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第13話 追放の理由

 家の中も粗朴極まりない内装だった。玄関にはなんの装飾も施されておらず、リビングと呼ぶべき部屋にも客人を迎えることがなんとかできる幅の机と、四つの椅子が並べられているだけ。

 唯一、必要ではない装飾があるとすれば、それは壁に掛かった額縁だ。額縁には年老いた老人の肖像画が描かれていた。


「さあ、お座りください」


 トレイルは誘導されるままに机にそって並べられている椅子の一つに座り、アルゴルンは部屋の隅に寄り掛かる。シシーは座るべきではないと考えているのか、机の目の前という中途半端な位置に立っていた。

 トレイルはそんなシシーを怪訝けげんそうに見つめると、手招きし、隣の椅子に座らせた。


「失礼ですが、解呪師様はなぜこのような小さな村に?」


「近くを通ったから、寄っただけだ…」


 シシーを完全に無視している男に対して、こちらも親しみの欠片も感じさせない返事を繰り返していると、奥の部屋から男と年齢が近い四十代ほどの婦人が両手で器用に五つの木製コップを持ちながら現れた。


「お飲みください、喉が渇いているでしょう?」


 婦人はまず、トレイルの前に水の入った木製コップを差し出し、次のシシーに木製コップを渡す時、婦人は男の死角を向き、微笑みを浮かべた。

 そしてアルゴルンのところにも木製コップを渡しに行こうとするが、アルゴルンから片手を突き出し、「大丈夫です」と遠慮がちに言われたので肩を落としながら椅子に座った。

 残りの二つ…正確にはアルゴルンが拒否したので三つだが、拒否しなかった場合の残り二つは夫妻に見える二人が座った椅子の前に置かれた。

 トレイルは遠慮などせず、木製コップを中に注がれた水を半分ほど一気に飲む。


「シシー、二日も家を出て、身体が汚れたでしょう?浴槽に浸かってきたらどう?」


 突然の提案に、男への恐怖で一杯になっていたシシーはどうしたらいいかわからなくなったが、部屋の中に充満する耐え難い雰囲気に耐え切れず、浴室に逃げるように足を進めた。


「さてと、なぜお前たちがシシーと共にいるのかを聞かせてもらおうか?」


 男はシシーがいなくなるにのを確認するとまたも態度を一変させ、頑固そうな口調で聞いてくる。トレイルはそんな男に気圧されることなく言い返す。


「それよりもまず、あんたがシシーを村から追い出した理由を聞かせてほしいね」


 トレイルと男が睨みあう。二人の間に火花が散りそうになったころ、婦人とアルゴルンがその間を割るように声を上げる。


「止めろ」


「落ち着いてください」


 互いに睨むことは止めようとはしなかったが、どちらかが跳びかかり、乱闘になる危険性はひとまずなくなった。


「まずは私たちシシーを村から追い出した経緯から話しましょう、そうすれば互いに誤解も少しは薄まるはずです」


「トレイル、向こうもああ言っているんだ、ひとまず睨むのは止めろ」


 アルゴルンの一言でやっと男から視線を逸らしたトレイルは腕を組み、話を聞く姿勢をとる。それを確認した婦人は落ち着いた口調で語りだす。


「すでにお気づきかと思いますが私はシシーの母、ミシェル・カルセンと申します。そしてこちらの頑固な姿勢を崩さない人が、私の夫、ブルト・カルセン」


 シシーの父親であるはずのブルトはなにも言わずに、いまだにトレイルを睨んでいた。


「解呪師のトレイルだ…」


「一応、トレイルに雇われていることになっている、傭兵のアルゴルン・セドルだ」


 簡単な挨拶を終えるとミシェルは微笑みながら二人に頭を下げる。


「トレイルさん、セドルさん、シシーがお世話になっています。あの子は夫に似て、意地っ張りなところがありますのでお二人にご迷惑をお掛けしていなければいいのですが…」


 ミシェルの口ぶりからして、彼女は背中から毛が生えているからと言うだけの理由で我が子を追放するような非道な心の持ち主ではないことをトレイルは理解した。

 だが、現にブルトの方は帰ってきたシシーを見るなり罵詈荘厳ばりそうごんを言い放っていた。 それならば、ブルトのみが悪者なのだろう。しかしブルトは自ら追放したシシーの動向をトレイルに聞いた、これはブルトが少なからずシシーに対して心配しているからであるはずだ。

 トレイルの考えではブルトを悪者と前提しているため、小さな矛盾が生まれてしまう。トレイルはそんな矛盾をどうにか丸く収めるため、ありもしない仮定を作ろうとしていた。


「最初に言わなければならないことがあります。それは私もブルトも、シシーを嫌ってなどいないということです」


 そんな戯言ざれごとに等しい告白、トレイルには信じることなどできなかった。ミシェルだけならいくらでも納得できたが、『悪者』としかトレイルの目には映らなかったブルトだけは疑い続けた。


「トレイル、いい加減その疑いの眼差しは止めろ。少し考えればわかることだろ」


「なにを考えるんだよ?この男はシシーを村から追い出したんだろう?少しでも娘の身を案じていたのなら傍にいて守るはずだ。違うか?」


 アルゴルンはイラついていた。普通に考えれば、ブルトを善人として考えればわかることをトレイルが気づけていないことに。


「違う!そのまま村にいたらどうなるか、昨日シシーの口から聞いただろ!」


 怒声は部屋の隅々まで…最悪シシーがいる浴室にまで届くほどうるさかった。トレイルはそんな怒声を受け止め、やっとアルゴルンが伝えたかったことを理解した。


「そうか…村にいればシシーは火炙りにされる…」


「そうだ。大方あのシシーに対する差別的な態度も、解呪師とか言う高貴な職業のお前を見た時の豹変具合も、全てはシシーに嫌悪感を与えてさっさと村から出ていくように仕向けたのだろう。もっとも、結果は的外れな男が一人引っ掛かっただけのようだが」


 ブルトに頭を下げるトレイルの顔には申し訳ないと書かれていた。ブルトはそれを無視し、愚痴をこぼしてくる。


「せっかく、貴様らにもわかるような説明を考えていたのだが、アルゴルンとか言う若僧に全て持っていかれてしまったな。さて、なにを説明すればいいのだろうか?」


 露骨すぎる愚痴のこぼし方にミシェルは口元を歪ませて笑うと、口を尖らせている夫に代わり、愉快そうに説明をする。


「ごめんなさいね、夫の意地っ張りは折り紙付きなの。それで、シシーを追い出した経緯だったわね」


 ミシェルは勿体ぶるように木製のコップを掴み、一口飲んでから話を始める。


「もう言う必要もないことかもしれないけれど、あなた達の考えた通り、我が子を火炙りにしたくなかったから、村から追い出したの」


 全てはアルゴルンの推測通りだった。やはりこの夫婦も我が子の身を案じながらも、なにもできずに愛しいわが子を追い出すしか方法を見つけられなかった。


「私達の経緯はこれで充分ね。次はあなた達がどうしてシシーと一緒にいるのか聞いてもいいかしら?親として…」


 最後の一言に並々ならぬ感情を感じながらも、トレイルは堂々とした態度で口を開く。


「近くの街でシシーと出会って、呪いを解くための材料を探す旅を共にしているんだ」


 多少省略した部分もあったが、基本的には間違いのない答えだった。

 あまり壮絶な理由ではなかったが、そんなことなど気にも留めていないブルトは突如として無礼な質問を投げかけてきた。


「なんだその『呪い』とは?」


 トレイルはブルトが皮肉で言ったのだと思い、無視していたが、ミシェルも同じような質問をしてくるのでトレイルは不思議そうに顔を傾けると、簡潔に答える。


「呪いは、この村で火炙りにあってきた人たちのことだよ」


 その説明に夫婦から余裕が消え、ミシェルは大きく身を乗り出しトレイルに顔を近づけると予想だにしなかった一言を発する。


「どういうこと?シシーの背中の毛は病気のせいなのでは?」


 その言葉にトレイルはいよいよ混乱しだす。たしかにシシーの説明では村の医者が『病』と断言したと言っていたが、そんな戯言ざれごとをこの村の住民は真に受けていたとは…


「なにを言ってるんだ?明らかに呪いだろ。まさか解呪師を知っているのに呪いを知らないのか?」


 その問いには以外なことにブルト自らが口を開いた。


「我々の村では『呪い』と言う言葉自体が存在せん、存在するのは村長が世迷い言のように繰り返す奇怪な『病』だけだ。解呪師など、五十年前のモンスター・パニックで多少なりの活躍を残したと聞いただけだ」


 トレイルはこの村の無知さに呆れながらも、シシーがどこで呪いの存在を知ったのかが気になっていた。シシーと最初に出会った時も詳しくはなかったが、呪いと言う言葉自体はすでに知っていた。それに解呪師についても、ブルトよりは遙かに優る知識をシシーは持っている。


「それだけ?解呪師が呪いを解くことができると言う事は?」


「し…知らんかった」


 ブルトは動揺し、額に汗がにじませていた。その動揺は決して嘘を付いた時のものではなく、初めて知った不可能とも言える希望がこんなにも近くにあったことに理解が追いついていなかったからだ。


「解呪師であるトレイルさんでなら、シシーの病気を…治せる?」


「もちろん、そのために解呪師が存在しているのだからな」


 その言葉を聞いたミシェルは脱力しながら椅子に身を預けると胸を撫で下ろしながら涙をこぼす。


「ありがとう…シシーを助けてくれて本当にありがとう」


 解呪までの道のりがまだまだ険しいものだと伝えていなかったトレイルは、涙を流しながら何度も頭を下げてくるシシーの母親に申し訳なさそうに告げる。


「いや…解呪するにはいくつか材料が必要で…つまり、まだ俺はシシーを助けてはいないんだが…」


 その問いに対して、頑固そうな表情を一切崩していないブルトが首を振って答えた。


「そうではない、ミシェルが感謝しているのはシシーの心を救ったことだ。シシーは強気な性格でこそあるが、心の奥底では背中から生えた異形なものに怯えている、誰かがあの子の心を支えていなければいつ崩れてもおかしくはないだろう」


 部屋の隅で傍観していたアルゴルンは静かに頷いていた。昨晩、シシーの心の悲鳴を直に聞いたからこそ、彼はブルトの言葉に共感できた。

 だが、トレイルはそうは思っていなかった。ブルトとの相性が悪かったせいかもしれないが、シシーのことを深く心配しているのであれば手の届く距離に常におり、彼女を守ってあげることが一番であると、そう考えていた。それなのにこの親子は娘の逃げ道だけを作り、それで全てが解決したのように振舞っている。そんな風に思えたからだ。


傍にいてあげられないことがどれ程悲しいことかも知らずに…

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