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カンディデイト・チルドレン~少女を贄にするシステムなんて俺がぶっ壊す~  作者: 松平 ちこ


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第32話 夢か現か、VRか――。

 気がつくと、錆びた臭いが鼻についた。ソロウは目を開け、霞む視界で辺りを確認した。

 空気が埃っぽく、酷く汚れた床は外界を彷彿とさせた。


「――っ」


 身体の痛みと重たさを感じて不快げに顔をしかめた。ふらりと足元がよろめくと、手が頭上に固定されていて思うように動けなかった。

 確認するように手を動かせば、じゃらりと重厚な音がする。


 ――ここは……、どっちだ?


 手首を見れば識別用の腕輪がある。火傷の手当ても記憶のままだ。

 ソロウの見た目は現実と同じなのに、今居る場所はドームの中とは思えないほど、劣悪な環境だった。

 無人島でのリアル過ぎる経験が、ソロウの判断力を鈍らせている。ここがリアルなのか、VRなのか判断がつけられなかったのだ。


 ――捕らえられたのは、想定内だけど……。


 ゆっくりと息を吐き出して、ソロウは状況を振り返る。

 腕輪があるかぎり現在地が割れ、隠れ続けることは出来ない。ならばと自らを囮にすることにした。


 ――喧嘩を売ったんだ。相手の顔くらいみたいしな。


 カツンと乾いた音がして、霞む視界に何かが映る。両頬へ添えるように冷たいものが触れ、ソロウは上を向かされた。


《ねえ。坊や、あの子はどこ?》


「……どこだと、思う?」


 形容しがたい高い音が耳に届き、気づけば口をついて言葉を発していた。


 ――エア自身の腕輪は、やはり無かった。治療に使われる電力を辿ることも細工したから、もう出来ないはず。


 侵入を検知した時に送ったメッセージの一つは、エアの存在を隠すための情報撹乱の依頼。

 日頃のエアの身分偽装に荷担しているならば、今回の件でも力になってくれるはずだと、ソロウは確信していた。


《見つけられないのよ。どこに隠したの?》


「俺は、知らない……」


 思考はハッキリしているはずなのに、どうして受け答えをしているのか、内面まで見透かされるような、気味の悪い不思議な感覚があった。


 ――解き方に癖を加えて、一定周期で変わるパスワードも、つけた……。


 そのままでも機能するギミックの数々。そこらの人間には解けないと、ソロウは自信を持ちながらも万が一を考えた。

 適時対応が可能な人の手で妨害を加える方が、さらに陰湿になる。そうなればもう、ソロウの手を離れた別の何かにセキュリティは変質しているだろう。


《困った坊や達ね。ずいぶんと勝手をしてくれて。坊や、お友たちは多いのかしら?》


「友だちなんて……いない」


 どこに居るかも、普段何をしているかも知らない。依頼の暗号文は、ボトルレターとしてサーバーに流しただけ。


 ――報酬を……考えとかないと、なぁ。


 一番に充てにしているのは、外界で小遣い稼ぎに本の売買をしていたジジイだ。

 ただの取引相手だった彼は先日、忠告をくれていた。

 エアとも知り合い――ソロウの予想では、サイキと今代の関係者。

 これが片付いたら、生きてるうちに会いに行かないといけない。彼も高齢なのだから。


《従順に見えて、隠れて悪さをするのが好きなのね。ああ、もったいないわ。悪い子はどうしましょう?》


「……殺さないと……後悔、するぞ?」


 ずっと目の焦点が合わず、視界がぼやけていて、ソロウはようやく誘導されていると気がついた。

 仮に思考を読めたとしても、ソロウの中には一つとして手がかりも、答えもない。ニヤリと、その口許がゆるむ。


《素が良いのに、本当に残念だわ。懐いていた子にも、手酷く噛まれてしまうし。ここは、何を間違えてしまったのかしら?》


「ハッ……、全てを管理してきたAIの癖に、してるつもりになってただけか?

 怠惰に、育児放棄なんてするからだ。反抗期って知らないのかよ、マザー?」


《……廃棄と再教育、どちらが良いかしら、それとも坊やが手伝ってみる? ああでも、このままだと人格が不適合ねぇ? 再教育すれば執行人くらいには使えるかしら?》


 一人言のように呟く相手に、ソロウは精一杯煽るように笑って見せる。

 ここが何処で、ソロウの身に何が起こっているのか理解出来ない。けれど、不安はなかった。

 ソロウに接触をしている間はエアが無事で、ソロウ自身がどうなるかなど、ある程度の可能性は見越していたから。


「……せっかくの、祭だ。……せいぜい、楽しめ、よ……?」


 一滴の雫から波紋が生まれるように、ソロウが行ったのは数多の布石を撒き散らし、それらのトリガーを託してきただけだ。

 受け取った誰かが、それをどうしていくかなどソロウは知らない。

 今はただマザーと一緒に、それらが昇華していくのを眺め、楽しむ観客側だから。


 ――せっかくの舞台だ、派手にやってくれよ。

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