第10話 もう一人のリーダーが見せる手腕
異様な雰囲気の中、エアがスタスタと歩き教員だったものに近寄った。皆に背を向ける形となり、その表情は分からない。
泣き崩れることも、えずくこともなく、ただ黙ってウインドブレーカーを取り出すと、教員の上半身を覆うように被せる。
「……」
エアは静かに手を合わせ、黙祷を捧げていた。ソロウはそれを、ただ呆然と見ていた。
誰も、エアの行動に口を挟む者は居なかった。あの電子音声にしてもそうだ。
――なんで、そんなに平然としてるんだよ。
エアの正しすぎる行動に毒気を抜かれ、ソロウは冷静さを取り戻す。
皆の方へと向きなおったエアは、空を見上げた。
「……《《ゲームマスター》》とでも呼ぼうか。君、ゲームと称するならば公平であるべきだよね。
クリア条件と禁則事項を示さなければ、これから先に、望む結果は得られないけど?」
声を張り上げるわけでもなく、淡々とエアが話し始めた。
「飛行機事故で大人は死んだ。ここにいるのは子どもだけ。設定上、大人はゲームの参加資格が無いから即退場ってところでしょ?
ゲームペナルティは死であり、この教員はそのための見せしめかな」
エアは言葉を詰まらせることなく、持論を交えて話している。
答え合わせをするように、エアはソロウに目配せをした。彼は静かに頷いて応える。同じ考えだったからだ。
「そして開始以降、ソロウが中心となっていたから、子どもたちの中では不和が起きなかった。
これはそのために、死の現実を突きつけることが目的だった。
わざと外部からの介入と、救助の隙を与えたのはそれが理由、違う?」
それまで落ち着いた様子のエアが、語尾に僅かな怒気を宿していた。見上げた瞳が、剣呑に細められる。
――何も思ってないわけじゃない、か。
エアの拳は、白くなるほどにキツく握られていた。
ソロウは、冷静であろうとする彼女の姿にようやく気づいた。
【教員の死によりチュートリアルは、確かに終わった。それとも、まだ理解が必要かな?
ゲームクリアの条件は、今から七十二時間の生存だ。
外からの介入には厳罰を。VR内の君たちは、何をしても構わない。シンプルで良いだろう?】
「愉快犯が! そんなことをして、一体何の利がお前にある」
電子音声のために、そこに言葉以上の何かを探ることが出来なかった。労力と見合わない、ソロウは不快感を隠さず吐き捨てる。
周りの子どもは、目の前の出来事でいっぱいいっぱいだ。エアにばかり、矢面に立たせるわけにはいかなかった。
【そこの少女が言っただろう。クリア条件は提示した。その後に、私は望むものを手に入れるだけだ。では健闘を祈るよ、頑張りたまえ】
ブツリと、音声が断絶する音が聞こえた。静寂の中、辺りにはすすり泣く声と風の音がする。
「……ソロウ、教員を運ぶのを手伝ってくれないかな。ここは目につくから」
「ああ」
エアと教員の側に駆け寄れば、視界に映るその生々しさに、ソロウはぐっと息を詰まらせた。
運び出す前、せめてと手を合わせ黙祷をした。
――現実世界で、本当にもう生きていないのか?
これは脅すためのグラフィックではないのか、どこかでそう、まだ思っていたかった。
人が死んだと言うことを、受け入れられずにいた。
落ちると予測し分かっていても、落下地点が読めなかった。助けられると思わなかったから、ソロウは何もしなかった。
――すまない。
ただ、見ているだけしか出来なかった。そのことにズキンと痛みを覚え、罪悪感で胸がいっぱいになった。
ゲームマスターが言うように、ソロウは見殺しにしたのだ。
「大丈夫? 運べる?」
黙祷が長いソロウヘと、エアは視線を向けずに気遣った。
エアは慣れた手つきで躊躇いなく死体に触れ、ウインドブレーカーを巻いていく。損壊の激しい上半身を持ち運びやすくするためだろう。
「そこの茂みで良いだろ。お前はなんで、そんな……平気なんだよ」
ソロウは震える手で、そのまだ生温かい足を持つ。ずしりと重くのし掛かり、ひどく不安定だった。鼻を突く臭いに、込み上げた物を必死に呑み込む。
一度で運びきるために力を入れるべく、ソロウは気を紛らわせようと声をかけた。
「理不尽には慣れているから」
「……最悪だな」
全く動じていないエアの様子に、ソロウは弱音を吐きたくなくて、つい悪態を返していた。
女子であるエアの持つ反対側、危なっかしさがなく、逆に頼もしいほどだった。
彼女の先導のお陰でなんとか、森には入ってすぐの茂みの中へ安置することが出来た。
震える手に、ギュッと力を入れることでソロウは正気を保つ。
「七十二時間、どっちの時間で、だろうな?」
「七十二時間経てば、どっちかなんてすぐに分かる。遺体は焼却するべきかな」
完全に主導権を握っている相手。普段制限されている時間加速を使う可能性を、視野に入れてエアに確認する。
現実での時間か、時間加速を使ったVR内での時間か、悩むソロウとは違う。もっともらしい観点のエアの返答だった。
「腐敗までリアルにやってくれるなら、焼却だろう。けど今燃やすと、臭いでさらに動けない者が増えるぞ」
ドームの中での葬儀、焼却処理は、AI主導で行われる。中の人間が携わることはない。
人が焼ける臭いも独特だったと、ソロウはエアへ進言する。一度だけ、外界で埋葬の手伝いをしたことがあったからだ。
「ああ、そうだね。嗅ぎ慣れてないとキツいか……」
失念していたと言わんばかりのエアの言葉に、ソロウは目を見張り、ただ驚くばかりだった。
いつもVR中は頼もしいエアが、知らない誰かに見えるのはなぜだろうか。
一連の動作の中でずっと、エアの瞳に光が無かった。
――俺は、エアの何が引っ掛かってるんだ?
ソロウは言葉に出来ずに黙って、エアの隣を歩きだした。




