第26話 残された時間、ただ抗う
今ここには、サイキの開けた裂け目などない。ただの白い空間で、存在しているのはソロウと少年だけ。
――何もなければ、何も出来ない。
少年が先ほど、自らをAIと名乗った。それを聞いたソロウは、そこからアクセスすることが出来るのではないかと仮説を立てた。
原理で言えば、VR装置によって身体がネットワークに繋がれた状態のままだからこその可能性だった。
「いや? ただの我慢比べだよ。俺とお前の」
バグの裂け目だって、膨大な情報の渦だった。少年を介し、ネットワークのどこに意識が繋がれて、そこからどうなるのかは分からない。
――でも、何もしないより、ずっといい。
サイキが言った人柱の代替わり中の今、取っ掛かりが必要ではあっても、万全な状態よりマシなはずだと解釈する。
「今ならザルだって、アイツが言ったんだ」
《――っ!》
球体を持ち身を固くする彼ごと、ソロウは優しく抱きしめて目をつぶる。
まるで濡れた状態で触れ感電したかのような――痺れる身体の痛みと、押し潰されそうな情報の波に精神が侵食されていく。
「――くっ」
スライ、ウェアリー、ティミッド、クレヴァー、シュルード。彼らをログアウトさせるべく、一人、一人をソロウは強く思い浮かべた。
このゲームが人柱を選別するためなら、もう役割を終えているとサイキは言った。なら皆を返すことは、容易なはずだ。
――エアが人柱で、人質が必要ならば、俺がいる。
意識が飛びそうな負荷の中、一台、一台の装置へ接続を切るようにソロウは管理権限を改竄する。
「まだ、だ!」
さらには奪い取った主導権で、装置自体に好き勝手出来ないよう、プロテクトを同時に書き加えもした。
無人島から、一つ、また一つと生体反応が消えていく。最後の一人まで気を抜くなと、ソロウは自分に言い聞かせた。
――悪趣味なデスゲームなんて、糞食らえだ。
くだらない大人の理想のために、生け贄を捧げるシステムなんてふざけている。
ソロウの五感は残したままなのに、抱きしめた少年からは温もりが感じられなかった。
触れて話すことが出来るのに、垣間見た記憶も合わさって哀しみが胸を締めつけた。
――くそ、今はまだ感傷に浸るな!
さらにシステムを掌握する過程で見つけた情報には、サイキが言ったVR中の死亡に関する隠匿の手法まであり、こちらもプログラムごと抹消する。
記憶改竄のマニュアルなど、いったいどれだけの不正で人を踏みにじってきたのか。胸くそ悪い事実に、ソロウは吐き気を覚えていた。
――大本を叩かなければ、徒労に終わるかもしれない。けど、時間稼ぎでも良い。
バックアップくらいとっているだろう。それでも、ソロウはやらずには要られなかった。少年は、それをただ黙って受け入れていた。
「ぐっ!」
子どもたちへの処理を終え、最後だとエアの装置へソロウが介入を試みた。
途端に、少年を抱いた腕がジュッと音を立てて焼けた。痛みと焦げた臭いが鼻につく。
人柱としてエアを選んだだけあり、これまでとセキュリティが段違いだったのだ。
《……そこで止めれば良いの二、無駄なことヲ》
身動ぎ一つせず、聞き逃しそうなほど小さな声で少年が呟いた。そこに彼の思いが滲んでいる。
「選択することに、その過程に、無意味なことなんてない!」
七十年の孤独の中で、少年の方こそ無駄なこと何度も繰り返したはずだ。
人柱となるの前だって、選別のためのVRで、きっと報われない選択をしただろう。
《結果が全てダ》
「いいや、AIには無いもの、足りないもの、それらがまだ、お前の中にも残ってるはずだ。俺は、それを否定したりしない!」
装置に介入が出来ないのならば、次だとソロウは考える。
VR内のエアは今、どこにいるのだろうか。ギャレーの外、焚き火の横で眠る彼女の意識は……。
情報の海から一滴の雫を探すように、ソロウは思いを馳せた。
『さあ? でも、新しい何かを掴めるとしたら、それはソロウだけだと私は思う』
ネットの支配下にあったことを警戒して、お互いに本音で話したことはない。
望んだことだと、システムに逆らうなと言ったエアは、代わりにソロウへ何かを期待していた。
――ふざけんな、丸投げしてんじゃねぇ。
AIが人柱としての脳を必要とするならば、安易に装置の中で死なせることはないだろう。ソロウに許されたリミットは、そこにある。
――もう、残された時間を決して諦めたりはしない。
装置からの拒絶に、アプローチ方法を変えようとエアの痕跡を探す中、ソロウは手当たり次第にログを漁っていた。
「っ、なんで、ない……!?」
すでに人柱として、人としての情報が抹消されてしまった後なのか。手がかりと呼べるものを、ソロウは見つけられず焦った。
――そう言えば、エアは腕輪を着けていたか?
ドームの人間には、生まれた時からつけられる識別認証の腕輪。
サイキは、エアが外界生まれで外界育ちだと推測していた。彼女は常に長袖で、その手首を見たことがソロウはなかった。
《あるわけなイ。君と違って、彼女は生きたバグだかラ》
「それは……?」
ソロウの思考を読んだかのように、少年が言葉を発した。
ソロウは腕の力を弱め、少年と向き合った。彼はAIの善悪の判断を司る人柱。まるで鏡のように、彼の瞳にソロウが映っていた。
『アイツが関わることに、干渉出来ないようにされてるんだ』
それは脅して従わせるために、不必要な情報を遮断されてるだけだと、サイキから聞いた時にソロウは思った。
「……まさか、子孫にまで適応されるのか?」
生まれた命が、社会から認識されることもない。内側で暮らすには不可欠な腕輪ですら、認知されないから身につけることもなかったとでも言うのだろうか。
――外界の人間は、安らかな最期を求めてドームの内へ来ることがあるんだぞ。
腕輪を持たない外界で暮らした人間が、内側に来るには正規の手順が存在した。
大きな出入口があり、そこで検査を終えれば個人の識別コードが発行され、以後の全てを管理されることになる。
――エアには、それさえも無いのか?
入るだけなら拍子抜けするほど、簡単だった。
逆に外界へ出るには、特殊な仕事に就いた人間か、内側での生活権を失った人間だけだ。
――俺は、点検口をハッキングして出入りしてたからで……。
腕輪の認証が位置情報を把握しているため、外界への出入口が開くことはない。
システムが導入された当初なら別かもしれないが、入ってしまえば二度と出ることは叶わないはずだった。
「いや、エアはこれまでも、VRに参加していたんだ……」
内部のログにも、どこにも痕跡がないのは、存在していないからだとして、ならなぜVRに参加していたのか。
「ハッカーが、ソロウだけじゃないでしょ」




