第35話 この行動が報われた瞬間
【倫理AI、エアのアクセスを確認。認証……、管理者権限を承認】
ロボットではなく、空間に響くように別の電子音がエアへ返事をした。
《違法!》
《越権だ》
ガシャンと音を立てて、ロボットが席を立つ。壁の小窓が開き、中から小さな警備ロボットが雪崩れ込む。エアたちの周りを取り囲むように集まった。
長く伸びたアームの先、バチバチと火花が散っている。
「うるさいな。ちゃんと、先代から正式譲渡されてるよ。生きたまま、ね」
紫色に光るロボットたちに、エアは手のひらをかざす。エアの姿を認識するなり、紫から緑へと点滅しその色を変えた。
アームも本体へ格納され、ロボットは大人しくなる。それはまさに、管理者の権能だった。
「音声認証。申請済みデータ、一挙公開」
【申請を承認、施行開始……】
《待て、申請済みとはなんだ、何をする》
「さっき、他エリアの倫理担当から聞かれてたでしょ。証拠」
エアが奥のロボットをつまらなさそうに見つめて、その横のホログラムをチラリと見つめる。
二つのホログラムは、人の輪郭だけで外見と呼べるものはなく反応は分からない。
――ああ、やっぱりホログラムの方は……。
ソロウは不可視の壁に手をついて、俯く。ホログラムが、ロボットと同じ側に着かなければならない事実が、堪らなく悔しかった。
「配信先に居る大人たちも観ると良い、これが全容。これが今回の裁判、VRの始まり」
クレバーとウェアリーを制し、エアは一人、ソロウの横を通り過ぎる。奥の五席へ進むと、その内の一つに当然のように座った。
「サーバー内のエリア担当三人が揃ったね。椅子も埋まったことだし、再開してくれていいよ?」
机に肘をつき、前に手を組むとエアはにこりと微笑んだ。表立って危害を加えられないからだろう、なす統べなく二体のロボットは椅子に座りなおした。
「――ああ。でも少し、公平にしようか。返して貰うね。ソロウを」
「……」
――俺?
エアの言葉と同時に、辺りが真っ暗になる。照明が落ち、暗闇の中を静寂が支配した。
「もう、話せるよね?」
「っ、……証拠の一斉送信、アクセス集中の過負荷で、ドーム内の動力源を落としたのか」
「ご明察」
エアの一言に、ソロウは首を押さえて現状の確認をする。ロボットも、ホログラムも沈黙し、光という光が消えていた。
ドームの命綱である電源が落ちるなど、普通ならあり得ない。
――全部狙ってやったのか、コイツ。
腕輪への信号も途絶したから、声を発したところで罰則にはならないということだろう。
「スライちゃんが頑張ったよ。無関心な大人たちに宣伝いっぱいしたんだから!」
「エアからメールが届いてね。形ばかりの公開裁判らしいから、皆で真実を叫んで日時をリアルでも、ネットでもばら蒔いてみたんだ」
「……お前ら、ハイリスク過ぎ、無茶苦茶じゃないか」
下手すれば、ソロウのように捕まっていた可能性が高いだろう。中の暮らししか知らない子どもたちに、それはかなり危ない橋だったに違いない。
「私たちにはエアが居たし。非常電源が入るまで、そう掛からないだろうけど。ソロウにだって休憩は必要でしょ?」
「この子たちの安全はちゃんと確保していたよ、間にオジサンを挟んでね。それにソロウだって地下に私を隠して、囮を買って出たんだから、おあいこだよ。
あ、壁はまだ取り除けないから、適当にそこで寛いでて。電源が落ちてるせいで稼働しないからさ」
「寛げるかよ……」
不可視の壁越しではあるが、ついこの間までのような気の抜けた会話が繰り広げられ、胸が熱くなり懐かしくなる。
――これは俺の、夢じゃないよな?
リアルを忠実に再現した仮想ではなく、ちゃんと現実なのだと、ソロウはどこかホッと安堵したのだ。
「大丈夫。毒ガスはロックしてるから」
「あるのかやっぱり! ――っぐ」
思わず大声を出したソロウは、身体の痛みに呻き声を上げる。立ち上がることも出来ない身体は、ボロボロだった。
「そりゃあ、ソロウがいた地下も、長い間使われてないとはいえ、非合法な処刑場だから。あるでしょ」
「お前、どこまで把握してんだよ……」
「だいたい全部。身体が動かなかっただけだからね。ソロウも終わったら治療しよう、腕の状態が良くなさそうだ」
さらりと言ってのけたエアに、ソロウは今度こそ脱力するように壁を背もたれにして座る。
救いたかった命、その一つが今こうして目の前に現れてくれた。エアが、無事だったのだ。
「ハハ、確かに痛てぇ……」
忘れていた痛みに笑い、ソロウは目頭が熱くなるのを感じた。




