陽の日差しと勘違いした光の花を直視し、再び眠りについた。ただし白目を向いた眠りであったが…。
満開となった光の花は十秒もしない内に枯れていき、小屋の中に戻ると形状を糸から杖へと戻した。
これによって村人の全てが気を失っていたのであればシシーの救出も造作ではないのだが、村長であるジャビン・モランドを始めとする勘の良い老人たちや、シシーを捕らえている小屋の青年たちなどの、まぶたを塞いだ者や建物内にいた者はなんとか意識を保っていた。
なにより、光の根源にいたトレイルやアルゴルンですら、気を失ってはいなかったのだから。
「よし…行くぞアルゴルン…」
数多くの光の糸を自分の意志で操り、激しく体力を消耗したトレイルは、フラフラとした足取りで開かれたままの扉に向かった。
それにアルゴルンもいくつか心配の声を掛けるだけで肩を貸すようなことまではしなかった。正確にはできなかった…だが。
村の中は酷くパニック状態に陥っていた。昼夜が逆転したのかと思い、外の様子を見た村人は数人の地面に倒れこんだ者を発見し、叫びながら外に跳びだす。それを聞き、また別の村人が外に出ると今度は窓から半身を覗かせ気を失った隣人を発見し、恐怖に満ちた叫び声を上げる。
そんな中、トレイルとアルゴルンは杖から生えた一本だけの光の糸を追いかけ、村の中央にあるツレツ木の丸太を横切っていた。
解呪に使用する光の糸は基本的に呪われた者を追うようにできている。前の街で光の糸の数本があらぬ方向を目指していたのもそのせいだろう。
無論、解呪師自らが操ることも可能だが、それは自動で追うよりも比べ物にならないほど体力を持っていかれてしまう。まさに今のトレイルのように。ゆえに好んで使われることは少ない。
体力的に一本だけしか出せていない光の糸はアルゴルンではなくコルンタのどこかにシシーに向かっており、二人はその後に追いかけていた。
村中がパニックに陥ったおかげで、脱獄者であるトレイルたちが村の者を横切ったとしても気付かれる心配はなかった。
そうして村を駆け回り、ようやく光の糸が一軒のトレイルたちを捕らえていた小屋に酷似している建物の前に到着した。
「あの小屋か?」
「恐らく…」
アルゴルンに比べ、トレイルの呼吸は明らかに荒かった。一度ため息を吐いただけのアルゴルンと、肩で呼吸を整えようとするトレイル。いくらアルゴルンの方が若干筋肉質であるとは言え、光の花に体力を使い過ぎたトレイルが、目の前の景色を朦朧とさせているのは普通ではない。
「扉の前には…見張りが一人…」
見張りは松明を手に持ち、頻りに光の花が咲いた方角を気にしていた。
そしてもう二人、小屋の中で青年たちが見張りをしている…が、トレイルたちが確認できるはずもない。
「クソ!あいつをどうにかしないと小屋の中には入れないぞ」
トレイルは一本の光の糸を杖の中に戻し、暗闇に姿を隠すと大回りに歩き、シシーの捕らえられている小屋の裏側を目指した。
「トレイル、どこに行く気だ、スィスィルはあの小屋はいるんだろ?」
「ああ、だが今は助けられない。だからせめてシシーには俺たちがここまで来たことを伝えるんだ」
アルゴルンはなにも言わずにトレイルの後を追った。しかし、小屋の裏側に到着する頃には小声で口を開いていた。
「トレイル、よく考えてみろ。今なら扉の前にいる見張りを気絶させるだけでスィスィルを助けることができる。だが今の機会を逃せばここの警備も厳重になり、救出はより困難になるだろう。それぐらいお前ならわかるはずだ」
木製の小屋の壁を隅々まで触れていたトレイルは力のこもっていない声で答えた。
「誰がやるんだよ…」
「え?」
「誰が見張りを気絶させるんだよ…今の俺だと不意打ちを仕掛けても返り討ちにされるぞ…」
一つ一つの言葉を発するのすら辛そうな表情をしていたトレイルでは、誰かを襲うなど到底できないことはアルゴルンも承知していた。
「もちろん俺が行く。額のカウントが多少減るぐらいならどうってことはない」
壁と壁の間を見続けていたトレイルは振り返り、アルゴルンを見つめた。睨んでいるとも、悲しんでいるとも思える複雑な表情で。
「俺は嫌だ。確かにシシーを救いたい気持ちはお前と同じ以上に持っている。だけどそれと同時にアルゴルン…お前を助けてやりたいとも思っているんだ…その気持ちは額の呪いを減らしたくないと言う意味でもある。お前が見張りを気絶させればシシーを救うことができるかもしれない…だがお前は救われるか?それに…俺はこの村も救いたいと思っている。もしシシーを救い…この村から逃亡を謀ればこの村は…コルンタでまた火炙りにあう運命を背負わされた人間が生まれるんじゃないのか?」
トレイルはあまりにも贅沢な選択をしていた。三匹のウサギを追いかけながら、一つとして犠牲を払うつもりはないようだ。
「俺はわがままか…?もちろんシシーは救いたいがお前も犠牲にしたくない。それに加えてこの村の呪いも浄化したいと考えている。もう一度聞くが…俺はわがままなのか?」
アルゴルンは小さく頷いた。犠牲を払わない者に無条件で幸福が降ってくるほど世の中が甘くない。アルゴルンでなくともわかることだ。
それでもトレイルは都合の良い妄想を続けていた。
「三つのわがままを可能にするタイミングがどこかにないか、それをずっと考えていた。床を叩いている間にな」
トレイルは壁に寄り掛かり、腰を下ろすと耳を小屋の壁につけた。
「それは今じゃないんだ。俺の体力が回復をした瞬間が、三つのわがままを同時に叶えられる瞬間なんだ」
それでもアルゴルンは反論した。小屋の中で老人が口にしていたこともあるが、なにより最後に見たシシーの瞳が涙を流していたのだから。アルゴルンは一刻も早く救出しなければいけないと考えていた。
「爺さんが忠告していただろう。悠長にしていれば手遅れになると…」
アルゴルンの言葉にトレイルはすぐさま…いや、途中で割り込むように話しかけてきた。
「それは爺さんに起きた出来事であって俺たちには関係ない。それに俺たちは今、最悪の状態だ。俺にはシシーに肩を貸す力も残っていないし、お前には脅し道具の剣がない、今無理をすればもしもの時に成す術がないだろ」
充分すぎる意見だった。だがそれはあくまで論理的な考えであり、他人の、つまりシシーの心情を無視した意見でもあったため、アルゴルンは折れなかった。
「じゃあスィスィルはどうするんだ?まさか火炙りの最中にでも気を窺って救出する気か?もしそうならそれまでスィスィルには手を出さずに『あの二人は逃げたのかな…』とでも思わせる気か!」
感情的になりすぎ、怒声を上げたことにすら気を使わなくなってきたアルゴルンの口を杖が塞ぐと、塞いだ杖から一筋だけの光の糸が現れ、辺りをさまよった。




