第25話 名前を叫ばれた者同盟
「どうだろうな…俺たちにこの小屋を見張るように言ったのはある爺さんだからな、もしかしたらその爺さんの考えじゃ…」
ギルバンが呟くように言うと、ベッツがそれに一言加える。
「そのジジィってあれか?脱走した二人組に杖を持っていったジジィのことか?」
なぜか自分の見たことに疑問を付けるベッツ。シシーは今の言葉に非常なほど気掛かりな点を見つけ、縛られたままベッツと距離を詰める。
「脱走って、トレイルとアルゴルンのこと!?」
急な接近にベッツは恐怖を感じ後ずさりをしたが、すぐに背が小屋の壁にぶつかってしまい、慌てて答えた。
「あ…ああ、光の花を咲かせて脱出したとか…」
「光の花?」
単純な結果のみを述べてしまい、シシーは首を傾げながら聞き返してしまう。だが、すぐに今はそれについて問いただす時にではないと理解した。
「ううん、それよりもやっぱりあの糸はトレイルのだったんだ…」
呟いているつもりだったのだが、予想以上に声が大きかったのか二人の青年の耳にはバッチリ届いていた。
「シシー、お前いま『糸』って口にしたよな…?」
「あ…!き…聞き間違いじゃないの…?」
苦し紛れのいいわけにしか聞こえないが、ここでバレるわけにはいかなかった。
トレイルたちが救出してくれる可能性が減るからではなく、単純に迷惑をかけたくなかったからだ。小さな村の私的な理由で捕らえられているのに、それでも親身になって助けようとする彼らの役に、少しでも立ちたかったから。
「隠すなよ、俺もスー君も村長なんかにチクったりはしないって、なあスー君?」
「もちろん。そのかわりクー君のアホが口走ったことを黙っててくれ」
見当もつかないような顔をしているベッツをよそに、シシーとギルバンは互いに頷き、盟約を結んだ。
「あの時、あたしが握っていたのは脱走した二人の内の一人が使える魔法の糸よ。恐らく糸はその人が自由に操ることができて、それを使ってあたしの元まで来てくれたんだと思う」
ベッツは糸がなにかを必死の理解しようとしたが、魔法とは常識を簡単に超えた存在であり、それを理解するには長い年月を必要とする。ゆえにベッツは自分がしている行為が愚かであると気付き、止めた。
「今も小屋の裏にいるのか?その二人は…」
万が一にも他の誰かに聞かれては困るので、できる限り小さく、それでもはっきりとした声でギルバンは囁く。
「どうかしら…糸が消えてからはなんの返答もないの。たぶんどこかで救出の気を窺っているのだと思うけど…」
シシーも声を下げながら答えるが、確信を持っている口調には見えなかった。
「それじゃあ、俺が確認してくるよ。外の様子を見に来たとでも言えば、怪しまれないだろ」
頼んでもいないことをベッツは一切の迷いを見せずに承諾し、声を掛ける間もなく小屋から出て行った。
「…」
掛ける言葉が見つからずに口元をパクパクと開ていると、ギルバンが申し訳なさそうに言ってきた。
「考えるよりも直感で生きている奴なんだ、許してやってくれ」
「大丈夫…それよりもミシアとカルンは帰ってきてるの?」
ミシアとカルン。この二人はシシーとジャズにとっての親友とも言える存在。昔はいつもシシー、ジャズ、ミシア、カルン、この四人でいることがほとんどであるほど、仲の良いグループだったのだが、ジャズがいなくなってからはあまり姿を見なくなっていた…と言うよりもまるで身を隠しているかのように忽然と姿を見せなくなった。
ちなみに、ミシアは短髪でシシーと同い年の女であるが、カルンは四人の中で一番背が低く、年齢も三つほど下の少年である。
「誰だ?」
シシーが見張りの青年たちとあまり面識がなかったように、ギルバンやベッツも姿を見せなくなった二人の男女のことは全く知らないでいた。
「古い友達…知らないのならいいんだけど…」
シシーが村を出る前、両親だけではなくミシアとカルンにも呪いのことを伝えようとしたのだが、見つけることは出来なかった。そのためこんな状況でも二人の安否を確認しようとしたのだが、無駄だったようだ。
「他人を心配する暇があったら少しは自分の心配をしたらどうだ?」
呆れた様子で聞いてくるギルバンに対し、シシーは頬を緩ませながら答えた。
「脱走した二人組から助けるって返事があったから、あたしはそれを信じるだけよ」
ギルバンは嬉しそうに小さな微笑みを浮かべたが、やがて表情を戻し、再度聞いた。
「待つだけでいいのか?」
「え…?」
「いずれ死が確定してしまう状況の中で信じて待つと言うことは誰にでもできることじゃない。だがそれで助かったとしても結果的になにもしていないことと同じじゃないのか?そいつらが本当に信頼できる人間であるのならば尚のこと、双方ともに行動を取るべきだ。違うか?」
まるで悪いことをしてしまい説教を受けているような気分になっていたシシーは唖然としたが、やがて緩ませていた頬を引き締め直した。
「あんたに言われる筋合いなんてないけど、あんたの言う通りみたいね」
目を閉じ、彫刻のように唇以外その動きが止まると、縄で縛られていた両腕から微かに黒色をした炎が灯り、縄を焼き始めた。
「ありがとうギルバン。あんたのおかげで目が覚めたわ」
手首にできた縄の跡や火傷の跡など気にせずに立ち上がり、扉へ向かおうとするシシー。ギルバンは唐突に現れた炎を無視し、シシーの肩を掴んだ。
「待て、今外に出れば一発で外の見張りに見つかるぞ」
「う…大丈夫よ、そんなやつあたしの魔法で…」
シシーの好戦的な発言にもギルバンは冷静に答える。
「落ち着け、そんなことしなくても俺が行って見張りを追っ払ってやるよ」
自然なほどに協力を持ちかけてくるギルバンに遠慮気味に答えてしまうシシー。
「そんなことしたらあんた…」
「俺たちは『名前を叫ばれた者同盟』だろ?遠慮しないでくれよ。俺も…俺たちもなにかの役に立ちたいんだ」
そんな同盟、結成した覚えはなかったが、ギルバンの瞳は真剣そのものであったし、無理やり押し進むのは愚策であることをシシーもわかっていた。
捕られていた位置まで戻り、両手を縛られていた時の挌好を演じると、見事に『捕らえられたシシー』の絵が完成した。
「よし。それじゃあ行くか。クー君のことは俺に任せて、お前は合図を待ってろよ」
ギルバンが手にしたスキに爪が当て、素早く腕を引くと耳をつんざくほどの鋭い金属音が小屋の外まで鳴り響いた。
これが合図なのだろう。
ギルバンは振り返らずに片手をひらひらと上げると、そのまま扉の取っ手を掴…み損ねた。
扉はギルバンが触れる寸前で勢いよく開かれ、結果、格好つけ損ねたかわいそうな青年の顔面は、扉の熱い抱擁を受けることとなった。
「大変だ!村が…」
扉を開けたのはベッツだった。小屋の裏側を見に行っただけとは思えないほどの大量の汗を掻きながらなにかを告げようとする。
だがすぐ後ろから新たな声が聞こえ、最後まで喋ることはなかった。
「スィスィル、お前を火炙りとする。一緒に来てもらおうか」
声の主は紛れもなく村長、ジャビン・モランドその人だった。
ジャビンが一言告げるだけで反論する暇もできないほどの速さで後方から体型の良い男が姿を現せた。
男はシシーの二の腕を掴むと、縄で結ばれていないことになんの疑問を抱かず、強引にシシーを引っぱり出す。
反射的にギルバンが腕を伸ばし、男の服を掴もうとしたが強烈な平手打ちを喰らい、それは失敗に終わった。
そしてシシーは松明が辺りを覆っている丸太へと連れて行かれた。シシーが連れ去られるまで、呆然と見つめていたベッツが呟く。
「なんでだよ…火炙りは朝のはずじゃ…?」
だが、その問いに答える者はいなかった。




