第34話 幕が上がる
《連行、連行》
ソロウの前に、ロボットが現れる。無機質な音声が辛うじて耳に届いた。虚ろな目を開けて、視線を彷徨わせる。そこに不気味な紫の光が宿っていた。
「……ぁ……、……っ……」
《発言不許可。罰則》
「――ぁぐ」
呼気と共に漏れた音を察知し腕輪を通じて、焼け付くような電流がソロウの身体に走った。全身から力が抜けて、ジャラジャラと鎖に吊るされる。
《連行。裁判、判決、静聴、無抵抗、要求》
壁と鎖を固定していた金具が外れ、一際大きく、ジャラリと鎖が音をならして落ちた。ソロウの身体も、引き摺られるようにしてその場に倒れる。
「……」
地面についた耳越しに、揺れと何かの動く音が聞こえる。ガコンと地面に亀裂が入り、ソロウの身体周辺が隆起する。
《逃亡不可。連行、連行》
ぼんやりと、地面が遠ざかっていくのを見つめる。目だけを動かせば、真上に見える小さな穴が白く光っていた。
徐々に大きくなるそれに、地上へ向かっているのだと理解する。
――今は、いつだ。何が……、いつ、始まる?
薄暗い部屋に、ずっと繋がれていた。朝も、昼も、夜も、時間を示すものは何もなく、時間を数える術もない。
――現実か、リアルな仮想世界か、俺の、妄想か……。
時おり何かが問いかけて来て、口を聞いた気もするが、現実か夢か分からない。
何が起こって、何があったか、ソロウはもう殆ど覚えていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
《これより、配信による公開裁判を執行》
広い部屋、中央奥のテーブルがあり椅子が五脚ある。中央から入り口半分の周りには、空席が並んでいた。
中央の席に二体の無骨なロボットが座っていて、口を開いている。
《罪状、先日のVR内での悪質な殺人行為。ドーム内の不正音声。システムの不正使用。極悪非道、人格破綻、再更正不能、極刑を求刑》
《被告人、ソロウ》
もう一体の別の音声に呼応して、中央の地面が開き円形の透明な筒が地中から伸びた。そこに、ソロウが現れる。さながら檻のようだった。
「……」
《判決》
眩しい光に、目を細めたソロウは手をついて身体をなんとか起こす。手の鎖はいつの間にか無くなり、腕輪が不気味な存在感を放っているように感じた。
「……っ」
機械混じりの音声、そのイントネーションを含めソロウは聞き覚えがあった。
思い出すと同時に、意識がハッキリとしてきて目を見開く。
『今代の人柱君、良いかね? このモニターに映っている二人は、君の顔馴染みのお友達だろう、覚えているかな?』
「――お前ぇぇえ!!」
ソロウは憤りをぶつけるがごとく、円柱の壁を殴り付ける。目の前のロボットがふんぞり返って、こちらを見ているように感じた。
「が、ぁ……!?」
《野蛮、獰猛》
《見ましたか、ドームに存在する全ての住民よ》
《求刑を》
《危険思考の持ち主は排除しなければ!》
《極刑を》
《ドーム内の平穏と安寧の為!!》
腕輪からの電流に、ソロウは息を詰めてその場にうずくまる。その様に被せるように、ロボットの音量が上がる。
――AIだけじゃ、ないのか。いや、人柱システムも元人間。このロボットは元――!
VRで見た過去の映像では、生身の人間だった。だが、その時既に年老いた醜い男だった。年齢を考えても、生きているわけがない。
多少機械混じりに変わっても、間違えることのないその声は、ただ憎らしかった。
「汚、ねぇ。下――、っ!」
《被告人、発言の不可》
再びの電流に、ソロウは歯を食い縛ってやり過ごす。身を焦がすほどの激しい感情が身体の中で暴れていた。
――生きたくても、望むように生きられなかった奴らがいて。なんでこんな下衆は、機械に身を売ってまで!
ソロウの身に降りかかったわけでない。それでも、生々しいあの情景を見てしまったら、他人事として処理できなかった。
《制御不要。極めて悪質!》
《ドーム内、バグの消去推奨!!》
盛り上げるような熱を上げて、ロボットが発言する。空席だった両サイドの無数の椅子、そこにバババッと幾つものモニターが表示される。
――配信映像を観た視聴者と言ったところ、か。
「賛成」
「同意」
「追従」
「賛成」
青い表示がズラリと並ぶ。所詮出来レースだと、ソロウは内心で毒ついた。
――サイキも、こんな扱いを?
清々しいほどの男の背を思い出して、ソロウは苦渋に顔を歪める。そこに、一つのピコンと小さな音が鳴った。
「疑惑」
短く赤い文字が一つ。そこに、ロボットもソロウも釘付けとなった。ピコンと、再び音が鳴る。
「却下」
《不穏分子を洗い出せ》
《削除要請》
《否定が現れるとは、真に正気か》
「そうだ。共犯か!」
「危険思考の持ち主が、まだ!?」
「まだ子どもじゃないか」
「……いや、言われて……みれ、ば?」
《嘆かわしい》
《審議不要》
「社会不適合だろ」
「再教育しても良いのでは――」
「試してみても良いんじゃないの」
バラバラバラと文字が移り変わる。青と赤で意見が割れていた。
《静粛に》
《沈黙要求》
《傍聴!》
ピタリと、ロボットの音声で空気が変わる。文字が止み、空間は静まり返った。
《被告人、有罪か無罪、採決へ移行する!》
《有罪》
《極刑!》
前に座る二体のロボットが、口々に言いたいことを言う。
《……》
中央の椅子、空いた一席にホログラムが現れた。人影を結ぶそれは沈黙している。
《判決を》
《決断を》
《……情報不足、真偽不明》
二体のロボットよりも高い声、ソロウはそれに瞬きを忘れた。ロボットも座る五席のうち、一席が埋まり、また一席、そこへ新たなホログラムが現れる。
《情報の開示を請求》
《不必要! 有罪!》
《悪質な殺人、情報開示など不要ぞ!!》
《……》
二体のロボットに対し、二つのホログラムは進言をし、沈黙をもって保留にした。
「――証拠の提出。事実無根により無罪を主張」
そこへ、コツリと床をつく静かな音が響いた。ソロウは後ろを振り返り、目を疑う。
「随分とアウトローな出で立ちだね。ソロウ」
杖をついたエアが、そこに立っていた。ウェアリーとクレバーが支えるように寄り添い、その隣には、スライも、ティミッドの姿もあった。
「わぁ、痛そう!」
「こんな酷いことするのが、大人の正しいことなの!?」
「かっこつけておいて、なんて格好だよ。らしくないよ」
「――っ」
不可視の壁に隔てられ、ソロウは口を開こうとする。そこに、エアが静かに人差し指を立てて微笑んだ。
「音声認証を要求。倫理統括、エリア担当エアの名において権限を行使」




