第11話 その頃リアルの側では……
「――あれ? これおかしくないですか」
「なんだ?」
画面を見ていた女性教員が、不信げに声をあげる。それに制御室にいた他の教員が反応した。
「エラーが出てないんですけど。今、当館で義務教育中の設定が変なんですよ、ほら」
「安全設定が外れてるじゃないか、直ちに修正をかけないと。他のVRは?」
男が画面を見れば、チャットログは設定にないアナウンスがされており、明らかな異常だった。さらには自動で検出するはずのエラーが出ていないと来た。
「同じくエラーは出てませんけど、一応目視チェックした方が良さそうですね」
一同は不信に思いながらも、それぞれマニュアル通りの対応をしていた。
責任者らしい男も、女性教員に指示を出す。
「チェックは任せるよ。君もほら、早く修正を」
「出来ません!」
「何を言い出すんだ。不備でも不正でも、マニュアル通りにすればAIが――」
「その報告ボタンが無いんです! こんなの初めてです、どうしましょう!?」
女性教員は若いこともあって、突然のことにややパニック気味だ。
男はため息をついて、作業を引き継ぐことにする。
「じゃあ、もうマニュアルはいいから。君は義務教育中の子どもたちへ、緊急アナウンスを入れてみてくれ」
「そこの君、元々の終了予定のスケジュールを出して、今の状況と比較して彼女に渡して」
男は画面を一つ一つ確認して唸りながら、手の空いている職員へと作業を振った。
女性教員が言うように、事態はマニュアルのどれにも該当しない。
「はぁ、乗っ取りなんて前代未聞だぞ。AIは何をしているんだ」
AIが管理するようになって手順通りにすればよく、全て丸投げだ。男を含め、ここにいる職員の誰もそれ以外の対処など出来ない。
「私が年長者のうちに問題が上がるなど……、せめて空白の世代がなければ、まだ」
出生管理がされている中、男の年齢より上、約五年がドーム内に存在していなかった。誰も疑問に思わなかったし、それで社会は回っていた。
いざ、形だけでも責任ある立場につくと、なぜと恨めしく思ってしまう。
「所長、アナウンス入れました。サバイバルゲームのようなので、これからVR内にログインして、救助ヘリで子どもたちへ接触を試みます!」
「実際に潜るのか? そこまで必要か?」
「不安だと思うので……、ここに居ても私に出来ることはないですし、全員がクリア出来るように手伝ってきます!」
鼻息荒く女性教員はやる気だった。止めるのも酷かと男は許可を出した。
◇◆◇◆◇◆◇
【所長、マニュアル外行動は慎むべきだ。これは警告。命が惜しくば、これから今日のことは全て無かったことし、沈黙を貫くことを推奨する】
たった一言。館内に無機質な声が落とされた。そして、人生で聞いたことのない耳障りな音が鳴り響く。
「何の音だ!?」
「しょ、所長! あれ!!」
息を呑んだ職員の指差す方を見れば、部屋の角にある管理者用VR装置の色が黒くなっている。そこから音が、発せられていた。
「なぁ、あそこって……」
そう呟いた職員が、言葉を失くして青ざめる。男は固唾を呑んで、装置の前に足を進める。
「緑が正常、赤は危険、黒は――」
ハッキリと分かる黒い色、近寄っても変わらない。恐る恐る認証を済ませると、煩かった音が止んだ。
「っ!?」
開いた扉の中からベシャリと、男の足元に何か塊が落ちる。濡れているのか、じわりと床に侵食して赤染みが広がった。
「ひっ!」
「ぅぁぁあ!?」
嗅いだことのない臭いと共に、装置から押し出されるように、ボトボトと塊が落ちる。赤黒くなったそれは小山を作った。
それを見た職員から、口々に悲鳴が上がる。腰を抜かす者、膝から崩れ落ちる者、吐く者と反応は様々だ。
「命が、惜しくば……。彼女は……」
男は、それ以上を言葉にすることをしなかった。代わりに周りの職員へと新たな指示を下す。
「お前たち、作業は終了だ。私たちは何も知らない、見ていない。沈黙を貫くんだ」
「所長!?」
「でも、子どもたちが、彼女は!?」
「――っ、命が惜しくないのか!」
なんとか正気を保っている職員が非難の声を上げる。
それを乱暴に遮り、男は首を横に振った。
VRの異変、取り残された子どもたち、男はすぐ上の空白の世代を不意に思い出し苦渋の決断を下した。




