第2話 集められた七人の子どもたち
少年が足を踏み入れたフロアには、すでに何人か子どもが来ていた。各々で喋っているのが目に入ってくる。
「あ、ソロウ。久しぶり~」
ブラウンの長いツインテールがひょこりと揺れ、駆け寄ってきた少女は、ソロウの前で人懐っこい笑顔を向けた。
「走ると、またシステムにどやされるぞ。スライ」
「転けてないから、セーフだもんね」
走ること自体は対象ではない。速度を超過した場合、かすり傷でも怪我をした場合には違反対象だった。
個人を識別するための腕輪が、違反が重なると発動して、行動が制限されることになる。建物の出入りは、腕輪の位置情報で管理されている。
スライは、行動制限一歩手前の常習犯だった。
「はしゃぎたい気持ちも分かるけど。生身で会うことの方が、アタシたち少ないじゃない」
「違反は面倒だろう、ウェアリー」
スライの横に来たのは、濃紺のショートカットの少女。キリっとした印象が強いが、過去スライが違反をした時には、指を突き立て笑っていたことがある。
ソロウは彼女にそう言った。時と場合によっては、勝手に誰かが転けても連帯責任を取らされることがあるからだ。
「ソロウ、おはよう。確かにVRの中では、よく会ってるから特別感って僕もないかなぁ」
一人、モニターを見ていた少年も会話に加わってきた。ゆるくふわりとした茶髪が、歩く動作と一緒になびいている。
「だよな、クレヴァー。女子くらいじゃないのか、喜ぶのは」
「え、ひどーい。服何着てこうとか、自分で考えてるのに」
スライが、不機嫌に頬を膨らませている。ソロウはそれを横目に、まだ来ていない子どもがいることに気づいた。
――いつものメンバーなら、あと二人か。一人は遅刻の常習として、アイツが、まだいない?
「仲良しこよしで煩いな、お前たち。VRなんて、嫌い。あれこれとなんでもやらせてくるじゃんか。無意味なことばっかり。今日みたいに特別だとか言って、集めさせるのも面倒」
いつもは家から出ることなく受けられるのにと、離れたところで不満を隠しもせず少年が嫌そうな態度を取っていた。
――まぁ、それは俺も同意するよ。シュルード。
ドームの街の中に、一つだけある大規模なVR装置が併設された建物。義務教育の基本は、家で簡易のVR装置を使う。
その中で年に数回だけ、子どもが集まって受けるものがあった。基準はなんなのか、ソロウがハッキングして理由を調べても分からなかった。
「集合五分前か。皆、今日は早いのね」
「そういうエアは、珍しくギリギリだな」
肩につくくらいの黒のショートヘアー。前髪の左側が、癖で少し外に跳ね上がっている少女が入口に現れた。黒曜石を思わせる瞳が、静かに辺りを見渡していた。
「……縁のある人が先日、空に上がったからね。法事みたいなものよ」
サイドの髪を耳にかけ、エアはなんてこと無いように呟いた。
――法事? 表の人間では聞いていないが……。
居住区の人間は数値で管理されて、さらには公表もされている。
間近で亡くなったのは記憶にある限り、死刑囚一人だけだ。
――死刑囚と知り合いか、なんて言えないな。
エアの言葉の意味が気にはなるが、ただの好奇心で、気軽に聞ける場所ではなかった。人の目よりもAIの目が怖い。
子どもの中に、道を踏み外した人間が他にいるとは思わず、ソロウは無言で眉をひそめた。
「あ、セーフ?」
「ティミッド、もう少しで遅刻だよ。気をつけないと」
エアが後ろを振り返り、丸眼鏡の少年へ声をかけた。それに、ティミッドは申し訳なさそうにへらりと笑っていた。いつもの光景である。
《皆さん、おはようございます。時間になりましたので、一人一人、それぞれの装置で準備をしてください》
フロアに女性の音声が響き渡る。それを合図に、皆それぞれの持ち場へとついた。
壁に沿うよう円形状に卵形の装置が十五台並んでいた。
「あー。これ、いつも嫌なんだよねぇ」
「――大丈夫。だいじょーぶ。はい!」
その人がすっぽりと入れる大きさの装置の前、手を前に当てて識別認証をして蓋が開く。中の緑色を見つめてウェアリーが頬を引きつかせていた。
指を伸ばすか、躊躇いがちだ。それをスライが容赦なく後ろから押して、ウェアリーを収容していた。
彼女の抗議の声は、中に入ってしまえば聞こえない。
「分かるよ。このブヨブヨした、言い表せない感触がね……。年に数回だと慣れないなぁ」
押し込まれたウェアリーに、同情の眼差しを向け笑ったのはクレヴァーだ。彼はそう言いながらも、手を当て認証すると躊躇わずに中へと入っている。
――ま、気持ちよくは無いよなぁ。
もっともソロウの不満は、装置に身体を預ける行為そのものへ向けたものだった。他の子どもたちとは、意味が違う。
手首の腕輪で認証を済ませ、ソロウも中へと入る。不透明でトロリとした緑の液体の正体は、目に見えないほどの極小機械の集合体だ。
最初こそ違和感があるが、肺まで緑の液体を満たせば、不思議なことに感覚は外と変わらなくなる。
装置から出た時は不要な液は全て、自然と体外へ出る仕組みだ。
――自分が個じゃなくて、機械の一部みたいになるのが嫌いなんだ。
装置の蓋が外から自動で閉まり、ソロウは目を閉じる。次に目を開ける時は、VRに精神が繋がれているのだ。




