第33話 残された者たちの不安の種
サーバーに流すことはあっても、受けとることになるとは思わなかった。なぜなら、送ってくる相手ももう居ない。
高く短い電子音が鳴って、男はそれに気づいて興味本位で覗いただけだった。
【風を愛でる全ての者へ。
忘れ置きしものは其処に在り、欲するがままに拾ふべし】
AIが管理するようになり、ドームが形成されて約百年。
グローバルを追求していった結果、共通言語に統一された。人口減少にともない、国々の字は廃れていったのだ。
――今時、古風な言い方をするなぁ。
開いたメッセージに表示されたのは、アルファベットと数字の羅列だ。一見では何か分からない文面に、それが暗号だと理解する。けれど入力画面もまた見当たらない。
「あん?」
薄暗い空間で、旧時代の機器に囲まれた男は画面を覗き込むのを止めた。チマチマと見ていたら目が疲れるだけだ。
「かーっ! あのガキだな。俺への当てつけか、挑戦状のつもりか!?」
頭にヘルメットを被る。VRが導入される前に使われていたAR機器だった。
独自ソフトを起動し、自動解析をかける。同時にキーボードを叩いて、サーバーの情報へアクセスする。
「風は……」
その傍らで、他に何か動きがないか別のモニターでもチェックしていく。あの少年が無駄なことを嫌う質だと分かっているからだ。
――ああ、やっぱりか。
男は、かつて自分が着けていた認証の腕輪を欲しがった知り合いの孫娘にあげた。
自分には必要の無くなったそれが、不可解なことになっていることを確認した。言い知れない寂しさとやるせなさが、病んで痛む男の胸を満たした。
『これで、最期だと思う。いままでありがとう』
いつものように出入りが出来るよう、男は腕輪に細工を掛けた。
それを手渡した時、彼女に言われた別れの言葉は忘れることが出来ないだろう。男はそれに何も言い返すことをしなかった。
――止めるつもりなら、最初から渡すなって話なだけだ。
男は悩みながらも渡したし、最後も何もしなかった。乗りかかった船は、途中で降りることなど出来ないのだから。
「それでも、拾えってか」
◇◆◇◆◇◆◇
「だから、ママ! ソロウが捕まったの!」
「スライ、何を言ってるの。子どもが捕まることなんてないでしょう」
放送後、ロボットたちから追い出されるように施設の外へ出された。
各々家へと帰ることにして、スライは両親へと訴える。
「そうだぞ、スライ。VRのし過ぎだ。確かに変な音声が流れていたが、誰かの機器が誤作動でも起こして流れたんだろうさ。子どもが罪など犯せるはずもない」
「もうっ、ママだけじゃなく、パパまで! 本当だもん! 装置はあったのにソロウが居なかったんだから、それにエアなんて装置ごと居なくなってた!」
「VRから出て、寝ぼけてたんだろう? 見間違えだ」
画面ばかりを見て全く取り合わない父へ、スライはカッとなって反論する。
「じゃあ聞くけど、さっき言った誤作動なんて、昔、起きたことあるの!?」
「ある――だろう?」
「……あら、でも不備なんてあったら、おかしいんじゃない?」
母と父が互いを見合わせ、疑いの眼差しを持っている。間違えなどないと断定しようとして、変な音声を聞いたのは確かなのだ。
両親の言動には、そこに矛盾が生まれてしまう。
――なにこれ、なにこれ!?
正しいことを言ってきた両親。間違ったことを言わない大人。それが、今はこんなにも頼りなく、得体が知れない。
◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっとぉ、シュルード。帰ってきたなら、挨拶くらい言いなさーい」
帰宅するなり自室へと直行したシュルードに、階下から窘める母親の声がする。
それに返事をせず、扉の前でずるずると座り込みシュルードは爪を噛んだ。
「僕は悪くない。あれはゲームだ。そうだ、VRだ。現実じゃない。僕は撃ってない、エアが勝手に近づいてきたから!
あぁぁ、僕じゃない! これは夢だ、この痛みはなんなんだ!? どうなってるんだよ!?」
拳銃を撃った反動で、怪我をした手が痛い。シュルードは寒気を感じて、なわなわと全身が震えた。ともすれば、引き金を引いた感触が手に甦る。
――いいや、あれはVRの中だった。現実なんかじゃない!
ガリと爪ごと噛んだ指に、血が滲む。流れる液体は生暖かい。痛い、痛い、痛い。
「いつもなら、噛むなってエラー音出すだろうがぁぁあ。なんなんだよ、なんなんだよぉ、一体。なんとか言えよぉぉお!」
振り下ろした手、パタパタと壁に、床に、赤く小さな汚れが飛び散った。
その日、ドーム内のシステムは沈黙を選んだ。




