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カンディデイト・チルドレン~人柱の少女を救う術~  作者: 松平 ちこ


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第27話 個が選ぶ、それぞれの善の定義

「……エア?」


 静かに笑う声がしてソロウが見れば、リアルと同じ服装のエアがそこに立っていた。

 撃たれたはずの血の痕は見当たらず、顔色も悪くなく、その姿は堂々としている。


「誰から本を売買してるのよ、貴方は。変なところで思考が子どもなんだから。

 仮の身分なんて、その子が居るんだから、どうとでもなるじゃないか」


 エアが少年を指差して、ネタばらしのように話し出した。


「……本って、ジジイ?」


 ソロウは、癖のある老いた男を思い出していた。確かに彼からの連絡はいつも、ネットに特有の暗号が流れる一方通行だった。ソロウはそれを拾っていただけ。


「そう。それと、そこの今代はね。AIの制度に不満を持つ者に対して迷うことなく、善と判断し続けたの。母体のAIを、長い間ずっと欺き続けてきたんだ。

 今の技量はともかくとして、昔の未熟だった貴方のハッキングが見逃されてたのは、そういうことだよ?」


 エアがどこまで事情を知っているのか分からない。ただ、彼女がくすりとおかしそうに言うものだから、ソロウは恥ずかしい過去をバラされている気分になった。


「サイキが存在を許されて、今の形に進化を遂げたのも、不介入によるバグだけじゃない。

 今代がこれらに関連する全ての事柄を、迷わずに善だと判断し続けたからだよ。そうじゃなかったら、とっくに消されてる」


「エア。お前、サイキのことも……?」


 ソロウの問いかけに、エアは寂しげに淡く笑う。それが答えだった。

 彼女の後ろにはどうやら、かなりやり手の協力者がいたらしい。


《……僕には、それしカ。愚かだから、償う術を他に知らなかったんダ。次代を育むために、終わらせるために、耳を塞いで、目を閉じただケ。

 その時々のクーデターが例え本当に悪だとしても、後の時代で善になることは珍しくない。だから、そう――信じたまでダ》


「そうだね、だからもう良いよ。ありがとう。後は、私が代わる」


 つかつかとソロウの隣まで歩いてきたエアが、少年の球体に手を添える。触れたところから、ほわっと白く輝いた。


「エア!?」


「ソロウ。誰かが、代わらないといけないんだよ。まだ不完全なシステムだから。今代は長く生きた。もう……限界、なんだ」


 慌てるソロウに、エアは首を横に振って、落ち着いて諭すように言った。その瞳は悲しげで、全てを抱え込んでいた。


「だからって、それがエアである必要はないはずだ、俺でも良いはずだろ!?」


 助けたいと思ってここまで潜ったのに、何の意味もなくなってしまう。ソロウは苛立ちのままに叫んでいた。


《……残念ながら、君は条件を満たしていなイ》


「なんだよ。条件って!」


 好き放題してきたソロウなら、内側からだって壊せるだろう。それで終わりだと、そう思ったのに少年に拒絶されてしまう。


「ゲームマスターである今代が、サバイバルゲームを提示しただろう。あれは心理テストが元になっててね。

 君は模範的だったけど、惜しいかな、そこ止まりだ。

 大丈夫。私は彼らの意思を継いで、AIを中から作り替えようと思ってる」


 さらにエアが突き放すように、まるで決定事項のようにソロウへ説明をした。


《必要なのは、自身の命よりも他者を優先する善性と肉体の死》


 抱えた球体を冷めた目で見つめて、少年が追い討ちをかけるように言った。

 それは人質を取られ、帰る肉体も失って初めて人柱になるということなのか。


「人柱に選ばれるためにとったエアの行動、それのいったいどこが、善なんだよ」


「私がシュルードを助けようとしたことは本心だ。君が先生を見ているしかなかったのと、そう変わらない」


「……バカ、ヤロウ!」


 引き合いに出されたことで、苦虫を噛み潰したようにソロウは顔を歪めた。


 ――助からない先生を一人犠牲にして二次被害を防いだことと、他を助けるために自分を犠牲にしたことが、同じ……?


 善の定義が、めちゃくちゃである。でも人によって正しさなんて、姿形はいくらでも変わるのだと思い知らされる。


 ――ああ、そうだ。俺は別に善人じゃない。


 ソロウの握った拳は、焼けて酷い有り様だ。ズキズキと疼く痛みはこれまで抗ってきた結果が、そこにあることを教えてくれた。


「……なら、エアはまだ死んでいない。他の候補だった子どもたちは、俺がログアウトさせた。

 条件は満たされていない。俺は、諦めが悪いんだ」


 これまで行われてきた人柱への選別、その記憶改竄による隠蔽工作に対しては、ソロウがすでに対策を講じていた。

 子どもたちが入っている装置、それから認証の腕輪それぞれにプロテクトをかけた。

 VR中の記憶を弄る従来のやり方では揉み消せないように、だ。


 ――なんで、誰かが犠牲にならないといけないんだ。


 不完全なAI、そのための人柱のシステム。今代を言いなりにさせた耳障りな声、サイキの最期を思い出して、ソロウは煮えたぎるような憤りを感じていた。


 ――俺なら、俺なら全部ぶっ壊してやるのに。


 どこか分からないが、ここがVR内なのは確かだった。さらにはソロウ、エアという不安定な要素が存在している空間だ。

 すでに制約なんて、ガバガハのはず。なのに、人柱としての役割以上が出来ないと言うのなら――。


「サイキ――!!」


 存在を認知して名を呼べば現れる、VRの中の幽霊的存在。バグを司る存在。

 彼が、ここに現れたって良いはずだ。それがソロウの考える、善なのだから。


 ――俺の望む未来に、生け贄なんて必要ない。


 その為なら、なんだって壊す。壊した先に、新しい何かを作り出す。それが正しいことだと信じて突き進もう。


「ははは、ソロウ。お前は、パンドラの箱そのものだったか――」


 声と共に笑いを隠すことなく、一人の不敵な態度の少年がそこに顕現した。

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