第17話 黒くて白い木の下で
「シシー、お前って呪いに詳しい方か?」
黒雲に気を取られていると、ふとトレイルが思い出したように聞いてくる。
「え…?前に言わなかったかしら、ほとんど知らないって…」
たしかにシシーは呪いについての知識は素人に近い、それは初めてあの街で出会った時からトレイルは気付いていた。それでも皆無ではない。
「少しは知っていただろ?呪いや、解呪師についても。だけどお前の父親はその両方の知識があまりにも乏しかった、まるで誰かが意図的に呪いや解呪師の情報を遮断しているかのようにな」
「たしかにあたしも呪われるちょっと前まで、ちっとも知らなかったわよ、だけどあんた達が言ってた…呪躁師だっけ?その人が色々と教えてくれたのよ」
「呪躁師が…?」
よくよく考えるとおかしなことだ。その呪躁師がシシーを呪ったのであれば意味のない雑談などするのか?シシーの口調からしてその呪躁師に対しての恨みが薄く感じられる。それはつまり、シシーと呪躁師は楽しげな会話をしていたことになる。
様々な過程を元に呪躁師の目的を憶測していると、トレイルの前方から細長い物体が跳んできた。だがトレイルは細長い物体に気付くことなく、後頭部に直撃してしまう。
「…ッ!」
後頭部を擦りながらそこに当たった細長い物体を睨むように拾うと、トレイルはそれが自分にとって大事な杖であることに気付き、睨む対象を物から一人の人物に変えた。
「雑用が終わったぞ。それとお前の読み通り、付いていた土の色は真っ黒だった」
「ちゃんと掃っただろうな、土」
「もちろん」
一度だけではなく、二度も三度も杖の先端を確認すると、どこか満足のいかない表情で杖の隅々まで舐めまわすように確認しだす。どうやらなにか適当な理由を付けて後頭部の痛みについて愚痴を言い散らす気のようだ。
シシーはそんなトレイルを放り、墓地へ足を進める。
「ん?シシー、どこに行く気だ?」
「わかりきってるでしょ、墓地を浄化するのよ。円に沿って白火を出せばいいんでしょ?」
それを聞いたトレイルは血相を変えてシシーを止めに入る。
トレイルが彼女の腕を強く握り引き寄せると、それを合図と言わんばかりに頬をつねり合う討論が始まった。そんな見慣れた光景を傍観していたアルゴルンは心の中で少しだけ二人が羨ましく感じていた。
「だから、今浄化すれば村の住民から怪しまれるだろ!いや、怪しまれるなんてもんじゃない、はたから見たらご先祖様を燃やしてるんだぞ!?墓荒らしですら真っ青の犯罪者と勘違いされるぞ!」
「することは墓荒らしと対して変わらないし、いいんじゃないの?」
「いや変わるだろ!?良くもないし、夜中にこっそりすればいいだろ、今はツレツ木の木片を取りに行くのが先決だ」
叫びに近いほどの声で会話している上に、先ほど白火の火柱を見せつけるように出していたのだから、二人の討論は数人の村人に筒抜けだった。
「はいはい、わかりましたよ、解呪師様の仰せの通りにすればいいんでしょ」
先に折れたのはシシーの方だった。両手を広げ、皮肉しか含まれていない服従を示す。
そんな態度もトレイルは軽く受け流すと村の中心部の方を向くと、そこには老人たちの姿はなかった。『真っ黒な白木』を囲むようにして行われていた井戸端会議はトレイルたちが墓地で喚いている間に幕の下ろしたらしい。
「見ろよ、ジイさんたちもどっか行ったみたいだ。これはツレツ木へ行きなさいって言う初代解呪師兼、初代解呪長のガデオ・オルストの思し召しに違いない」
「村長たちがあそこに居座ったままだったらどうするつもりだったのよ…」
的確にツッコミを入れながらもその足は白木に向かうトレイルを追っていた。
「改めて見ると…綺麗なまでに真っ黒だな」
『真っ黒な白木』の前まで来るとトレイルはそのツヤの出ている黒光りした樹皮に感心してしまう。
「これほど味のある色が焼け焦げて出来るのか怪しいものだな…」
アルゴルンは丸太の表面に触れながら疑問を浮かべていた。
「逆に考えてみろ、焼け焦げる以外で黒色なんかに変色すると思うか?」
「ううむ…」
顎に手を置き、可能性を模索しているとトレイルが杖の先端を構えながら向かってきた。アルゴルンはいったん考えを中断させ、身を引く。
「今さらだが…ツレツ木をちょこっと削るだけなら文句も言われないよな?」
「さあ?」
当てにならない返事を聞くと、やけ気味になりながら白木の表面に杖の先端、つまり一番尖った部分をぶつける。
すると奇妙な出来事が起きた。
杖の激突により欠けて地面に落ちた白木の木片、トレイルはそれを拾うとその出来事に気が付いた。
「どうなってるんだ…欠けた木片の内側は白いのに、丸太本体の中が黒いままだ!」
奇妙な説明の仕方に二人は困惑し一人は間近で、もう一人は遠目から木片を覗き込んだ。
そこにはトレイルに言った通り外側は、つまり欠けた木片の表面部分は黒く、内面部分は黒くツヤ光りなどしておらず、ブルトの話の通り白く美しかった。
肉でもなんでも強い炎で焼けば表面は焦げるが内面までは火が通らない。ごく普通な答えに二人はトレイルがなぜあんなことを口にしたのか理解できなかったが、アルゴルンは杖の激突によって生じた丸太本体のクボミに目をやり、やっとトレイルの言葉を理解し、驚愕した。
「丸太のクボミが…黒い?」
「ええ!?だって、木片は、白で…」
目を見開いて木片とクボミを交互に見つめると、シシーの頭の中はパンクしてしまい、言葉が途切れていた。
木片の内面が白いと言うのに丸太のクボミが真っ黒であることは本来ならありえない光景だ。
トレイルは表情を歪めながらも木片を着ている服の内側にしまうと、左手で丸太に触れる。するとトレイルはあっけないほど簡単にその矛盾を解いた。
「クソ、そういうことか」
トレイルは、まるでアルゴルンがその身を引く時のような速さで丸太から左手を放すと、シシーの方を向いた。
「この木は…いや、この木も『呪いの巣』だ」
その一言でシシーは、白い木片の謎こそわからなかったがそれ以外のことは理解できた。
呪いとは誰かへの怨念や強い復讐心によって生まれる。そしてそれらの感情が一ヶ所に集まることによって呪いの巣が誕生する。トレイルの言っていた通りだ。
この木の呪いは墓地のように五十年前の出来事のせいではなく、その日から変わってしまった村が原因だ。この木に集う感情は全て、シシーのような人たちが火炙りにあった際に命を落とす代わりとして放った、対象の存在しない恨み。
トレイルはそんな丸太に手が触れた瞬間ようやく気が付いた。もう少し頭を絞っていたのであればもっと早い段階で気が付いてやれたのに、墓地にばかり気が取られていた。
『真っ黒な白木』が放つ呪いは墓地に比べれば足元にも及ばないものだった。触れるまでは感じ取れなかったが、触れた瞬間、火炙りにあった人々の苦痛が身体の中に入ってくるかのようだった。
「この木も浄化する必要があるな、呪われた材料で解呪なんてしても意味がない…」
シシーは我慢できずにトレイルに二つ質問した。
「木片が片方白かったのはどうしてなの?それに火葬すれば怨念は消えるって…」
「火葬の件は俺も疑問に思っている。あくまで憶測だが、呪われた者は普通の炎で焼死させたとしてもその魂は浄化されずになにかに取り憑くんじゃないか、たとえば火炙りに使われた丸太とか」
確信はなかったが、納得のできる仮説でもあった、呪われてしまった者を生きてどうにかするのが『解呪』なのだから、ただの炎では呪われた者は救えないでは…。
必要なのは白火のような焼死することのない特殊な炎。
「『真っ黒な白木』の木片だけが白いのは恐らく分離したからだろう、丸太の隅々まで呪いが血液のように巡回していたとすれば、欠けた木片に血液が行かなくなり、結果、木片の内側だけが元の白色に戻った」
木片の件も憶測の域に過ぎなかったが、それを追及するものなどいなかった。表面がなぜ黒いのかという事実も同様に…
例え聞いたとしても理解しがたい答えが返ってくるだけなのだから。
「先に詫びを入れておくけど…そんなことを聞いたところでなんの意味もないわ、私が聞きたいのは…」
なら聞くなよ…と言った表情をトレイルが作っていると、ふと後ろから誰かが近寄り、シシーの肩を掴んだ。それによりシシーの言葉は中断された。
「だ…誰?」
アルゴルンでないことは確かだった、彼が自ら『触れる』などありえない。トレイルも目の前にいるので同様にありえない。
そこまで推理するとシシーの肩を掴んでいる腕がシワだらけであることに気づき、その人物が正体を明かす前に振り向いた。
「こんにちは、シシー。そしてお帰り」
老人だった。身体が腰元で大きく曲がりくねり、身長が元の半分しか意味を成していない、それが不気味に思えた。
顔の皮膚が酷く爛れており、そこから生じた膿がゲロを吐くように漏れていた、それが死人に見えた。
「そ…村長」
爛れた皮膚と、折れ曲がった腰が村長の年齢を九十ほどに思わせたが、実際は七十ほどだろう。
村長は重く垂れさがったまぶたを薄く開けてシシーを後姿を見つめると、次にトレイルが手にしていた杖に目を凝視させ、老人とは思えない速度でトレイルの前に行き曲がりきった腰を微かに下げる。
「あなたが解呪師のトレイル殿ですな?」
「なんで俺の名前を…」
「先ほどシシーの家を訪れ、ミシェルとブルトから聞きました。あなたが解呪師であることも、お連れの方の奇妙な病のことも、シシーの抱えている『病』のことも全て」
シシーは強烈なまでの悪寒と同時に、丸太の周りを十数名の村人に囲まれていることに気が付いた。
村長の腕がシシーに触れたあたりから周りの殺気の感じ取っていたアルゴルンは近付こうとするものを牽制するために剣を抜いていた。
「アルゴルン!」
「…わかっている」
一言、彼は友の名前を叫ぶだけで友もその叫びの意味を理解した。『手は出すな』そう伝えたのだ。
「村長さん、どうしてシシーの両親は娘の呪いのことをあんたに告げたんだ?」
シシーにとっては酷な質問だが、村長は興味の欠片もないような表情でトレイルを見た。
「そのような話をしたいがためにここに来たのではありません。もちろんご友人に危害を加えるためでもありません。ワシはただトレイル殿、あなたに用があり、ここに来たのです」
村長が言った『友人』にシシーは含まれてはいなかった。
周りを囲んでいた村人の一人が手に持っていた縄でシシーの両腕を素早く縛ると丁寧に縄を引き、シシーをトレイル達から遠ざけた。
「残念ですがシシーはすでに魔物と同じ、言うなれば怪物なのです。これはワシが責任を持って処分いたします。ですからそのような瞳で睨まないでください、万が一にもこれを助け出そうなどとお考えしているのであれば、ご友人の短い人生がワシの膿のように弾けてしまいますぞ?」
縛られている間も、縄に引きずられている間も、シシーは声を発しなかった。アルゴルンも自分が動けば額のタイマーが動き、タイムリミットが減ってしまうことを恐れ、動けなかった。そして、そんな自分が憎くて仕方がなかった。
唯一、行動と選択の権利を手にしていたのはトレイルだけだった。だが彼も動けずにいた。動けばアルゴルンの命が危ぶまれ、動かなければシシーが火炙りにされる。
それを決断するほどの強靭な精神など、彼は持ち合わせていない。彼は道行くたびに泣いている人を見つけ、手を差し伸べる。そんな人間だ。
村長が提示した生死に関わる選択が彼の肉体をマヒさせ、行動を停止させていた。




