第18話 暗闇の中の策略
「トレイル!」
こんどはアルゴルンが一言だけ友の名前を叫んだ。トレイルにはその一言に込められた意味がなにかわからず、アルゴルンに顔を向ける。
彼は睨みながらこちらを見ると、目で合図するかのように視線を逸らす。その視線の先には頬を濡らし、トレイルを見つめているシシーの姿があった。
彼女の瞳は助けを求めるものではなく、恨みを持ったものでもない…ただ見つめるだけの瞳。そこに感情はなく、人形のような表情しか映し出されてはいなかった。
それでもシシーの頬を流れる涙が存在するだけで、トレイルは自分自身を縛っていた非情な二本の鎖を破き、前に進むことができた。
「わかった…だから泣くな、シシー」
杖を両手で握り、丸太の周りを取り囲んでいる者全員を牽制していると、村長がため息を交ぜた言葉を口にする。
「なんとも悲しいことです。ワシはただ、あの日の解呪師様の武勇伝と、感謝を伝えようと思っていただけなのですが…まあ、せっかくなのでお話しましょう」
村長は落ち着きのない子供のように辺りをうろつきながら、淡々と昔話を始めだす。
「解呪師様は五十年前の『モンスター・パニック』がどのようにして収まったのか知っておりますか?」
その問いに現解呪師であるトレイルは答えることができなかった。
解呪師を目指す過程で、五十年前の大きな出来事を詳しく調べようと何度も考え、そのたびに収穫と言えるものは何一つとして手に入れることはできなかった。
『モンスター・パニック』はなぜ勃発し、そしてなぜなんの前触れも収まったのか?
情報操作が施されているかのように、魔物が姿を表さなくなった日の記録がどの書庫にも存在していない。一人を除く、年老いた四人の解呪長もそのことを口にすることはなく、唯一トレイルを解呪師として認めてくれた解呪長も三十ほどの歳であり、五十年も前の出来事など知りうるはずがなかった。
ゆえにトレイルは真実が気になってしまった。自分がたどり着けなかった真実に。
「知らないご様子ですな」
村長はあざ笑いを見せつけるかのように口元を手で覆うと、笑い声を漏らした。
「五十年前のあの日、突如として村を襲ってきた魔物に我々はなんの対処もできずに逃げ回っていました。まさか遥か北の地域で起きた事件の火の粉が、南方にあるこんな小さな村にまで飛び火してくるとは誰が想像できますか?」
過去を語る老人の顔からいつの間にか笑みは消えていた。空を眺め、物思い耽っている村長の姿がさらに歳を老いているように見せていた。
「いえ…この話は解呪師様には関係のないことでしたな。そのようなことが起き、目の前で子や孫が無惨な死体と変わり、ワシは絶望に陥ってしまいました。神がいるのであれば我らをお救いください。そう祈り空を見上げると、その願いが真のものに変わったのです」
トレイルから視線を外し、遠方の空に浮かぶ黒雲を見つめていると、頬にできた膿がまるで涙のように流れ、村長の折れ曲がった腰が少しずつ垂直に戻っていった。
興味深い話に耳を傾けていたが、村長が目を離したその一瞬をトレイルは見逃さなかった。
杖を構え、身を屈めて急速に近付こうとトレイルに対して、自分の語る昔話にすっかり酔っていた村長が気付く事はない。
「ッ…!?」
しかし、身を屈めた瞬間、背後から頭部を叩きつけられ、その場に倒れこんだのは村長ではなくトレイルだった。不意の出来事に身に硬直させてしまったアルゴルンも背後から農具の端かなにかで殴られるような痛みを受け、額のカウントが減る音とともに意識が遠のいていった。
「空から『金色の雲』が降ってきたのです!」
気を失ったばかりのトレイルの方を振り返り、あの日の衝撃を高らかに告げると、少し目を放していた隙に地に伏せっている二人の現状に驚き、なおかつ頬笑みを浮かべると、周りを囲んでいた村人にあれやこれやと命令を飛ばす。
そんな数秒の間にもシシーは沈黙を破らなかった、二人の友の意識を奪ったのが他ならぬ自分の両親だったからだ。
あれからどれ程の時間がたったのであろう。
トレイルとアルゴルン、二人の若者は村の片隅にある小さな小屋に閉じ込められていた。縄などで縛られてはいなかったが、意識を失っている間に剣と杖が奪われているのに気付き、行動が極端に制限されてしまった。まさに幽閉されている状態だ。
「…ッ、ここは?」
先に目を覚ましたのはアルゴルンだった。
彼は一筋の光すら照らされていないこの暗闇の中でズキズキと痛む頭を抑え、必死に現状を把握しようとした。
あの時構えていた剣がない。つまり武器は村の連中に没収され、そのままどこかへ閉じ込められたのであろう。
次に辺りが暗い。ただ暗いのではなく一筋の光すらない暗黒。もしも太陽が頭上から辺りを照らしているのであれば、この木でできた建物に閉じ込められていたとしても太陽が壁の隙間から光を差し込んでくれるはずだ。それがないと言うことは…夜であるはずだ。
導き出した答えの最悪さアルゴルンは苦笑した。気を失う前は太陽はまだ真上にあり、昼食すら口にしていない時間から辺りの光が消えた夜まで、良くて半日は経過している。その間にシシーが火炙りにされていると考えると背筋が凍りそうになる。
だがこの状況でそれを確認することなどできず、今は現状の把握を優先することにした。
額が鳴っていない。これは幸いにも半径1メートルに誰もいないことを告げているようなものだ、しかし、それはこの建物の中にアルゴルン以外の人物がいない可能性も表しているからだ、アルゴルンは確認のためにあまり得意としない『大声』をだした。
「おーい!トレイル、スィスィル」
「あぁ…」
すると近くから唸り声にも似た返事が返ってきた。誰かまではわからなかったが、少なくとも小屋の中からであることは確かだった。
「アルゴルンか…?」
声の主はトレイルだった。もちろん姿を確認したわけではないが、二人が共に旅を始めて早一ヶ月。そんなアルゴルンが友の声を聞き間違えるなどまずないだろう。
「ああ。どうだ、閉じ込められた気分は?」
「最悪だよ…杖はないし、辺りは真っ暗でなにも見えないし、おまけに頭はズキズキするしで…」
「それは俺も同じことだ。それより今はここから脱出するぞ、急がないとスィスィルが…」
「シシーはここにいないのか?」
見えないとわかっていてもトレイルは暗闇を見回し、彼女の名前を何度も叫び。
「ここにはいない、恐らく別の場所に閉じ込められているのか、あるいは…」
考えたくもない可能性に喉を詰まらせていると近くにいるであろうトレイルがなにか騒々しい音を立て始める。
「なにをしているんだ?」
「見ればわかるだろ、床を叩いているんだよ。この暗闇じゃ無闇に動けない。お前に近づくかもしれないし」
以外にも得策だった。動くことが危険であるのならば動かずにできることを実行する。しかし床を叩くことによって事態が好転するとは到底思えなかったアルゴルンはもう一度聞いた。
「見れていれば苦労などしない…それよりも床を叩く意味があるのか?」
トレイルは出来る限り小さな声で答えた。
「ある、駄々っ子の原理さ。こうやって手当たり次第にそこらへんの物を叩いたり、耳障りな騒音を起こせば、堪忍袋の緒を切らした誰かがこの建物に入ってくるはずだ、そこを狙う」
幼稚な策であったがやってみる価値も確かにあった。相手が国を死守する兵隊かなにかであれば無視を貫かれるだろうが、今相手にしているのはなんの訓練もしていないただ村人、思わず扉に掛けられているカンヌキを抜き、中に入ってくる可能性は十二分にある。
アルゴルンは暗闇の中で頷くと一瞬だけためらった。だが同じ苦痛を背負った仲間のために恥を捨て、床を叩きだした。
「ちきしょー!バカ野郎ー!アホンダラー!ここからだせー!」
トレイルの思い浮かぶ限りの幼稚な暴言と、二人の息の合った床ドラミングが真夜中の村に響き渡った。




