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第16話 聖なる白い炎

「次から次へと…トレイル!あんたはあたしの頭をばくは…パンクさせるつもりなの?」


 アルゴルンが嫌いそうな単語をなんとか飲み込んだシシーは声を少し落としながらトレイルを威嚇する。


「そんな難しいことじゃない。いいかシシー、さっき俺は自分自身を「魔法使いである」と言ったよな。だが実際に俺には火の雨を振らしたり土の津波を引き起こす四元素エレメンタールに基づいた魔力はない。あるのは解呪を行うための特異的な魔力だけ。だけどそれじゃ解呪はできても浄化はできない、浄化するには火の魔法で火葬する必要があるんだ」


「火の魔法…サラマンダー?」


「そうだ、本来なら、死後すぐに遺体を火葬すればそれで浄化は完了され、怨念をばら撒かれることもない。だがこの村には火炙りっていうクソったれな風習はあるくせに火葬をする風習はどこにもない。だからシシー、お前の力で『呪いの巣』を浄化するんだ。過去の出来事に苦しんでいる人たちを解放し、もう一度眠らせるんだ。」


 シシーの頭の中ではある日の光景が浮かんでいた。

 それは何人目か数えることを諦めた頃、一人の親しい青年の火炙りに立ち会っていた時のことだ。白木の丸太に十字型で縛られている身体を、松明の炎が全身包もうとした瞬間、青年が苦痛の混ざった声で己の知りうる友人の名前を叫んだのだ。


『ベッツ!ミシア!ギルバン!カルン!スィスィル!』


 彼がなぜ友の名前を叫んだのか知りうる者はいなかった。だがその青年の叫びに確かにシシーの名前も含まれていたことは事実だ。


「あたしが『呪いの巣』を浄化すれば、もう誰も呪われなくなるの?」


「ああ、俺が保証する」


 その力強い頷きにシシーは強く決心した。あたしが村を救うのだ、と。


「シシー、長い時間が経った怨念には、普通の炎じゃ浄化できない、特別な炎じゃないとな。掌に炎を灯してみてくれ、簡単でいい」


 迷うことなく頷くと、シシーは両手で水をすくうように差し出すと、そよ風のような声で詠唱を呟き、焚き火ほどの炎が掌に灯された。


「これからこの赤い炎を浄化の白い炎に変える、よく見てろよ、これが…『白火はくび』だ!」


 紅蓮色ぐれんしょくに燃え盛る炎に触れるようにトレイルが手をかざす。すると炎の頂点が白く輝きだし、しだいにその全身を燃え盛るような紅蓮色から清く輝く光白色こうはくしょくに変えた。

 アルゴルンもその美しい光白色をした炎に見惚れ、無意識に腕を伸ばしていた。


「この清められた炎は、汚れた精神のみを燃やしてくれる灯、白火はくびだ。白火の特徴は二つ、目を見張るほどの純粋な白色をしていることと、熱をまったく帯びていないことだ。アルゴルン、触っても大丈夫だぞ」


「なんだと?」


 貴重な一秒を犠牲にしながらも恐る恐るシシーに近付き、光白色をした白火に掌を当てると、驚くほどに熱がなかった。それでも一秒後にはその身を遠ざけていたが…。


「確かに…あたしの掌もなんともない。白くなるまでは少し熱かったのに…」


 白火を覆うようにトレイルは杖を持っていない左手をシシーの両手に被せる。そのまま彼女の両手を握ると、吐息を直に感じるほど顔を近付けながら言った。


「炎を白火に変えることは魔法の心得のを持っている奴なら誰にだってできる。だけど魔法使いの唱えた魔法の炎じゃないと意味がない。だから四元素エレメンタールの魔法を熟知しているお前が白火を操り、あの『呪われた墓地』を浄化するんだ」


 強い力で握られていた手がシシーの元から放れ、拳一個分もなかった二人の距離も離れていった。しかし、シシーは動こうとせずに、トレイルを睨んでいた。


「あたし…その白火とか言う炎の出し方、わからないんだけど」


 トレイルは一笑すると墓地の周りを囲んでいる柵に腰を掛けた。


「難しく例えるなら『清い心で深く念じる』だな」


 理解力は人並み程だと思っていたシシーだが、トレイルの答え方が細かな部分までを鮮明すぎるため、毎度のように頭を悩ませていた。


「トレイル…あんた、あたしをからかってるの?」

 背中に生えているウェアウルフの毛が逆立つような感覚を感じながらも、トレイルを目で威嚇するシシー。トレイルはそれすらも楽しんでような腹の立つ笑みを浮かべていた。


「悪い悪い、簡単に例えるなら『大切なもの』を思い浮かべればいい。親友、恋人、ペット。生き物に限ったことじゃない、大事にしてきたアクセサリーとかな。俺ならこの杖になる」


 理解した。理解はしたが、予想だにしていなかった。そんなシシーの頭の中は混乱してしまい、大切なものを思い浮かべるどころか、詠唱すらまともに行うことが困難になっていた。

 それでもシシーは、生まれ持った意地と村を救うと言う決心で無理やり詠唱を唱えていた。


「……」


 トレイルもアルゴルンも期待の眼差しで見つめていると、一定の距離をとっていたアルゴルンの足元から焚き火のような小さな火が生えてきた。アルゴルンは慌てて炎から距離をとると小さな火がどんどん成長していき、彼らの背丈を軽く超えるほどの火柱となった。

 だが炎は見慣れた赤色だった。


「ずいぶんと大きな炎を作ったな、しかもアルゴルンの足元に…それじゃ、こいつに触れながら大切なものを思い浮かべてくれ」


 シシーが火柱に近付くと、アルゴルンはその場から逃げるように身を引く。


「大切なもの…大切な…ひと?トレイル、あんたは…誰を思い浮かべたの?」


 シシーには大切な『なにか』が思い浮かばなかった。今までなら親や友達が真っ先に思い浮かんでいたが、彼女の心は父親から受けた罵倒の数々が刻まれており、大切な『なにか』を断言することするのが怖かった。

 心の底ではいくらシシーのことを思ってくれていたとしても、言葉は心に突き刺さったままだ。


「俺か?俺はな…ガキの頃から一緒だった二人の男女だよ」


 不思議とトレイルの表情が切なく見えた。一番大切な男女なのだから男は親友と言えるほどの人物で、女の方は恋人でなければ…。

 そんな妄想を一人で繰り広げていたシシーは勝手に落ち込んでいた。


「どうしたシシー?もしかして大切な『なにか』が思いつかないのか?」


 無言で頷くとトレイルは腕を組みながら立ち上がった。


「そうだな…なら俺とアルゴルンでいいんじゃないか?」


「え…?」


「だから、お前にとっての大切な『なにか』はトレイルとアルゴルン、この二人になれば万事解決だろう?それとも俺らじゃイヤか?」


 そんなことない。

 そう伝えようとしたが自然と口は開かなかった、開こうとしなかった。それを口に出して言うのは恥ずかしかったからでもあり、ただの意地でもあった。

 しかし、そんな思いを火柱の色が代わりに代弁してくれていた。


「お!触れないで白火にするとは、やるなシシー」


 燃え盛る火柱はトレイルの一言によりシシーの心を癒し、結果的に人を燃やすための紅蓮色から呪われた存在を浄化する白光色に変わっていた。

 触れずに白火にするのがどれ程のものなのか、シシーにはわからなかったが火傷の危険を冒してまで炎に触れ、白火にしたトレイルよりも高等な技術であると思うことにし、とりあえず喜んだ。

 だが、白火になったことにより自分の心情がトレイルたちに気づかれたのでは…とも考え、頬を紅潮こうちょうさせる。


「見ろよシシー、お前が創った白火の中、心がポカポカするみたいだ」


 白火に飛び込み、身体を覆わせながらトレイルははしゃいでいた。そんな彼を見ていると少し前まで小さなことで喜んだり、恥ずかしさのあまり頬を紅潮させていた自分がとても愚かに思えてくる。


「はいはい…あんたはすごいわよ」


「なに言ってんだ?すごいのは触れずに白火を創ったお前だろ?」


 適当な言葉であしらうつもりが、トレイルはあろうことかシシーを褒めに入った。今までの平凡に暮らしていたシシーには…ましてや化け物や怪物などと実の父親からさげすまられていた彼女には、紅潮した頬を両手で隠すことしかできなかった。

 それでも白火が発する炎はその輝きを光の糸と同じほどに眩しさを増していた。

 アルゴルンはそんな彼女を見て、ただ頬笑みを浮かべるだけ。


「は…早く墓地を浄化するわよ!もう頭が混乱するような説明はないみたいだし」


「あー…最後の最後に、やっておかないとならないことがあるんだが…」


 さっそうと墓地に向かうシシーを呼び止めると、シシーは石像のようにピタリと身体を止め、ため息を漏らした。


「いつになったら前に進むのかしら…」


「すぐにだよ。アルゴルン、お前にもやってもらうことがある」


 今までの会話にほとんど参加していなかったアルゴルンに解呪師の証でもある杖を投げると、彼は慌てた様子で捕り損なった杖を拾い、トレイルを見た。


「幸いにも、この三人の中でお前はダントツに怨霊やらに鈍感だからな、この仕事はお前にしてもらうぞ」


「おい、一人で話を進めるな。俺に一体なにをさせる気だ?」


「簡単なことさ、その杖で墓地の周りの地面…つまり墓地を囲むように作られた柵にそって円を描けばいいんだ」


「それだけか?」


 トレイルは大きく頷くと、杖を握りっぱなしだった右腕の指を二つ突き出し、言葉を繋げる。


「二つだけ注意がある。一つは柵の内側に円を描くこと、外側なら俺でもできるんだがな…もう一つは杖先に付いた土はキレイにはらうこと、特に土の色が『黒』だったら特に念入りにな」


「柵の内側…か。わかった、行ってくる」


 ふと疑問に感じた点も口には出さずに、ただ寡黙かもくに杖の先で地面をえぐる作業を始めるアルゴルン。

 肌身離さずに持っていた杖がその手を離れてから、トレイルはしきりに右腕を握り、開きを繰り返していた。


「土が黒色だったとしても、念入りにする必要ってあるの?」


 コルンタの土地にある黒土などそれこそ畑ほどしかない。昔の人々は作物が育てやすい環境を見つけ出し、そこから村を発展させたとは言え、長年そこで生活していけば土の色は自然と茶色に変わるだろう、それこそいくら暗い雰囲気をかもし出している墓地であるが、地表を見れば茶色であることは一発でわかる。


「昔っから言うだろ、『白は善、黒は悪』ってな。それと同じだよ」


わざとなのか、そういう性格なのか、トレイルは少々理解しにくい言いまわしで説明してくるのだが、今回はシシーも理解することができたようだ。


「ふーん…それじゃあ、円を描いている意味は?」


「白火が簡単に燃え上がるための導火線だよ」


「あんなので大丈夫?」


「大丈夫、お前の腕前ならな」


 相変わらずの、不意打ちで相手を褒めてくるトレイルから顔を逸らすように空を見上げていると、遠方に一つ、黒雲が姿を見せていた。

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