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第19話 孤独な時間と悲しい思い出

「まだ春先だってのに、また火炙りかよ…」


「辛いだろうが耐えろ、村長に逆らうわけにもいかないだろうが」


 青年が二人、小屋の中で話し合っている。この小屋はトレイルとアルゴルンが閉じ込められている小屋と外装的な違いはなかった。高さ、幅、奥行き、この三つをとっても瓜二つ。しかし、いくら見た目が似ていようが中身、内装は異っている。

 まずは人の数、この小屋には扉の前におり、その扉の方を向き、クワを武器代わりに持った青年と、スキを武器代わりに持った青年。そして小屋の中央で両腕を縛られているシシーの三人がいた。

 もう一つ、大きな違いがあるとすれば、それは別の小屋にいる二人の頭を悩ませている暗闇がこの小屋には存在しないことだ。扉とは正反対の壁にランプが一つ置かれている。そのランプがシシーの照らし、それによって生じた影がうまい具合に扉に映し出される。それにより二人の青年はシシーを直視することなく監視をしていた。

 しかし、今の虚ろな瞳をしているシシーには監視の目など必要なかった。

 大切な人が自分のせいで傷つき倒れていった姿や、心の奥底では愛してくれていると信じていた両親に裏切られた光景が彼女の脳裏に張り付き、虚無を生み、その虚無が彼女から魂を奪っていったからだ。

 もしもシシーの頭が正常に働いていたとすれば、腕を縛っている縄など魔法でどうとでもなっている。


「この話は止めよう、彼女には酷すぎる…」


 横目でシシーを見ていたスギ持ちの青年が相方に言うと、彼も頷いた。

 そこから一分の沈黙が起こり、クワ持ちの青年がそれに耐え切れず「外の空気を吸いに行く」と言い、外に出たが、十秒も経たない内に戻ってきた。


「もういいのか?」


 スキ持ちの青年が相方に聞くと、クワ持ちの青年は「ああ、それと会話のネタを仕入れた」と笑いながら言った。


「どんな話だ?」


 スキ持ちの青年は暇を潰せるならどんな話でもよさそうな顔をしていたが、クワ持ちの青年は依然として笑みを浮かべながら口を開く。


「例の二人を閉じ込めている小屋があるだろ、そっちの方がなんだか騒がしいんだよ。アホー、だの、おたんこなすー、だの聞こえてくるしよ」


 その話に二人の青年は笑いを爆発させた。スキ持ちの青年が身に行こうと提案するが、相方がそれを拒否する。


「俺たちの仕事は見張りである。従って持ち場を離れることは許されざる行為であるぞ」


 頭の固い兵士のような口調で相手を退屈な空間から逃がさないようにすると、相手は口を尖らせ、その場から動かなくなった。


「お前がそんなことを言える立場じゃないだろうが…」


「そう言えば、爺さんが一人でうるさい小屋に向かっているのを見たな…もしかして爺さんがあの騒音を静めに行ってるのかも」


「ほぉ…」


 クワ持ちの青年は適当な話を切り出し、ごまかしを図ろうとするが意外にも相手がそれに興味を示してしまい、クワ持ちの青年はまばたくほどしか見ていなかった老人の特徴を必死になって思い出そうとしていた。

 そんな中でもシシーの感情は薄いものだった。二人の会話にトレイル達の行動が出てきたにも関わらず、彼女の耳はそれを雑音と認識し、捨て去った。

 二人の会話にトレイルたちの名前だけでも登場したのであればシシーの瞳から精気が取り戻されていたかもしれないが。


「たしか…杖を持っていたような…」


「杖?解呪師と名乗る方が持っていた?」


「たぶんだけど…」


 クワ持ちの青年の曖昧な返事に対し、スギ持ちの青年は不満そうな顔を浮かべた。


「なんだその答えは、まさか適当に答えたわけじゃないだろうな?」


「見た…はず。いや、見た!あれは確かに杖だった!」


 このまま曖昧な答えを続けていると色々と面倒なことになると思い、思い切って言い張ることにした。確かに見たのだから、老人だけなら…。


「そうなると、どうしてその爺さんは杖を持って行ったんだろうな?そもそも騒ぎを静めるだけなら小屋の外で見張っている奴らがどうにかしそうだが…」


 クワ持ちの青年はこれ以上この話を続けていけば、なにかしらのボロがこぼれてしまう考え、もう一度、話題を変えた。


「さ、さあな。それよりも解呪師ってのはどんな奴なんだろうな、村長がえらく褒め称えていたし、詩人かな?」


「なぜ詩人になるんだ。あの場でお前も聞いていただろ、あの方は五十年前の『モンスター・パニック』から村を救ってくださったお方だぞ」


「え?アイツ、五十歳を過ぎてんの?」


 どうやらクワ持ちの青年は理解力が乏しいようだ。それともわざと間違った答えを口に出し、退屈なこの場に沈黙が訪れないようにしているのか。


「俺は、あの方はこの村を救ってくださった方と同じ、名誉ある職についている。そう言いたかったんだ」


「なんだ、そう言いことか」


 二人のなかなかに終らない雑談はこれからさらに熱を帯びていき。五分もすると今まで火炙りにあってきた者の名前を上げていく。そんなところまでエスカレートしていた。


「だから…アイツだよアイツ。だめだ、名前が出てこない。二年ぐらい前だったかな、火炙りにされながら友人の名前を大声で呼んだって噂の奴が。俺らはその場には居なかったけど…」


 クワ持ちの青年がそれほど古くもない記憶を思い出せずにいると、スギ持ちの青年も眉間にしわを寄せながら答えた。


戯言ざれごとだろ?そんなことよりも『アイツ』か…お節介な奴だったが、結構良い奴だったな…」


「俺がクワを壊してちまった時も、アイツが勝手に直してくれたんだよ…なんでアイツが、どうせなら村長でも火炙りになればいいのに…」


「おい、誰かに聞かれたらどうする?」


「スマン…」


 スギ持ちの青年が不安そうにシシーの方を振りかえるが、相変わらず虚ろな瞳で扉に掛かった自分の影を眺めているシシーが誰かに今の会話を告げるとは思えず、口封じをしようとは考えなかった。無論、誰かに告げる可能性がゼロではないが、今のシシーに話しかけること自体が青年にとっては恐怖だったからもある。


「そもそもなんでアイツの名前を忘れるんだ、俺たちはアイツがいなくなるまで一緒にバカやってきただろ…」


 二人の青年の会話が耳に入ってきたためか、あるいは偶然か、シシーは二年前に火炙りにあった青年のことを思い出していた。




 火炙りにされながらも友の名を叫んだ日の前日、青年がシシーの家を訪れた。やつれた頬からなにか悩みでもあるのかと思ったシシーはあまりにも気の利いていない質問をしてしまった。


『悩みでもあるの?』


 青年は自虐的な頬笑みを浮かべるとこう言った。


『ちょっとね…』


 その時はまだ、青年が火炙りにされるなど想像もしていなかったシシーは、いつも自分より優位にいる青年がなにかしらの失敗を犯し、助けを求めてきたのだと思いこみ、腰に手を当て、心配ごとを聞いてあげるお姉さんのような気分になりながら、聞いた。


『まったく…あたしが万事解決してあげるから、辛いことは全部吐き出しなさい。楽になるわよ』


 キメとして片目でウィンクをすると、青年は突然片腕で両目を隠すと、口元だけを無理やり笑わせた。


『ありがとう…だけど…僕。』


 青年は両目を隠した腕をぬぐうように動かすと、その腕を退かし、一歩、また一歩とシシーの方へ近付いて行く。隠れていた目があらわになった時、青年の瞳が涙でうるんでいるのにシシーは気付いた。


『じゃあ…』


 青年とシシーとの瞳の距離が限りなく接近すると、青年は別れの挨拶をし、振り返り、去って行った。

 後から聞いた話だと、青年はあの後、何人かの親しい友の元を訪れていたらしい。しかしどれもシシーと同じで二、三度会話を交わしただけの虚しいものだったとか。

 そして翌日に火炙りが行われた。




 そこまで思い出していると、シシーを見張っていた青年の一人、クワ持ちの青年が大声を張り上げるように叫んだ。


「そっか…思い出したぞ!アイツの名前は…」


 そこまで口にすると、扉に映し出されたシシーの影がゆらゆらと揺れ、扉の前から動いていた。二人の青年は慌てて振り返り、シシーを凝視する。だが彼女に一切の変化は見られなかった。

 シシーも勝手に動く自分の影に多少なりの疑問を感じていた。特に考えようとしたわけではないが…

だか、小屋の中にできた新たな不思議な箇所を見つけたシシーはなにげなく首を右に曲げ、その箇所を見つめた。

 二人の青年もシシーに釣られるように首を曲げると異様…とまではいかないが、いささかおかしな点があることを発見した。

 三人が見つめているのは小屋の壁、トレイルたちと同じ木で出来ている壁は朝日が顔を出せば木の板の隙間から光が差し込むだろう。そしてそんな現象が、三人の見つめている壁の隙間から起こっていた。

 朝方早くの時間帯であるのなら不思議に感じる点は一つもないのだが、正確な体内時計を所持していた二人の青年の顔は疑問に満ち溢れた。

 どんなに早く見積もっても今がまだ深夜であることは間違えない。クワ持ちの青年が外の空気を吸いに行ったときに開いた扉の奥にも日の光は存在してなかった。

 深夜に映し出される光源の謎に頭を悩ませていた二人の青年は外の様子を見に行こうか、与えられた仕事を淡々とこなすそうかと悩んでいた。

 クワ持ちの青年の好奇心に打ち負け、扉に手を伸ばそうとした瞬間、誰かが扉を乱暴に開け、整っていない呼吸のまま叫んだ。


「は…花が咲いてる…光の花が!」

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