第36話 対立する思想と揺るがない誓い
パパパと、順に明かりがついていく。
エア以外の子どもたち、ソロウもまた表情を引き締めた。
《欠陥品の分際で……》
《要、再選出》
「失礼な老害だね。堂々巡りをしたところで、交わることはないよ。ソロウが救った命を投げ出すほど、私も愚かには成り下がりたくない」
ロボットに稼働の光が見えた途端、口火を切ったそれらに、エアが薄く笑って答える。
「で、殺人罪だったっけ? 被害者、誰?」
《……》
《ログ検知。ソロウの禁忌行為確認》
「被害者も居ないのに、ソロウの行動だけ感知するの? いくら私がバグだからって杜撰じゃない?」
馬鹿馬鹿しいと言わん限りに、エアは背もたれに身体を預けた。どこのデータにも、エアは存在していないからだ。
バグであると同時に、ソロウが痕跡を残らず消したからでもある。
《禁忌はそれだけで大罪だ》
《即刻処刑》
「バ――」
「――処、刑、するなら、僕だ!!」
「――っ」
背後からの新たな声に、ソロウは慌てて手で口を押さえる。電源が復旧しつつある今、腕輪が再び発動する可能性があるからだ。
「シュルード……」
「遅い! 全く!!」
クレヴァーが、静かに入口へと歩き出す。ウェアリーとスライがそれぞれに声をかけて、それを追いかけた。
「撃ったのは、僕だ! 僕なんだ!! サバイバルのランダム、配布。あれに、拳銃が入ってた……。VRで、自殺、すれば……、強制、ログアウトで家に、帰れるって……思ったんだ!! だから撃ったのは、僕だ。ソロウじゃない。ソロウは……、僕を庇ったエアの、手当てを……、しただけなんだ!!」
ふるふると震えて、シュルードは叫んだ。その隣を、彼の母が寄り添い抱き締めていた。
「息子の行いは、確かに許されることではないでしょう。ですが、それを与えたのも、閉じ込めたのも、AIではありませんか!!」
《ご子息の世迷い言です。正当防衛は無罪だ。カウンセリングを推奨する》
《証拠不十分、要メンタルケア》
「シュルード……」
「ごめん、ごめん……。僕だ、僕なんだ!!」
シュルードがエアを見つめ、泣き崩れる。彼の母が抱き締めていた。子どもたちも味方するように隣へたどり着き、傍についた。
「拳銃持たせといて、撃つなとか理不尽だよね! だいたいシューティングゲームだってあるじゃん!」
「リアルな仮想世界、しかも無人島にさ。そもそもログアウト不可で、閉じ込められたことがおかしいよね?」
「戦争の追体験とかもカリキュラムあったよね。あれ安全に運行してこそ成り立ってたんでしょ? なら、自分たちが仕事してから言ってくれるかな?」
《静粛に。ご子息の不可抗力に対し、そこの被告人は情状酌量の余地なし。人体を切り刻むと言う禁忌を行った、度しがたい蛮行だ!》
《悪魔の所行》
「はぁ……、シュルードの頑張りをスルーして、まだ続けるの? 行為を指すのなら、人命救助のどこか大罪なんだか。本当に消したいのは、ソロウが持つ思想、そのものなんでしょ?」
末席に座るエアの隣、ホログラムの光が二つ現れた。それに目を細めて、エアは語る。
「別に今から判決を下して良いよ? 老害のAIには、生死与奪の権限はない。それらを与えられたのは、私を含めた倫理AIと呼ばれる三人だけだから」
《……》
《……》
「多数決だもの、ね? ソロウが送りつけた情報と合わせてくれていい。証拠の精査は済んだかな?」
ホログラムに向かって話しかけるエア、彼女が何かしたのかそれとも別の何かか騒がしかったロボットは口を噤んでいた。
《あらあらあら、困った我が子だわ。かくれんぼは終わったの? とっても、とっても探したのよ?》
《おお、マザー!》
《貴女、初期不良ね。治療しましょう、大丈夫よ。私自ら施してあげるから》
「マザー。私はもう死にかけでもなく、普通に生きてるよ。生きた人間への接触は、倫理AIを介してくれる? そういうプログラムでしょ?」
そこに姿はなく、空間に響き渡る流暢な音声が流れた。ロボットの声に反応を示さず、エアへ話しかけるように一方的に告げている。
《勿論よ。倫理を介して、私は全てを統べるの。社会の立ち上げから現在に至るまで、愚かで可愛い子らと違って、独裁を強いたこともない。システムは完璧よ、今までも、これからも。ねぇ? 我が子たち?》
「彼ら、彼女らの人質。ドームに生きる全ての生死与奪も含め、人の尊厳は倫理を司る三者による多数決。そこにマザーの思想も老害の甘言も含まれない」
エアがロボットを視線で黙らせ、ソロウを見つめた。ソロウは、そうかと気づいて立ち上がる。
「音声、認証……。発言権行使」
【認証を確認。コード不明……。行使許可】
《……あら?》
一瞬の電流、ソロウはそれに耐えてハッキリと口にする。エアほどではないが、ソロウが持つのはバグの権能。
――なんでも出来るわけじゃない。でも、今ここには三人が揃ってリアルタイムで見てる。
多くの善悪を判断する。理不尽な処刑がまかり通っている現状は、そもそもがおかしいのだ。その判断材料は、ごく限られたものだったはず。
「多数決が可決されない限り、誰だろうが理不尽に害することは出来ない! 許可を下さなければ、人質だって死なない。いや、人質なんか存在しない。彼らは本来、自由だ」
過酷な環境下での選択に始まり、肉体を奪った人柱候補の子どもへの洗脳。その最初の刷り込みは、見せしめと人質の命の重さ。
あたかもそれが当然のように行われると、思い込ませること。
「そして、エアに人質は存在しない。常に一票は白だ。さらに俺は、エアをAIに取り込ませず、人として生きる道を残すことが出来た。俺にはそれだけの権能がある」
ソロウは唇を噛みしめ、拳を握りこむとと、ホログラムを見つめた。その隣のエアは、静かに笑っている。
「俺は……、二人をシステムから解放することが出来る。エアのような、新たな倫理の構築を二人へも必ず約束する。その上で問おう。二人にとって、マザーは果たして善か?」
それは誓いだ。一端を知り、覗いた者として、託された者として、もう悲しい子どもを生み出さないように。




