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第20話 老人の戯言

 駄々をね始めてから数十分が経ち、いい加減自分たちが行っている行為があまりにも愚かで、幼稚過ぎるのではないかとアルゴルンは思い始めていた。

 もしも、この閉じ込められている建物の外に一人として見張りがいないであれば、ひどく虚しい結果が待っているのではないか?

 暗闇がアルゴルンに小さな疑問を植え付け、それを膨らませていた。大切な仲間のためとは言え、膨れつつある疑問の連鎖に陥ったアルゴルンの腕からは、徐々に床を叩く力が抜けていった。

 そんな状況の中でもトレイルは床を叩く音を弱めたり、幼稚な暴言を吐き続けることを止めなかった。必死になって床を叩く音が、意味のないかもしれない幼稚な暴言が、彼に少しだけ勇気を与えていた。

 そうしているうちに、暗闇の中にあるであろう扉が古びたきしみをたてて開いた。

 扉の軋みが聞こえると、二人は即座に駄々を捏ねる行為を止め、ランプの明かりが照らしている外を睨んだ。


「失礼…」


 扉が開らかれ、現れたのは歳老いた老人だった。村長ほど歳老いては見えなかったが、それでも中年と呼ぶには相応しくない。

 当初の作戦では、駄々に我慢ができなくなった見張りに何発か拳をお見舞いし、脱出を図るはずだったが、予想もしていない、ひ弱そうな老人の登場と、本当の見張りとおぼしき人物が小屋の目の前にいるのが見えたので、トレイルは老人を殴り倒すのを躊躇ちゅうちょした。

 外で見張りをしている男が扉を閉めると、ランプの灯だけが小屋を照らした。


「お二人は、ワシのことを覚えておりますかな?」


 老人は右腕にランプを持ち、そして左腕には解呪師の証である杖を持ちながら言った。

 明かりが小屋の中に差し込み小屋のほぼ中央に腰を降ろしていたトレイルはその問いの答えを考えもせずに老人が手にしている杖ばかり凝視していた。それを見たアルゴルンは冷静な口ぶりで答えを出す。


「俺たちがこの村に来たとき、最初に話しかけてきた爺さんだろ?」


 小屋の奥側、トレイルとギリギリ円の外にいたアルゴルンの一言にトレイルは杖から目を離し、こんどは老人の顔を凝視しだす。老人の表情はシワのせいであまり読み取れず、老人はあの時一言二言、口を開いただけだったので、どんなジロジロと見つめても、老人の顔を見て誰なのか思い出す事はトレイルには難しかった。

 代わりに、老人の老いに満ち溢れながらも、暖かさがこもっている声色は忘れていなかった。


「ああ、あの時の爺さんか」


 声色で思い出されたなど思ってもいない老人はシワだらけの顔で微笑むと、左手をトレイルに差出し、杖を返した。


「お二人に覚えていただくとは、ありがたい限りです」


 老人は杖を返す拍子にトレイルに握手をしていた。杖が手と手の中間にあるせいでちゃんとした握手とは言えなかったが、老人のシワだらけの掌は力強く、そして暖かかった。


「こっちこそ、杖を返してもらって感謝してるよ、ありがとう」


 老人は深々と頭を下げると、手を放した。


「爺さん、あんたなんでここに来たんだ、まさか駄々っ子に玩具オモチャをやって、機嫌を取りに来ただけじゃあないよな?」


 アルゴルンはいつのまにか小屋の隅側に移動を済ませ、そこから低い声で言った。


「ち…違うのか?」


「バカやろう…俺たちがいくらバカ騒ぎをしたって、武器になりうる物を簡単に返すと思うか?」


「解呪師とって杖は勲章みたいなもんだ、きっと爺さんもそれをわかって返してくれたんだろ」


 アルゴルンが呆れるようなため息を付いていると老人は愉快そうな笑みを浮かべ、ここにくるのを見越してあるかのように置いてあった安楽椅子に腰を掛ける。


「いえいえ、大した用ではありません。例えるなら寝付けない孫に昔話を聞かせにきた。と言ったところでしょう」


 老人特有の無駄に長い話が始まるのでは…と予想したトレイルは申し訳なそうな顔で言った。


「悪いんだけど、俺たちシシーを助けなきゃいけないんだ。できれば子守唄よりこの小屋からの脱出方法とか、今シシーがどこにいるのかなんかを教えてくれないか?」


「最悪、あんたを人質にして脱出することになるかもしれないから、言葉は慎重に選んでくれ」


 脅迫に近い口調で老人に警告するアルゴルン。それでも老人は安楽椅子をゆらゆらと揺らし、微笑んでいた。


「知ってますとも。歳を取ると大概のことがわかるようになりますからの。シシーちゃんや火炙りにあった子たちが本当は病にかかったのでなく、呪われていることも」


 そんな老人の告白にも二人は驚かなかった。

 コルンタでは口にすらされない呪いも他ではすでに常識となりつつある。それを隠しきれるとは到底思えない。歳を取っているいればいるほど気付いている可能性は上がる。


「しかし、老人たちしかそのことを知らないのもまた事実。どうしたものかの…」


「爺さん。俺たちはあんたの愚痴に付き合っていられるほど暇じゃないんだ。さっさとトレイルの質問に答えてくれ」


 アルゴルンは逸れつつある話を見逃さなかった。いつもならそんなことで声など掛けなかったが、緊急を要する事態なので悪態あくたいを付いてでも本題に戻そうとした。


「スマンスマン、ジジィにもなるとついの…脱出方法とシシーちゃんの所在じゃな、初めに言っておきますがあの子はまだ火炙りにはあってはおりません、まだですが…」


 まずは安堵のため息。しかしまだ気を緩めるわけにはいかない。


「まだ、ってのはつまり…」


「うむ。明日の朝、日が昇ると同時にあの子は火炙りにあう。それは村長が決定したことじゃ」


 やはり二人は驚かなかった。その変わり歯を食いしばり、拳を強く握りしめていた。老人を殴りだすのでないかと思うほどに。


「教えてくれ…日の出まで残された時間は後どれくらいなんだ?」


 トレイルは食いしばった歯のから絞り出すように聞いた。


「安心してください。今は真夜中、日の出まで時間はたっぷりと残されております。それまで老いぼれの昔話でも聞いてはくれませぬか?」


 老人の危機感の無さにアルゴルンは腹を立てた。

 もしシシーの身を案じているのであれば一分一秒でも早く、シシーを助けに行くはずだ。この老人がそんな気を全く持ち合わせていないのであれば、それはシシーのことをなんとも思っていないこ証拠だ。


「ふざけるなよ。スィスィルがどんな思いでトレイルに助けを求めたと思ったんだ?辛くて、苦しくて、耐え難い苦痛から解放される為にな…」


 アルゴルンの感情は自然と怒りから悲しみに変わり、目元も少しずつ下がっていた。


「なぜそのようなお顔をするのですか、村長に見られたら『物に同情にするとは愚か』とでも言われませぞ?」


 明らかな挑発であったが、アルゴルンはそれに耐えた。耐え忍んで老人を睨みつけたがもう一人が老人の胸倉を掴んでいた。


「爺さん、俺たちはそんな戯言を聞きたいんじゃない。シシーを助けたいんだ。あんたは俺たちに協力する気があるのか?ないなら帰ってくれ」


 殴りかかるような真似はしなかったが、トレイルの瞳はそれだけで誰かの命を奪いかねないほどににごっていた。


「お優しいのですな。しかし、そんな世迷い事に絶えず耳を傾けていては大切な友の元に駆け付けた頃には手遅れになっていますぞ」


「なにが言いたい?」


「年寄りの心ばかりの助言ですよ」


「なにを…」


トレイルは老人を掴んでいた手を放すと、首を傾げながら聞こうとした。だが老人はそれすらも待たずに昔話を始める。


「五十年前、ワシがまだ若者と呼ばれていた時代に大きな事件が起きましての、魔物が群れを成して襲ってきたのです」


 村長に聞かされた話を突然と繰り返す老人。決められた台本を淡々と話しているような老人の姿は壊れた人形のように不気味だった。


「ワシは家族を連れ、村から逃げたのです。しかし、一人の友人だけは見捨てられずに村に戻ろうとしました。当然、家族に反対され、意味のない話し合いを繰り広げ、数分の時間の後、ワシは強行するように村に戻りました。しかし、その時にはすでにはるか彼方の空に『金色の雲』が大陸を覆わんと向かってきていたのです」


 意味を持たなかった言葉もしだいに意味を宿し、トレイルは不思議と耳を傾けていた。


「金色の雲…」


「終わりを告げるかのように金色の雲が舞い降りてくると、雲が友人やワシの身体を包み込んでいき、結果、ワシは後一歩のところで友人を助けることができなかったのです。」


 もしも、家族の話に一切耳を貸さなければ、友人に触れることができたのかもしれない。老人は今でもそのことを悔いているかのように天井を見上げた。だがそこにはなにもなかった。


「友の名はジャビン・モランド。今もこの村で村長を努めている男です」


 トレイルは目を丸くしていた。老人の口調からして、友人は死んだものとばかり思っていたが、まさかあの村長だったとは…

 あれこれ質問を投げ掛けたかったが、老人は話を終えると早々に安楽椅子から立ち上がり、扉へと歩いて行った。


「年寄りの世迷い事に付き合っていただき、感謝の気持ちで一杯です。それではワシはこの辺で退場しますかの。ああ、ランプは置いておきますのでご自由にお使いください」


 それだけ告げると、扉を開けて、去って行った。

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