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カンディデイト・チルドレン~少女を贄にするシステムなんて俺がぶっ壊す~  作者: 松平 ちこ


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第29話 第二ステージの幕へ移ろうか

 長年続いた歴史を急にぶち壊せば、それこそ混沌とした世の中になるだろう。今の人間はドームの内側でしか、満足に生きられない。


 ――あの腐った大人やAIが、手のひらを返してくることだってあり得る。


 ドームの機能が停止されれば、逃げ場もなく、簡単に人は絶滅してしまう。外界は過酷でその為の隔離空間だった。だからこそ、通いでのメンテナンスを妥協案としてソロウは提示した。


《……生きていれば、あるいは》


「そう。エアが死ねば、従来通りの人柱になるだけだろうさ。けど、まだ生きてるんだ。可能性は十分にあると思わないか?」


 エアに資格がなければ、第二、第三の人柱の選別がこれから始まるだけだろう。

 ただ現時点では、エアを人柱にするべく進行しているとサイキが言い、ソロウが介入出来ないほどのプロテクトもかかっている。それは絶望でもあり、可能性を秘めた希望でもある。


「二人が築き上げたもの、エアと二人で俺が形にしてやる。だから全部任せて、安心して逝けよ」


 見届けろ、なんて格好いい正義感を振りかざしただけのことは言えない。

 変革とは、必ずしも即ハッピーエンドではない。紆余曲折の果てに、長い年月をかけて成されるものだ。

 彼らのあの最期を垣間見て、人柱の成り立ちを知り、目の前の生きざまを見せられたら、ソロウに出来るのは夢を見せることだった。


 ――俺は、壊すことが専売特許だからな。


 幸せな将来を作る約束は出来ない。そんなやせ我慢でさえ、彼らにはお見通しだろう。見た目だけなら同じ子どもなのに、彼らには長い年月の孤独が積み重なっている。


「ずいぶんなことを言うようになったな」


「可能性に溢れた未来ある子どもだからな、俺」


 情けない姿は何度も見せた、ならここからは少しでもいい格好をソロウはつけたかった。彼らに恥じない生きざまを見せることは出来る。


《本当に、可能だろうか……?》


 少年の手が震えているのを、エアは上からそっと包み込んで支えた。


「無理でも、失敗しても、人間はやり直せるよ。貴方はもう、気にしなくていいと思う」


「ああ、もう泣くな。泣き虫のお前が泣いていたら、アイツも化けてくる。怒られるのは勘弁だな」


 サイキが手を伸ばして、少年の頭を撫でた。懐かしむように、けれど最後はちょっと複雑そうな顔をしていた。


「そうだよなぁ。人間、転んでも立ち上がるもんだって。AIは走るな転ぶぞって止めるけど、そんなことまでいちいち管理しなくて良いんだよな」


 ソロウが思い浮かべたのは、よく走るスライだ。小さい頃の彼女は、忠告アナウンスを無視して転んではよく泣いていた。


 ――いつからだろうな、泣かなくなって。転けなくなった。


 AIは常に先回りして危険を知らせ、あれこれとうるさいほどに世話を焼いてくる。

 人間が失敗できる環境はVRの中だけで、まるで飼われているようだとさえ思う。


 ――息苦しいと思っても、それが普通だった。


 それで成り立っていたから、世界はこんなものかと思っていた。ソロウが目にした世界の裏側は、その皺寄せを誰かに押し付けていただけだった。


「どうしても心配なら? サイキと共に残っても良いぞ。手に汗握るドラマを、特等席で見せてやる」


 ニカッと笑って見せたソロウは、エアの視線にはたと気づく。


「ソロウ、格好つかないね。もっと漢らしい台詞を言えば良いのに」


「言うな、エア」


 あまりにもまじまじと見てエアが言うのだから、彼女はいい性格をしているだろう。

 だからといって、ソロウは出来ないことを口にしたくなかった。


《そうだね。ここの時間を止めていても、何も解決はしないから……》


 白い球体を見つめて、少年が少しだけ微笑んだ。

 左右にはソロウとエアが居て、前にはサイキがいる。ずっと孤独だった少年は、一人ではなくなっていた。


「なぁ、ずっと持ってる、それ。なんなんだよ、大事なものか?」


《僕の脳。といっても本物は現実にあるから、模したものだけど。これには、自壊プログラムが入ってる。もう、悪用されたくはないから……》


 少年は静かにサイキを見た。流していた涙がピタリと止まる。


《ずっと変わらないで居てくれて、ありがとう。たぶん、心強かった。今まで頑張ってこれたのは、きっとそう》


「それは悪いことをしたな。任期を無駄に延ばしてしまった、アイツも向こうでそう思ってるはずだ」


 ふるふると左右に頭を降って、少年は球体を掲げた。淡く光ると形が崩れ、周囲に広がっていく。


《僕は最期に、僕を取り戻せたから――それだけで、もう幸せだよ》


 その光は、周囲だけでなくソロウやエアも包んでいく。


《マザーはしばらく、僕の対応で忙しいはずだ。その間に、ソロウがどこまでやれるか、が鍵だと思う。

 エアには僕の権限を、ソロウにはサイキの権限を、生体登録で移譲しよう。頑張って――》


 周りが見えないほど白く染まった世界に、ソロウは最後まで目を開けて見ていた。


「ああ、任せろ」




 ◇◆◇◆◇◆◇




「――っ!」


 ハッと意識が戻ると、ズキズキとした痛みを感じて、ソロウは思いっきり顔をしかめる。

 逸る気持ちを抑えて、装置に手を当てると内部を覆っていた液体が回収されていく。僅かな時間も惜しく、長く感じた。

 ロックを解除し、もつれる足で外へ出れば、懐かしい部屋が目に飛び込んでくる。


 ――戻って? 皆は!?


 ソロウよりも先にログアウトしたはずなのに、辺りに人影は無かった。

 言い知れない不安が、胸を締め付ける。


「いっ……」


 ヒリヒリとした強い痛みを感じて、手を見れば酷い火傷を負っていた。

 VRの中で、介入を拒絶された時に負ったものがそのままな反映されていた。


 ――まさか、失敗していたのか?


 ソロウは痛む傷を抱え、一番近い装置に手を当てる。中でクレヴァーが目を閉じているのが見えた。液晶を確認すれば、ログアウト処理中の文字が読める。


 ――良かった、これ、時間加速の差分か?


 どこからかは分からないが、ソロウと皆との時間の進みが変わっていたのだろう。おそらく、今代の少年が手を回したと察することができた。


「――っ。そうだ、エア!」


 停滞していた思考が徐々に動き出すように、ソロウはハッとしてやらなければいけない数々を思い出す。

 入り口近く、エアのいる装置を前にして、ヒュッと息を呑んだ。

 正常な緑ではなく、重篤な異常を知らせる赤色が目に入る。


 ――分かってはいただろ、気合いを入れろ!


 緊急排出のボタンを叩き、中から極小機械と血が混ざった大量の赤い液体と共に、エアの身体がぐらりと、ソロウへ倒れ込んできた。

 手の痛みに構うこと無く、彼女を抱きあげる。ぐったりとした彼女の顔色は青白く、意識は無い。

 ソロウは事前に聞いた目的地へと向かうため、装置の認証盤に頭突きでアクセスする。


 ――立ち入り禁止の最深部に連れていけ!


 そこに、エアを救う可能性がある。さらにVRの中じゃない、本当の中枢が――。

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