第14話 材料探し
「心の支えとなっている貴様がシシーを救ってくれ。俺ではあの子を傷つけることになる…頼む」
ブルトの頭を下げてまでの懇願すら、トレイルには肩に背負った重荷を無くそうとしているように見えていた。
それでもその懇願を断る理由などなかった。シシーの呪いを目の当たりした時から決意していたからだ。
「…わかってる」
そっけない返事を返してから、トレイルは考えを一旦変えることにした。どんな理由があれ、解呪の儀式には材料が必要になる。この村にその材料が一つでもあればそれだけでも大きな収穫だ。
トレイルは服の内ポケットから丁寧に折り畳まれた紙を取り出し、机の上に置いた。
「これは?」
「呪いを解くために必要な材料をメモしてある紙だ。それがなければ解呪師と言えど、なにもできないからな」
ブルトが折り畳んである紙を開いていくと、二十ほどの物の名前がびっしりと縦に並んでいた。ある名前は縦に並んではおらず、はみ出したような文字で横に書かれている。またある名前は黒く塗つぶされ、字が読めなくなっていた。そう言った名前を除くと、十ほどだが、それでも充分多く見える。
「多いわね…」
ブルトの隣で紙を覗き込んでいたミシェルは独り言のように呟く。
「そこに書かれた材料はシシー以外の人の呪いを解くための材料もメモしてあるからな、たとえばそこにいる奴とか」
トレイルが部屋の隅に目をやるとそこにはアルゴルンがごく自然に立っていた。だがシシーの両親はアルゴルンの存在を今まで忘れていたかのように驚いていた。
「そ…そういえばずっとそこにいたわね、あんまり喋らないから少し忘れかけていたわ」
正確には完全に忘れていた、だ。元々がおまけ程度に入ってきたうえ、眼中にすらなかったのだから忘れられても無理はないかもしれない。
アルゴルンは二人からほぼ同時に驚かれたことが予想以上に悲しかったようで、アピールするかのように自分の呪いについて語り始めた。
「俺の呪い『ボム・チェンジ』は、誰かが俺に近付いたり、俺が誰かに近付いたりすると額のカウントが徐々に減り、ゼロになると爆発する」
やはり若干わかりにくい説明だったが、ミシェルはうまく理解し正常な判断として、自分が座っている椅子ごと部屋の隅にいるアルゴルンから遠ざかる。
「よくわかわんが…バンダナの君も苦労しているようだな」
あまり感情を込めずに言ったブルトの一言に、名前すら呼ばれることのなかったアルゴルンはそれ以上の説明をする気力など失せていた。
「それで、なにか見覚えのある物はないか?」
トレイルが急かすように聞くとミシェルは申し訳なさそうに首を振ったが、ブルトは黙って紙を見続け、やがて名前の一つに指を差した。
「ここに、『ツレツ木の木片』とあるが、『ツレツ木』とはもしかすると『白木』のことではないか?」
ツレツ木とは大陸の西部に数多く生えている木で、樹皮も、実も、葉までもが白いことから一部地域では『白木』と呼ばれている。
「そういう呼ぶ名もあるが…知ってるのか?」
ブルトは記憶の中を奥深くまで探り、幼少期の頃に真っ白い丸太を目にしたことを思い出していた。
「ああ、この村の中心にある丸太が『白木』に違いない。幼いころに一度だけこの目で見たはずだ、あの白い木は俺が幼い時からこの歳になるまで変わらずにあの場所に佇んでいる」
トレイルは必死にこの村の中心部を思い浮かべ、すぐに自分自身もその場所を一度通過したことを思い出した。しかし、その場所に白い木などなかった。あるとすれば真っ黒な色をした、火炙りの時に使用する二本の丸太だけ。
「この村の中心なら一度通ったが、そんな物なんてどこにもなかったはずだ。あったのは…」
ブルトはトレイルの言いたいことを読んだかのように顔を横に振ると、言葉を付け足してきた。
「いや、お前が描いた場所であっているだろう。そこにある真っ黒な丸太こそがツレツ木だ。あの木…いや、あの丸太は初めて村に運ばれてきた時はまだ真っ白に輝いていた、だが、初めて村で火炙りが行われた日の夜、真っ白な丸太に黒い斑点が付いているの村の者が気付いた。その時はまだ、『火炙りのせいで表面が焦げた』程度にしか考えていなかったが、その日を境に斑点は数を増やし、次の日、そのまた次の日には斑点は黒いシミに変わり、少しずつ白木を黒に染めていった。そして一年ほど経った頃には今のような漆黒色に姿を変えてしまった」
事情はどんなものであれ、呪いを解くための材料がこの村にあると言うのはトレイルにとって喜くべきことだった。ブルトの長話しが終わると同時にトレイルは席を立ち、外に通じる扉の方を向いた。
「それじゃ、俺はその『真っ黒な白木』の一部を譲ってもらうとするか」
その言葉に壁に寄りかかっていたアルゴルンは身体を放すと一歩だけ前に進んだ。
シシーの両親はと言うと、いまだに浴室に籠りきったの娘を心配しているのか、慌ててトレイルを引き留める。
「ちょっと待って、シシーは連れて行かないの?私たちなんかといるより、あなたたちと一緒の方があの子にとっても…」
今の言葉はトレイルにとって禁句のような一言だった。
一見、娘の為に自分たちは身を引く。と潔くと言ってるようだが、トレイルからしたらそれは親としての使命を放棄し、今日初めて会った他人にそれを一任しているように聞こえたからだ。
「なにを言っているんだ?なんで親じゃなくて俺がシシーの傍にいるんだよ、本当にシシーのことを考えているのなら全ての真実を打ち明けて、それで守ってみせると誓うのが親ってもんだろうが、他人に責任を投げるなよ」
それだけ言い残すとトレイルは部屋を出ていった。
外に出るとトレイルは迷うことなく『真っ黒な白木』を目指して歩き出した…が、すぐに止まった。遅れて出てきたアルゴルンも同様に止まる。
「なんだあれは…」
「爺さん達が井戸端会議をしてるな」
五人の老人たちは火炙りの際に使う『真っ黒な白木』を囲むように会話をしていた。五人の中にはシシーに話しかけてきた老人や、安楽椅子に腰を掛けていた老人もいるが、その中で一際目を引く老人は、他の四人とは比べ物にならないほど老いていた。
顔のしわは表情を作る機能を失っているのかのように酷くただれており、大きく曲がった腰は本来の身長を半分ほどにまで縮めていた。
「あの手の集まりはそう簡単には終わらないからな…アルゴルン、まずは墓地に行くか」
「墓地?そういえば土葬やら火葬やらシシーと話していたな…あの墓地になにかあるのか?」
「多分だが…なにかある」
それだけ告げるとトレイルは墓地へ向けて歩き出す。アルゴルンも三歩ほど離れ、トレイルの後を追った。
墓地の周りには柵があった。村の子供が勝手に入るのを防ぐのが役割だろう。しかしトレイルがそんな墓地を囲む柵を飛び越える頃には考えを改めていた。柵は中のものを外に出さないようにするのが本来の役割なのではないか、と。
トレイルがそんな考えに至ったのも墓地に足を踏み入れた瞬間、冷汗が止まらないほどの気味の悪い気分に襲われたからだ。柵はそんな気味の悪い『何か』を抑え込んでいるかのようだった。
「トレイル、ここになにかあるのか?俺には薄気味の悪いだけの墓地にしか見えないが」
アルゴルンは気味の悪い『何か』をあまり感じてはいなかった。墓地に良いイメージを感じることは少ない。アルゴルンのような反応は一般的だ。それに引き換え、トレイルは冷汗が流れる続けるほど敏感に『何か』を感じ取っていた。
「いや、この墓地は最悪だ。一体この墓に眠ってるのはどんな奴なんだ…」
そこまで口にすると、どこからかトレイルを呼ぶ声が聞こえた。
「…イル…トレ…ル…どこ…?」
「シシー?」
その声はシシーの声とよく似ていた。辺りを見回すと、『真っ黒な白木』の方角からシシーがこちらに来ていた。
シシーは柵を軽々と飛び越すとトレイルの目の前で止まり、乱れた呼吸を整えようともせずに口を開く。
「ちょ…ちょっと、なんで…ツレツ木の前にいないのよ…危うくあそこにいた村長に呪われてるのが…気付かれるとこだったじゃない…」
「ああ、わるい」
トレイルは軽く頭を下げると、シシーがいま発した言葉の不可解な点を指摘しだす。
「ところで…なんでお前はツレツ木の方から来たんだ?」
「え…?だってあんたがツレツ木の木片が解呪の材料だって…」
そこまで聞くと、アルゴルンもシシーの持っている情報の不可解な点に気づいた。
「そう、俺自身の口で言ったからな、お前が『浴室』に行っている間に」
「あ…」
シシーは後ろ髪を掻きながら愛想笑いを浮かべていたが、トレイルはいつになく真剣な表情でシシーを睨んでいた。
「それに、俺たちはこの墓地にきてから五分も経ってないってのにお前はすぐにここに駆けつけてきた。それはつまり、お前は俺たちとお前の親御さんとの会話を盗み聞きしていて、浴室から出るタイミングを計ってことにならないか?」
シシーは愛想笑いを止め、丁寧に頭を下げると謝罪の言葉としてもっとも相応しい一言を口にする。
「ごめんなさい…」




