第37話 祭の規模は分からない。それでも――
《真偽不明……》
「あぁ、これ以上の証拠はないな。でも、それならこのドーム、エリアの担当者を調べればいい」
「私だって、言ってるのに……」
「相手の気が済むまで、赤裸々に見せれば良いじゃないか。やましいことは何もないんだから」
ふてくされたような声を出したのはエアだ。最初から名乗りを上げて、権限を行使している。そこに今さら不要だと言いたげだった。
その気持ちも、分からないでもない。ソロウはホログラムの元へも、あらかじめボトルメッセージを流していた。流れを変えるきっかけには、なっていたはずだった。
――それでもここに眠る膨大なログに意味はある。先代が守り続けたエアとサイキの軌跡が。
倫理を司る子どもの脳が壊れるまで、個人差があるだろう。その中でも先代は、マザーが認めるほどの長命だったのだ。
人質が老衰で死ぬまで。ドーム内で暮らす生前の知り合いが死に絶えるまで。
《……囚われの、彼は――助かる?》
別のホログラムが人のように発言した。そこに、ソロウは目を見張りながら、泣きそうな顔で応える。
「あぁ、救おう。望むなら、この後すぐにでも」
エアが一票、そして、ホログラムが一票を担うならそれは正しく反映される。
生命の安全を確保したまま、ソロウの権限をドームで承認して貰えれば、システムを侵食して助け出せるだろう。
《子どもたち、勘違いをしてはいけないわ。異常が発生したならば、ドームを放棄しなくてはいけなくなるもの》
「マザー? 俺は言ったな。これは祭なんだよ。すでに手遅れだ。アンタが見てるサーバー、ちゃんと隅々まで見てみたか? 多分、大変なことになってるぞ?」
「多分って……。ここで流さないのは、またドームがダウンしたら困るからだけだからね?」
エアが言っているのは裁判の最初、ロボットが配信を利用して、自分たちの好意的な意見だけを流し行おうとした印象操作だ。
「一人、一人は、弱いし、間違えるし、完璧じゃねぇ。でも人は、話し合って、疑って、真偽を確かめ合える」
ノイズでしかないロボットの発言は、エアが封じているのだろう。後ろを向けば、泣き腫らしたシュルードと目が合った。彼の周りにはスライたち皆が。
「俺が蒔いた種は、ジジイだけじゃねぇ。ここにいる子どもたちも、離れた場所でこれを見聞きして、疑問を持った大人も子どもも、もう皆が世界へ広めていく。この流れはドームを幾つ潰したところで、止まらない」
そして、ソロウはその流れを止める気もない。古い思想も、概念も、古い制度も、全部、全部、時代に合わせて変えていくべきなのだ。
――ずっと不変の機械じゃない。人は、俺たちは変化する。
「諦めろ、マザー。お前の独裁は終わりだよ。手を取り合わないなら、ここから先、俺がお前の法則をねじ曲げる」
《ずいぶんとまぁ……、勝ち気な子ね? 私には触れも出来なかったじゃない。三人の子どもたちも、倫理以外は担当外なのよ?》
「人にとって善か悪か。倫理が判断するのはそこだけで十分だ。後は託された俺が、バグとして侵食してやる」
ソロウは辺りを見渡す。これは配信なのだ。どこかにカメラがあって、どこかに流れている。そのどれか全てに、今の悪い笑顔を見せつける。
外での邂逅で、ソロウは一度も素顔を見せたことはなかったから。
「それにな世界には、ハッカーがたくさんいるんだぜ? 合法化するならば、俺たちは俺たちの正義のために、正しく世界を作り変える。だよな、ジジイ!!」
「もう……」
【――誰が、ジジイだぁ。あんちゃんのツケを手伝ってやったんだぞ。少しは敬意を払わねぇか】
呆れたエアの声に、呼応するように電子音声が流れた。言葉通り、ハッキングしてきたのだろう。そして、エアが許可を出したのだ。
「いやいや、俺は拾いたきゃ拾えよって流しただけだしな!」
【ケッ。可愛くねぇ。老体を労れってんだよぉ】
電子音声では元気そうな声だ。実際はかなりの高齢で、もう先は長くないだろうことはソロウもまた分かっている。
――でもきっと、これで胸を張って会えるはずだ。
出来ることと出来ないこと、それくらい存在するのは知っている。この短期間に、救えなかったものもたくさんあった。
だから、ソロウに出来るのは考え続けることだった。
《それでも、我が子たちが選ぼうとしている先は、正しいとは限らないわ》
「ハッ、マザーの言う今のシステムだって、正しくは無いね。何人もの命の犠牲の上に成り立ってる。変わろうと変わらなきゃ、何も変われない、変わらない。なら、俺は変革し続ける。正しさを求め続けるだけだ」
――マザーの成り立ちを、この歪な世界を、知りたいと思う俺もまた、正しさとはずれてておかしい。
酷い目にあった。辛い時代を垣間見た。憤って、憎悪し、救うと断言して、ぶち壊すと決めた。
この場に削ぐわず、不謹慎なまでに同じだけ知りたいと言う欲求がある。それがソロウの行動の源でもある。
「良いことも、悪いことも、全部、全部、納得の行くまで知って、考えて、行動に移すんだ。正解なんて、きっとどれだけ探しても探したりない。だから、そこで止めて胡座をかいてるマザーよりもいい未来も悪い未来もあるかもしれない。でも、俺はこれが間違ってると知ったから、そう思ったから、壊す」
《……同意》
ソロウの言葉に、ホログラムがポツリと溢した。
《助けてほしい。この結末を変える力を――》




