第30話 最深部のその空間
VRに全身を接続するための、装置の周りを囲うように走る線がある。
ずっと、何のための溝だろうとは思っていた。
エアを抱えて両手の塞がったソロウは、認証盤に頭突きをすることで、生体認証を済ませアクセスする。
――まさか、人柱をそのまま運ぶための入り口とはな。
パシュと軽い空気の動く音が響き、溝を境に床が沈む。動きは滑らかで、揺れもなく、真下に向かって、ただまっすぐと降っていく。あまりにも静かすぎて、ソロウの呼吸だけが大きく聞こえた。
地上の床が閉ざされ、真っ暗な闇が広がった。エアを抱く手に自然と力が入る。手から伝わる体温が低くて、ソロウはどうしようもない不安に駆られた。
急く気持ちに、気圧変化による耳鳴りが重なって響き、かなり下層へ降りたのだと理解した。
『人柱を選出、運営がここのドームの役割。最深部の地下エリアには、その為の設備が揃ってる。救命にも使えるはずだ。
サイキの権能については、追々理解すればいい。
頭に入れておいて欲しいのは、エア同様に、このドーム内でのマスターキーを譲渡してあることだ。
網膜、声、皮膚それらを始め、生体認証が必要な場面で使えるようにしたから』
今代の言葉を思い出して、ソロウは呼吸を整えた。頭に響く彼の声は、権限譲渡の際に一緒に送られたメッセージレターだ。
真っ白な空間にたどり着き、ソロウは眩しさに目を細めた。軽い音がして、何かの動く気配と、電子音が聞こえた。
《侵入者、侵入者》
《確保、確保》
目が慣れてくると、そこには腰ほどの高さのロボットが居た。アーム部分が稲光を出していて、物騒この上なかった。
「おい、誰に向かって口聞いてる?」
ソロウはハッキリと声に出し、拒絶の意を示した。目の前の一体、カメラが付いてるだろう辺りを睨む。
ビタリと停止したロボットが、ソロウたちを観察する。機械音だけが静かに響いた。
《侵入――、音声認識、照合中、照合中。上位個体の認証を検知。武装解除。解除》
目の前の一体がそう告げると、残りのロボットもそれに従った。
それにソロウは内心、ホッと胸を撫で下ろす。ただでさえ、システムハック失敗の手が痛いのだ。
あのアームを食らった場合など、考えただけで恐ろしい。
「銃創二ヵ所、出血多量。応急処置で傷口を焼いた。これらの治療をしたい、出来るか?」
目の前に集まり、一列に並んだロボット。指示を待つかのようなその姿勢に、ソロウは話しかけた。
カシャンとロボットのカメラが切り替わる。ソロウが警戒をして、そっとエアを隠すように立ち位置を変えた。
別のロボットは壁際へ行き、何か操作をしているらしい。
――ぶっつけ本番しかないって、キツい。
緑のライトがソロウに当たり、やがてエアに向けて照射される。足から頭の先まで、順に全身に光を当てていた。
ライトが当たった時点で無害と分かったが、ソロウの心臓は緊張し通しで、バクバクとうるさかった。
《外科的医術、提案》
「外科……?」
ソロウが聞き慣れずに復唱すると、もう一台のロボットがライトを当てて、壁に提案図を映し出した。
――ああ、俺の処置をやり直してくれるのか。
専門用語混じりだっだが、図も表示されていて、エアの容態についても数値化されていた。
怪しげな機械を取りつけるだとか、人柱としての処理を施すといったことがないかを確認して、ソロウはロボットに指示を出した。
繋ぎ目のない床が突然二つに割れて、そこから半円状の横長のカプセルが現れる。
ロボットの指示に従い、エアをそこに寝かせた。
「――っ!」
抱えていた重みが無くなり、軽くなったことで全身の力が抜けた。ガクッと膝から崩れ落ちて、ソロウは情けなさから笑いが溢れた。
《治療推奨》
そこへ、別のロボットがやってきて、ソロウの手へと緑のライトを当てた。
手から肘にかけての火傷を、指摘しているようだ。
「俺は良いから、彼女を治療してくれ。手遅れとか言い出したら、まとめてスクラップにするぞ」
《――同時進行可能、治療推奨》
一瞬の沈黙の後、変わらずにロボットは主張を繰り返していた。ソロウがエアの側から離れないことを条件に提示すれば、二台のロボットが現れ、その場で処置を開始した。
『AIの祖であるマザーは、ここには居ないんだ。僕は人柱として有能だったからね、警備も監視も甘い。地下エリアのロボットも、言うことを聞くだろう。
遅れてきた反抗期に意表を突かれて、きっと後手に回る。エアの人柱としての情報も改竄するから、時間が稼げるはずだよ』
今代がイタズラっぽく声を弾ませ知らせてくれた内容は、ソロウにとってとても興味深いものだった。
――マザー、警備、監視。地下エリア。見えないところで、かなり闇が詰まってるな。
彼の気遣いも含め、これが本来の気質だったのかと感じた。これからを無駄にしないために、ソロウはありがたく受け取った。
目の前で処置を施していくロボットは、見たこともない機能と動きをしている。
人間から頭脳だけを取り出し、AIの一部として運用する役目を持つのだから、ある意味当然かもしれなかった。
――胸くそ悪い。こんなもの、ぶっ壊してやりたい。
ソロウはどこか冷めた目で、手当てを受ける手の向こう側に、これから先を重ねて見ていた。
こうなることを予測した訳じゃない、ただギャレーでの介入で既に反逆の種は蒔いていた。
相手が誰だろうと、簡単に屈する気はなかった。




