第31話 ファーストコンタクト
「……どうくるか」
片手でキーを叩きながら、ソロウは画面に映る文字を目で追った。
ドーム内のセキュリティにアクセスし、全権を掌握するのにそう時間はかからなかった。
すでに似たようなことを、VR内で行ったからだろう。
――管理してたのが先代、そりゃ癖も仕様も同じだなぁ。
現実に戻ってから人柱を防ぐためのエアの痕跡を消すのにも、苦労はしなかった。
元々存在を無視され続け、使っている認証の腕輪も偽装とくれば、吹けば消える灯火に近かった。
――生きた幽霊とか、ふざけんなよ。
だが、ソロウが出来るのはここまでだった。ドームの外、繋がっているだろうマザーなどのサーバーへはアクセスすら出来ない。
マザーの情報を調べようにも、こちらも何も手が出せなかった。
――正しく、手のひらの上ってか。
ソロウに出来るのは、あくまでもこのドーム内部の範囲らしい。
ならばと偽装を施し、ダミーにトラップ、今まで培ったものを思いつくままに配置していく。
『日本サーバーに人柱は三人いる。一人だけだと、欠けた時の万が一の保険が無くなるからな。
善悪に関しての裁量は、基本的に担当エリアを個々の判断で委ねられてはいる。重大議案にのみ、三人の多数決が採用されるようだ』
ギャレーでのサイキとの会話を思い出して、ソロウはこの後の布石を打ち込んでいく。
――臭いものには蓋をする、だったか。
下手をすれば、このドームごと処分される可能性もある。ネットワークで繋がり、AIが管理しているのだから、遠隔操作で何とでも出来ることだろう。
日本にあるドームの数は、約三百。一つ減ったところで、大して数は変わらないと予想も出来た。
「……子どもを、平気で使い潰す奴らだからな」
相手はマザーというAI単体なのか、それともサイキの処刑に関わったような関係者も含めるのか。
――今代は、時間稼ぎといった。なら、相手は必ず動きを見せる。
どちらも考えが古く、頭の固い連中だ。型破りなソロウのやり方を良しとするわけがない。
異分子を排除し、欠けた人柱を埋めるために、躍起になるはずだった。
そう、管理することに、異常な喜びを覚える類いかもしれない。
――知的欲求を満たすため、ハッカーになった俺と同じ。
ビー。と警告を報せる音が響く。画面にもエラーの文字が表示された。
それに焦ることなく、ソロウは笑みを浮かべる。
「あー、あー」
キーを操作してアクセスの妨害をしながら、マイクの音声確認をする。接続先は、ドーム内のあらゆる拡声機器だ。ウィンドウの一つに、装置のフロアを表示させる。
「無事にログアウト出来て良かった。皆」
これから始まるのは祭。ソロウとマザーとの力量差は明白。さらにこちらは子どもで、相手はAIに大人だ。ソロウが他と違うところは、取れる手札の切り方だけ。
「俺とエアは無事だ。けどさぁ、ちょっと羽目外しすぎて、これから俺、捕まるんだよね。ということで、そこに居なくてごめん。気にしないでくれ!」
キーを叩いて指定した送信先へ向け、データを送る。ソロウが打てる布石は、全てやり終えた。
――次は、俺の番だ。
エアが無事回復するまでの時間稼ぎをするために、ソロウは自らを囮にする。
使える手札は、全て惜しみなく使う。伸ばしたその指が、わずかに止まって震えた。
「……悪いな、相棒」
引き返せないようソロウは決意を言葉にし、最後のキーを叩く。時代にそぐわない旧式の愛機に自壊プログラムを起動させた。
瞬く間に自動で画面が切り替わっていく、それを切なく見つめ、歯を食い縛る。
冷えた手に力を込めて愛機をしならせ、バキバキと音を鳴らして真っ二つにへし折った。
「……エア、また後で会おうな」
血の気の戻りつつあるエアに別れを告げて、隠匿するために別空間へと移動させた。
機械音のする方をソロウが見ると、先程まで協力的だった機器の液晶が、見たこともない不気味な紫色に光っている。
アームが伸びてきて、ソロウの四肢を拘束する。そのまま勢いよく、地面に叩きつけられた。
「……随分と古くさいやり方だなぁ。初めまして、マザー?」
《貴方を拘束します》
地面に顔を擦りつけられてなお清々しく笑うソロウに、高い電子音が無情に告げた。
「ひと思いに、ここで殺しとかなくて良いのか? 後悔するぞ?」
《貴方を、拘束します》
一台のロボットが、アームに火花を走らせて近寄ってくる。当たったら痛そうだと思いながら、ソロウは逃げることをしない。
バチッと爆ぜる音と衝撃が襲った。
――さあ、探り、化かし、騙し、明かせ。楽しい祭の始まりだ!
途切れる意識の刹那、ソロウは口許を歪めて嗤った。




