第9話 二日目の朝、突きつけられる希望と絶望
それは、突然だった。
バラバラバラと、爆音がどこからともなく聞こえてきたからだ。
朝食を済ませ、これからの行動を決めるところで、全員が辺りを見渡した。
「あ、上!」
サイキが空を指差して、全員が見上げた。 そこに現れた物体に、スライは驚きのまま嬉しそうに声をあげる。
「救助ヘリかな!?」
《皆さーん! お待たせしました! 戻りましょう!》
上空。ヘリの扉が開き、聞き慣れた教員の声が響いた。
周りで歓喜の声が上がるのと対象的に、なぜかソロウは一抹の不安が芽生えていた。
――なぁ、ちょっと待て?
ゲームクリアを演出する理由はなんだ。外からログアウト処理すれば、済む話ではないのか。
わざわざ教員が直接アクセスするということは、まだ安全とは言えないのではないか、と。
「……そもそも、ゲームクリアの条件は、本当に救助なのか……?」
ヘリを凝視したまま、よぎった考えに焦りが拭えず、冷や汗が頬を伝う。
ソロウの呟きは、ヘリの音にかき消されて誰の耳にも届かない。周りの熱気にとは対照的に寒気すら感じていた。
《原始的で、すみません。本来の授業では、遭難時における適切な行動力を養うためで、クリア条件は救助まで生き残ることなんです!》
教員が説明をしつつ、ヘリから縄ばしごを下ろしている。
それに手を伸ばして掴んだのは、近くにいたクレヴァーだ。持ったはいいが、どうすれば良いか、行動に迷いが見えた。
《ログアウト機能はまだ使えませんが、ゲームクリアしてしまえば、ログアウト出来るものと思われます!
皆さん、ヘリに乗ってください!》
子どもたちのログアウトが出来ないのに、教員が新たにログインが出来る。さらにはヘリを出せる状況が、どう考えても不自然だった。
「……おい、ちょっと待て」
はしごに明らかな安堵を浮かべ集まる面々に、ソロウは声をかけた。嫌な予感がひしひしと感じられ、動悸が激しさを増した。
――VRは、乗っ取られたままじゃないか!
教員の危機管理も、子どもたちの楽観視も全部がおかしいのに、なぜ、それが分からないのか。
危険と無縁な時代に生きた――弊害とでも言える異様な光景だった。
「先生! 俺らは良いから、今すぐログアウトするんだ! もしくは、ヘリから飛び降りろ!」
「ソロウ! お前、なに言ってんだよ。そんなことしたら、ボクたちが助からないだろ!」
「ちょっと、ずっと考えすぎて頭イカれたの!?」
声を張り上げたソロウに、シュルードとスライが食って掛かる。クレヴァーがはしごを掴んだまま、どうしようかと上へ下へと視線を彷徨わせていた。
「違う! これが本当にデスゲームなら、こんな生ぬるい終わりを、許容するはずがないだろ!」
掴みかかってきたシュルードを押し倒し、はしごを持つクレヴァーの手を外させ、後ろへ突き飛ばす。
ソロウは、全員に聞こえるよう声を張り上げていた。
――俺なら、そうする!
システムをハックして掌握するなら、幾つもやり方がある。VRの向こう側で、誰が、どんな手を使ったかは分からない。
けれど、長時間の完全な乗っ取りをやってみせ、ログアウトを封じるような奴だ。
そんな真にイカれた奴が、安直な結末を容認するとはどうしても思えない。
「乗るな。どう見ても、ブラフなんだよ!」
持っていたナイフを取り出して、はしごに近づかないよう、苦悶の顔でソロウは牽制をかけた。
周りから猜疑心を向けられるその中で、一人だけこの状況下で笑っている奴がいる。そして、さらに一人静かに見てくる奴も、だ。
裏切られたような、得体の知れない不安がずしりと心を重くする。
「サイキ……、エア?」
ソロウは、彼女らの異質な反応に訳が分からなくなった。なぜ、そんな目の奥が冷たく口許には笑みを浮かべられる。なぜこの状況下で、冷静に全体を見ていられる。
情報が何一つとして足りない。知らないことばかりが、無力な自分を突きつけてくる。
【――つまらない。今回の参加者に、切れ者がいるようだね。まさか、誰もはしごを登らないなんて期待外れだ】
あの、無機質な電子音声が辺りに響いた。
《っ、きゃあ!》
同時に、爆発音と教員の悲鳴が重なった。
「きゃー!!」
「――っ!?」
「ああ、ヘリが!」
ヘリのプロペラ部分と頭部が、爆発を起こして燃える。地上では、口々に驚きと悲鳴が上がる。
中に居た教員は、ヘリにしがみついていたが、衝撃で宙へと投げ出された。その恐怖に顔を歪ませた教員と――目が合った。
「――見るな!」
ソロウは、とっさに全員へと叫んだ。次に、起こるであろうことを理解して、ナイフを持つ手に力が入る――もう、間に合わない。
「え……?」
「……あっ、へ?」
ゴッ、パアァァン。
軽く爆ぜる音ともに教員が落下し、目の前の地面へと叩きつけられた。突然の出来事に、呆然とする声が聞こえた。
どろりとした赤い血が、周囲の地面を染め上げていく。そこへぶわっと風が吹き、鈍く錆びた匂いが虚しく辺りに漂った。
「うっ」
「……」
全身を強く打った死体を前に、じわじわと現実味を理解し始め、嘔吐する者、力無くくず折れる者と反応は様々だった。
彼らの絶望に追い撃ちをかけるよう、轟音が響く中、ヘリが離れた場所へと墜落した。
――くそ!
通常のVRなら重傷が確定した時点で強制ログアウトされ、存在ごと消える。死体など残るはずがなかった。
だからこそ、目の前の事態は普通ではないと再確認させられた。
「おい、イカれ野郎! これで満足か!?」
【なに、ただの見せしめだろう。気づいていたくせに、助けなかった】
無機質な電子音声は、からかうような軽い台詞で、ソロウの怒りを逆撫でした。




