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第15話 解呪と浄化

 その謝罪に対してトレイルは少々変わった答えで返す。


「なんで謝るんだシシー?俺はお前を叱ってるわけじゃない、ただ確認をしてるだけだぞ」


「だって…あたしが聞かないほうがいいような話をしてたし、なにより盗み聞きだったし…」


 それを聞いたトレイルは空を仰ぎながら笑うと、こう言った。


「お前の村じゃ、盗み聞きしたら火炙りにされるのかよ」


「そんなことはないけど…」


 トレイルは笑みを浮かべたまま、言葉を繋いでいく。


「それによ、お前に聞かれたら困る話でもなかったろ?なんだかんだ言って、俺らもお前の親御さんも、お前のことを心配してたんだからな」


 トレイルが笑いながら言いので、シシーも思わず微笑んでしまう。

 あんなにも自分のことを嫌っていると思っていた父親が心の底では心配してくれていたことを知った時、シシーは唖然あぜんとしていた。トレイルに言われると思わず口元がゆるんでしまうもの無理はない。


「そんなことより…シシー、この墓地は一体何なんだ?この墓の中にはどんな奴が眠ってるんだ?」


 シシーの登場により、脱線してしまった会話がようやく元に戻ってくると、トレイルは単刀直入に聞いた。


「そうだトレイル、結局ここにはなにがあるんだ?お前はこの墓地のことを最悪と言っていたが…」


「まあ待て、シシーが質問に答えてくれれば俺も納得のいく答えをだせる」


 責任の掛かっているような言いまわしだったが、シシーはそこまで深くは考えずに、素直に、聞かれた質問に一番妥当だと思う言葉を見つけ、言う。


「たしか…この墓地は五十年前の『モンスター・パニック』で犠牲になった人たちが土葬されているはずよ」


 トレイルは考えないようにしていたこの墓地の気味の悪い『何か』が完全と言いきれるほどに理解してしまい、再び冷汗が流れるほどの悪寒を体感するはめになっていた。

 あいかわらずアルゴルンは平然としていたが、シシーはトレイルと同じで今頃『何か』を意識してしまい、肌で感じ取っていた。まるで呪いによって生まれたウェアウルフの毛を一本一本引きちぎられているように。


「この墓地には…五十年前に魔物に虐殺された人々が…眠っている。友人や…恋人が目の前で喰われ…そのまま逃げ切れず自分も殺された人や…大切な人の死を踏み台に生き残った人も…いる。そんな人たちは…生き残って尚、あるいはたとえ死んだとしても…魔物への恨みの感情を少なからず抱いているだろう。生き残った人はその惨劇を恨み…魔物を火炙りにし、二度とあの惨劇を繰り返さないようにした。そして死んでいった人は…晴らすことのできない恨みを自分の子孫たちに…ぶつけた」


 トレイルが吹き出るようにいていた冷汗は、身体中の水分を使い果たしたかのようにピタリと止まるかわりに、立つことすら困難になっていた。トレイルの身体は雑草だらけの地面に座り込む。


「まさか、ここは…」


 口に出したのはアルゴルンだった。シシーは背中に走る激痛を抑え込むのが精一杯で、優雅に会話などできる状態ではなかったからだ。


「昨日俺が言った…『呪いの巣』だ…」


 シシーの耳には気味の悪い雑音が響くようになっていた。二人の会話を聞きとることが困難なほどに多くの音が一斉に入り込み、吐き気すらもよおすほどに。


「どうしたんだ二人とも?」


 アルゴルンは二人の異変を察知し、問いかけたが、トレイルはそれに答えずにシシーの腕を担ぐとおぼつかない足取りで柵の外を目指す。


「アルゴルン…一旦ここを離れるぞ…」


 片腕を担いだだけで全身の体力を使い切ったような荒い呼吸をしていたトレイルは、なんとか柵を乗り越えると地面に倒れこんでしまった。

 シシーも倒れこみはしなかったが、頭に響いている雑音に苦しめられ、耳を塞いでいた。


「トレイル!」


 友の身を案じ、思わず近付こうとしたアルゴルンに地面にうつ伏せで倒れこんでいたトレイルは怒声を上げて止めに入る。


「近づくな!アルゴルン!」


 掌いっぱいに耳を塞いでいたシシーの耳にもトレイルの怒声が聞こえたようで、手を下ろすとトレイルを見た。

 両手に込めた力は地面を強く押すと、倒れていたトレイルの身体が少しずつ起き上がり、なんとか立ち上がることに成功した。


「大丈夫だ、もう何ともないさ」


 へらっとした笑顔で語りかけてくるので、アルゴルンも安心してトレイルに遠ざかって行く。


「お前も大丈夫だろ?シシー」


 シシーはトレイルの一言で背中の激痛がいつの間にか収まっていたことに気付いた。


「そういえば…」


 それでも頭の中に響いている気味の悪い雑音だけは多少残っていた。


「それよりも、なんだったのよアレ?背中にちぎられるみたいな痛みが走るし、わけのわからない言葉が耳元で囁かれるし…」


 結局、大した異変も体感しなかったアルゴルンは首を大きく傾げるとトレイルを見た。


「アレは呪いの巣が無差別に発している『怨念』だ。恐らくこの柵の中に入った奴を呪おうとしているんだろう」


「どうして?あの墓地にはあたしのご先祖様も眠っているのよ、そんな人たちが自分の子孫を呪おうとするなんておかしいわよ」


 トレイルは首を振ると、墓地を見つめながら言った。


「いや、怨念は恨みの対象を見失うと見境がなくなるんだ。自分たちを殺した恨むべき魔物はすでにいなくなってしまい、最後の手段として、人間を魔物に変えて恨もうとする。それが自然的な呪い『モンスター・チェンジ』だ」


 もちろん他のケースもある、だがこの村の呪いは間違いなく墓地の怨念の仕業だろう。


「ちょっと待て、俺は納得いかないな、最初は呪躁師の仕業だと言っておきながら今は怨念のせいだと?それに俺も墓地にいたが身体に異変なんて一切起きなかったぞ」


 トレイルは墓地を見つめたまま、もう一度首を振った。


「それは俺も考えていた、たしかにシシーに関してだけはその呪躁師の仕業かもしれない。もしかするとその呪燥師が墓地の呪いを操り、シシーに植え付けた可能性もある。だけど墓地に怨念の集合体である『呪いの巣』があるのは間違いない。アルゴルン、お前がそれを感じなかったのは魔法を会得していないからだ」


 その答えにより疑問を感じたのはアルゴルンではなくむしろシシーの方だった。

 シシーはいきなりトレイルの胸倉をつかむと必要に問いただしてくる。


「今なんて言ったの、あんたが魔法を会得してるですって?あたしはそんなデタラメを信じると思ってるの、四元素エレメンタールすら知らなそうな顔してるくせに」


 なかなかにひどい決めつけだったが、間違いではなかった。


「落ち着けシシー、たしかに俺は四元素エレメンタールや精霊の存在についてはほとんど知らなかった。俺が学んだのは『解呪』って言う魔法の一種についてだけだからな」


 言われてみれば杖の先が光の糸に変わるなど、魔法ではないわけがなかった。今まで解呪と魔法がまったく別の存在だと思っていたシシーはつい目を逸らしてしまう。


「魔法使いか…お前には一番似合わない職業だな」


 アルゴルンは頭の中でトレイルが魔法使いらしい見た目を想像すると、涙が一杯に溜まるまで笑い続けた。


「心外だな、魔法使いが皆、絵本に登場するみたいなとんがり帽子を被りながらマントを羽織ってるとは限らないぞ。それこそシシーみたいな」


 トレイルもそうだが、シシーも魔法使いに見合った服装などではない。着ている服言えば、田舎の村に住んでいる者に相応しく袖や裾に泥が付着し、土色が染み込んでしまった素朴な市民服。

 それに比べ、トレイルの服装はといえば、解呪師になった記念にある解呪長から受け取った衣服で、首都の流行を先取りしているらしく、服の外側は地味だが内側には小物を入れられるポケットが大量にある。解呪長いわく、それが首都の流行だとか。

 服装はともかくとして、右手に握っている杖だけは絵本に出てくる魔法使いが持っている杖と酷似こくじしていた。


「あんなのただの飾りよ、子供のころ村に行商人がやってきて魔法使いの服を売りに出してたけど、幻滅するくらい高いんだから」


 深刻だった会話はいつの間にか『魔法使いの服装』という極めて意味のない方向に向かっていた。トレイルはそれに気づいたのか適当なところで話を切り、本題に戻ろうとする。


「世の中なんてそんなもんさ…て、雑談するためにここまできたわけじゃないんだぞ」


「それじゃあ、なにをするためにここにきたのよ。まさか墓地を『解呪』しにきた。なんて言わないで

しょうね?」


 トレイルは一度頷くと、次は首を横に振ると言う矛盾した行動に出る。シシーは納得のいかない表情で彼を見つめる。


「半分正解で半分外れ。正確には墓地を『浄化』しにきた、だな」


 シシーは瞳をぐるりと一周させたがトレイルの言う、『解呪』と『浄化』の違いを理解出来ずにいた。アルゴルンも瞳こそ回さなかったがあごに手を置いて考えていた。


「一応聞くが…『浄化』がなにかわかるか?」


「そんなのあたしに目を見ればわかるでしょ」


 シシーの目つきはまるで獲物を狙う獰猛な野獣…いや、狼のようだった。なぜそのような目つきで睨んでくるのかトレイルには皆目見当もつかなかったが、アルゴルンには多少であるが理解できた。ただ単純にわからないことが腹立たしかったのであろう。


「えーと…浄化ってのは死んだ人間が怨念を誰かや何かにぶつける前の状態にするべき処置だ。平たく言うと、怨念を生んだ奴に『浄化』、怨念を受けた者に『解呪』だな」


 理解したのはアルゴルンだけだろう。シシーは深い青色をした髪を掻きまわすと声を荒げて言った。


「わかるわけないでしょ!あたしは解呪師じゃないんだから」


 怒号を上げるシシーをなだめようとトレイルは出来る限り簡単な答えを必死に考えた。


「つまりだな…死んだ奴には『浄化』、生きてる奴には『解呪』だ」


 そして浮かんだ答えはそれだった。実際、生きている者でも深い憎しみさえあれば『浄化』をしなければならない自体もあるが、シシーに納得してもらうためには細かな箇所など省く必要があった。


「それなら…なんとかわかるかも」


 案の定、シシーも表情からは狼のような獰猛さは消えていた。


「やっと理解してくれたか、ああ、あと最後に一つだけ。そんなけわしい顔するなって、大したことじゃないよ。あ…いや、大したことでもあるか…」


「早く言った方がいいぞ。スィスィルがいつ襲ってきても不思議じゃないほどにうなってるからな」


 彼女が唸る姿は狼のそれと同じに見えた。噛まれたり、爪でひっかかれたりしてはシャレでは済まない感じ、トレイルは口調を早め、簡潔に説明する。


「解呪は解呪師にしかできないが、浄化は魔法使いにしか、つまりお前にしかできない、シシー」

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