第8話 二人なら……
「食べるのは一袋な。残りは明日だ」
機能性表示食品の箱を開ければ、袋が二つ入っている。その中身は、長方形の分厚い固形物だ。
箱は全部で三つあり、三食分と思われた。
日が落ちて完全な暗闇になる前にと、焚き火を囲んでの夕食だ。
――喉も乾くし、空腹も感じる。
VR装置と五感を接続して、再現性が高いとはいえ度を越している。
ソロウたちが生まれ育った時代を模していたなら、確実に現実とVRの区別がつかなくなっているクオリティだ。
「飲み水、無くなっちゃうねー」
「無くなったら、私の分けてあげるよ」
スライが食べながら、ボトルを見て口にする。それにサイキが笑って提案する。
彼女にも配布がされていた。幽霊らしい設定は生きてるのか、飲食は不要のままらしい。
特に制限をかけていなかった飲料水は、早い者はすでに底をつきて、サイキから少し分けてもらっていた。
ソロウは、最低限の摂取に留めてまだ残っている。飲食を抜いた場合、健康被害が出るかどうかを試していたのだ。
「こんなパサパサするもの、食べてられるか」
それでも乾きがなんとかなるのは、果物を見つけたからだろう。何人かは採取時に、おやつとして摘まんで食べていた。
シュルードは配布された食料に難癖をつけ、果物を齧っている。
――甘味があったのは良かったとして。明日、救助が来ない場合は……。
甘いものは、ストレス軽減に良い。
今後の方針として、無人島の探索と拠点の拡充か。そう、ソロウは思案する。
アナウンスを聞いた時から、サイキのいかだ案は現実的ではなかった。ここはVRの設定の中で、そもそも無人島以外の大陸や島がない場合もあるからだ。
そんな徒労に終わるかもしれない脱出より、ログアウト可能になるまで粘った方が生存の可能性は高いと考えていた。
「今日はもう休んで、明日以降は水源を探すグループと、今日に続き周辺を探索するグループに分かれよう」
ソロウの方針に皆、異論はないようで特に声は上がらなかった。この状況だけなら、授業中と変わりなかった。
それに現実の身体ではないから、全員、雑魚寝や野宿にも抵抗がない。
味気ない夕食後、ウインドブレーカーを布団にナップザックを枕にして、それぞれが寝転がった。
――家庭用VR装置なら時間経過もリアルタイム、寝ればログインが外れてるんだがなぁ。
全身を繋いでいると、健康管理まで補えてしまう。
さらには装置の性能も上がり、脳処理のフォローも入るため、普段は制限がかかっているがVR内の時間加速も可能だった。
「……浦島太郎にはなりたくねぇな」
外の状況が全く分からない。AIが全てを管理するこのご時世に、義務教育中のハッキングなどあり得るのか。
判断材料が圧倒的に足りない中、それでもソロウは考えることを止められなかった。今、仕切れる人間は一人しかいないから。
「それ、昔話の?」
「――っ!?」
ガバッとソロウが起き上がると、森の中からエアが音もなく出てきた。
「……エア、脅かすなよ」
ずっと、獣と遭遇していなかったから、警戒心は皆無だった。
エアとの再会は、ソロウに安堵を抱かせた。ただそれ以上に心臓に悪く、まだバクバクと鼓動がうるさかった。
――普通に出てこい。心臓に悪い。
空になるまで息を吐いて、ソロウは口許が緩むのを自覚した。
「あ、エアだー。おひさ」
まだ寝ていなかった面々が、エアを歓迎している。
エアは微笑んでそれに応え、点呼でも取るように、一人一人の顔を見ていた。
「ああ、皆、無事に集まれてたのね。私が最後だったんだ」
「そうだよ。なんで、こんなに遅いんだよ」
気を背もたれに腰を下ろしたエアに、ソロウは不満げに溢した。
もっと早く来てくれていたら、心労が減っていたはずだ。
「わざとじゃないよ、スタートが島の端で遠かったからね。探索をしながら、向かってただけ。
水源も見つけてあるから、許してよ。ソロウ」
「……それはありがたいが、そうじゃなくてだな」
水源は、サバイバルの必須項目だ。距離が遠かったなら無事に辿り着けたことを喜ぶべきで、責めるのはお門違い。
そうは思っても、ソロウは複雑な心境に駆られていた。
「は、それは本当の話か? 自分だけ楽しようとしたんじゃないのか」
「シュルード!」
事あるごとに文句を言うシュルードに、いつもの事だと流せなくてソロウが制止の声を上げた。場の空気が凍りつき、他の面々も息を飲む気配が伝わってくる。
「君の言い分も分かるけど。水が綺麗なところにしか住めない魚が泳いでいたし、私自身、試しに飲んだけど……、どう? 元気そうでしょ。
本当かどうかは、明日連れていってあげるよ?」
エアは全く気にする様子が見られず、シュルードへ軽く提案をしていた。彼はそれに対して面白くなさげに返すと、背を向けてふて寝を始める。
「ふん、僻地になんて誰が歩いていくか。エアが汲んでくればいい」
「あら残念」
エアの一言に一瞬、なぜだが寒気を覚えてソロウは疑問を抱いた。
彼女ももしかして、ソロウと同じで気負っているのだろうか、と。
――どうでも良いって、ニュアンスに聞こえたぞ。
チラリとエアを視界に入れると、冷えた目をしていた。
ソロウの視線に気づくと、エアはふわりと笑う。
「もう寝るんでしょ? 火の番してあげるから、休んだら?」
「エアの方が歩き通しだろ、休めよ。俺は、一徹くらい問題ない」
ソロウの心配をよそに、女の子であるエアが見張りをかって出た。それに、ソロウはムッとして返す。
実際、身体を休めるのに横にはなったが、ソロウに寝る気はなかった。知識を貪り、夢中になって夜が明けるなどザラだ。
「奇遇ね、私も一徹なら余裕よ」
よく分からないところで、エアが張り合いを見せてきた。彼女の考えが分からない。
パチパチと、焚き火の爆ぜる音が静かに響く。周囲からも寝息が聞こえ始める中、ソロウは起き上がって、エアの隣に腰を下ろした。
お互いを寝かせることは諦め、とつとつと状況を報告し合っていくうちに、夜が更けていった。




