第3話 死の宣告と共に開始されたサバイバルゲーム
最初にソロウが感じたのは、鼻を突く焼け焦げた臭いだ。
目を開けると、緑の木々が飛び込んできた。後ろからは熱風を感じる。
手に重みを感じて視線を向けると、ナップザックを持っていた。
紐の所持すら許されない現実世界とは異なる、昔の時代が舞台らしい。
――シャツにはボタン、少しゆとりのある服か珍しい。スラックスもストレッチがあって動きやすいな。
危険とされる、ありとあらゆる物が排除された現代の環境の結果なのか、義務教育ではVR上で、さまざまな状況を体験して学ぶことが多かった。
そして幾ら科学が発達したといっても、家にある簡易のVR装置ではこうはいかない。あの卵形で全身を機械に接続するからこそ、今の五感の没入感が可能だった。
【これから、サバイバルゲームを始めます。
ゲーム内での死は、現実世界での死を意味します。慎重に行動しましょう。ログアウトは出来ません】
辺り全体に届くような機械音声のアナウンスが流れた。その不穏な響きに、ソロウはいつもと違うと胸騒ぎを感じた。
不吉なワードを聞き取り、さらに眉間に皺を寄せる。
「死……?」
普段なら接続不良がないかの体調確認から始まり、時代設定やルール説明など、全て担当の教員による音声で始まる。
その中に、脅す要素で死などと表現することは、未だかつてなかったことだ。
【貴方たちは、平成時代にタイムスリップしました。
修学旅行中に、不運にも飛行機事故に遭いました。幸いなことに怪我はありません。
不時着した場所は、無人島です。大人は残念ながら、誰も生存出来ませんでした】
教員とは違う無情な音声。無機質なそれが、スラスラと説明を続けている。
時代背景も事故設定もそれだけならば、今までの義務教育でも事例があったために驚くことはなかった。
――避難訓練や危機的状況の回避訓練、冷静さを鍛える目的だとすれば、設定の範囲内になるの、か?
【避難用のナップザックには、水、食料、ウインドブレーカーがすでに入っています。
ランダム追加で、後述の十個の中から一つだけ入っています。今回選ばれなかったものも中には含まれています。後程、確認しましょう。
【ランダム一点】
・ナイフ。
・ライター。
・食べられる植物図鑑。
・ロープ。
・ビニールシート。
・タオル。
・高濃度アルコール。
・方位磁石。
・懐中電灯。
・拳銃。
では、ゲームクリアまで頑張って生き残って下さい。健闘を祈ります】
ブツリと途切れた音声は、新たに何かが流れる様子はなかった。
静寂が辺りに戻り、聞くことに神経を集中していたソロウは、ふうと息をついた。
そして、手持ちのナップザックの中身を確認することにする。
「水、食料、衣類は共通なんだよな。後は……俺は、ナイフか」
サバイバルナイフと呼ばれる物だろう。趣味で集めた本を始め、過去のVRで見たことも、使ったこともあった。
カバーのついたナイフをくるりと回して感触を確かめた後、ナップザックに戻した。
次に背後を見ると、墜落した飛行機の残骸らしきものが目に入った。
焦げ臭さと熱気は、この機械が燃えているせいだろう。
――ゲームだ。ここからさらに無意味な爆発はしないだろうな?
あくまでも後ろのこれは、設定の範囲内で必要な背景、それ以上の演出はないはずだ。
アナウンスを信じるならば、これはあくまでもゲームなのだから。
「残りのメンバーはどこだ? 無人島に俺だけ、まさか個別ではないと考えられるし」
一同に介して社会性を育てるのも、義務教育の範囲内だ。仮に乗っ取られたと想定しても、わざわざあの人数を個別に飛ばすだろうか。アナウンスでは、貴方たちと呼称していたのだ。
――拳銃、のやつは居ないよな?
不穏な説明の中で、ランダム配布は十種類あると言っていた。メンバーは、全員で七人だ。
拳銃はナイフ以上に、物騒な事態を引き起こす未来しか見えない。誰も当たらないことを祈る。
「……そう言えば、アイツは今回も来てるのか?」
ネットと機械が発達したにもかかわらず、義務教育のVR中に、当然のように起こる不思議な事象がある。
それは大昔で言うところの、学校の七不思議とやらに似ていた。
――最初に呼ばれたところへ現れるはず。
そのVRの謎の一つとして有名な存在を、ソロウはふと思い出す。
分からないことだらけの中、一つずつ状況をソロウは整理していくことにした。何処ともなく、名を呼び確かめる。
「サイキ、居るか?」
「いるよー? どうしたの?」
場にそぐわない着物姿の長い髪の少女が、呑気な声で返事をする。
いつの間にか、ソロウの目の前に立っていた。
――存在を認知して名を呼べば現れる、VRの中の幽霊的存在。
逆に言えば、呼ばなければ現れることもない。実に無害な少女だ。
「どうしたのって、今の聞こえてなかったのか?」
過去に幾度と無く修正されても消えることの無いバグとして、ハッカーの間でも有名だった。
ただナビゲーション機能や、すごい能力がサイキ自身にあるわけではない。
言動も幼めで、参加している子どもと同じくらいのポテンシャルしかなかった。
「ソロウたちと一緒の時に聞く、いつもの大人の声とは違ったね!」
笑顔を振り撒く明るいサイキは、子どもたちの間で長いこと語り継がれて、親しまれている。
「……まぁ期待はしてなかったけど。この無人島に他の子どもはいる?」
「ソロウだけじゃないと思うよ。人数は分からないけどねー」
頬に手を当てて、こてんとサイキは首を傾げた。うーんと唸っている姿は、本当にそこらの子どもと同じだった。
不穏な死という言葉以外、普段の義務教育と変わらない現状は、どこか緊張感が欠けていた。
「……でも、ジジイが言ってたしな」
『あんちゃんも子どもなら気をつけろ。義務教育のVRシステムは特にな』
それは、つい先日の出来事だった。
ずっと外で暮らしていると思ってた取引相手の彼は話を聞く限り、中での生活経験があるらしい。しかも、子どもの時に。
――ジジイが子どもの時って、システムは完成されつつあったんじゃ?
ドームが出来たばかりのザルなシステムの中でなら、生活が合わなくて途中から外に出た者はいた。
現在、中から外へは高度なハッキング技術でもなければ、簡単には出られない仕様に変わっている。
子どもは特に、腕輪の識別認証によって厳重に扱われていたからだ。
今、外界に暮らす者は生まれも育ちもほとんどが外のはずだった。
――嫌になるな、知らないことがあるって。
彼は確実に、ソロウとは違った意味で明らかなイレギュラー的存在だろう。
その行き着いた考えに、ソロウは吐き気を覚えた。
「ゲームクリアの条件はなんだろうな?」
今は、目の前の問題を解決するしか――そう、思考を無理やり切り替えた。




