最終話 約束のその先へ
「さぁ、結果は見えただろうけど。始めた裁判は終わらせようか」
「エア! 最初から裁判なんて破綻してたじゃない!」
「まぁ確かに、成立してなかったけどさ。スライ……」
「締めさせて上げてよ。スライ……」
スライの大きな声が、元気に響く。呆れた声は、クレヴァーとウェアリーのものだ。ティミッドは終始、おろおろと狼狽えていた。
――ビビリのティミッドがここにいるだけでも、まぁすごいことだよな。
ソロウはそんな締まらない空気に、ちょっと笑ってしまう。それにつられたのは、ソロウだけではない。
「ごめん、ごめん。じゃあ、被害者が存在しないこと、禁忌を犯してもいないこと、不成立によって、被告人不起訴で良いかな?」
『同意』
『賛成』
現れた時とはうって変わって、穏やかな声で、穏やかな顔で、エアは終わりを告げた。
二人のホログラムの返答をもって、ソロウを隔離していた壁が解除される。
「ソロウ――っ!!」
「バッカ! やめろ!?」
ゴチーンと盛大にぶつかる音がして、スライがソロウに激突する。
「あれ? AIが怒らない? ――っていうか、ソロウ臭い」
「あの壁、臭いも遮断してたんだね……」
「おい。お前ら、鼻をつまむなよ、俺だって好きでこんなことしてねぇよ!!」
地下にずっと隔離されていたのだ。今がいつなのかも、どれだけの時間が経っているのかも、未だソロウには分からない。
――そんなに臭うって、俺の鼻は潰れてるのか?
さらには自分の臭いなど慣れて分かるはずもなく、全て不可抗力だったのだ。スライやクレヴァーといった皆は、一様にソロウから距離を取っている。
あからさまに逃げず、もう少し配慮してくれても良いのではないかと、寂しく思ってしまうほどだった。
「スライ。私の目の黒いうちは、転けても自己責任だからね」
「エアのお陰なんだ! ありがとう!!」
奥の席から杖をついて歩いてきたエアが、スライへ説明した。どうやら倫理担当らしく善悪の権限で、人の行動制限に干渉をしたらしい。
「ソロウ、ごめん。僕の身代わりに……」
「バカ、シュルードのためじゃない。俺はわざと捕まったし、俺の心情に従ったまでだ」
一定の距離から、シュルードが謝罪してくる。その隣では彼の母が頭を下げていた。
「ソロウ。腕を切り落とす前に、ちゃんと治療しよう」
「エアの発言が一番、物騒だぞ!?」
地下で治療などされていないソロウの腕は、包帯がかなり汚れていて状態がいいとは確かに言えなかった。
《……認めない。認めない》
「認めて貰いたくてやったんじゃねぇよ。俺を被告人に仕立て上げて、消そうとしたのはそっちだろ」
「納得の行くまで、何回でもすればいい。その度にマザーの要求は突っぱねてあげる」
マザーの音声に、エアとソロウがそれぞれ応えた。ソロウはさらにホログラムを見つめた。
「約束は守る。ありがとう、決断してくれて」
《……待ってる》
《歓迎》
ホログラムが風に溶けるように、すうっと消えた。マザーの音声は、それ以上聞こえなかった。
「今は、治療を優先して」
空席を見つめていたソロウにエアが声をかける。彼女を見つめれば、その瞳に痛ましそうな色を乗せていた。
エアは終始、ソロウを気にしていたのだ。きっと彼女がマザーへは何かしたのだろう。
「人の心配ばっかしてないでさ。エアも無理すんなよ」
どれだけの時間が経っているかは知らなくとも、エアの傷が軽症でないことは知っている。
どこまでも他人のために動くエアへ、ソロウもまた労いの言葉をかけた。
◇◆◇◆◇◆◇
「手当てしたそばから行くの? 治ってから、行けばいいのに」
「すぐにでもって言ったからな。嘘ついたら、それこそ悪に判断されかねないだろ」
「笑えないジョークだね」
皆と別れ、エアの治療をしたドームの最下層へ行く。そこで再び、治療を受けて腕の感触を確かめながら、ソロウは旅支度をロボットに指示した。
「だから、現実にするために行くんだ。俺もまだ全ての権能を把握してない。AIに頼りきってた全員に疑惑は持ち込めた。変革も起きる。でもまだその力も弱い」
モニターを見れば、その差は一目瞭然だった。エアが弄っている管轄のドームでは、言論が自由に行われ、戸惑いと賛成と反対とが混沌としている。それに対して、他のエリアでは、まだ動きが乏しい。
「遠隔で中から変えるとなると、奴らに妨害されかねないからな。直接、人柱と人質がいるドームに行って介入してくるよ。少なくとも囚われてる人質を解放して、そこからがやっとスタートラインだ。
今もエアが止めてるから危害は加えられないのであって、でもそのバランスも、いつまでも続くものじゃないからな」
「私も行けたら良かったのに。そうだ、これ。どこかで蒔いてきてくれない?」
エアはエアで、椅子に座ってロボットから診察を受けていた。エアが音量を小さく小言の嵐聞き流しているのを見るに、杖で歩いていたのは、大分無理をしていたらしい。
――どんな見栄はってんだっての。
そして彼女がロボットに指示して持ってきたのは、両手で抱えるほどの円柱の形をした液体入りの容器。
「これって、お前……」
「そう、先代。探したけど、遺骨はもうどこにも無かったから。これも、形を残してはいないけど、最期はここにいた証でもあるからさ。ドームじゃなくて、外に連れていってあげたいなって。祖父も皆も外にいるし、それにオジサンはまだ生きてるし」
「なら一等良いところにしないとな。ジジイと相談して決めるよ。だから、大人しく療養してろ。それに倫理担当として、まだ長期間はこの場から離れられないだろ。その分エアのバックアップ、期待してるからな」
「そうだね。ネットの中なら任せて」
「ああ、行ってくる」
エアに見送られ、ソロウは新たな知的好奇心を満たすために、約束の地へと向かった――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は、これにて一旦完結となります。 最後まで見届けていただけたこと、心より感謝いたします。
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