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カンディデイト・チルドレン~人柱の少女を救う術~  作者: 松平 ちこ


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第25話 正解のない我慢比べ

 ソロウが溢した言葉を、サイキが拾った。その上で、彼は切り捨てた。未来を優先させろと彼は言う。

 それはなんて正しくて、そしてやるせない思いにさせるのか。


 ――エアを助けたい。人柱になんてさせたくない。でも俺は……。


 皆も助けたい、このふざけたシステムを壊したい。叶うならば、全てを叶えたい。

 伸ばした手の先、雑多な情報の奔流にソロウは呑まれる。その中から、掴み取りたい未来だけをただ懸命に探した。


『最期に、メッセージを遺せて良かったよ。聞こえるかい、――?』


 ソロウの脳裏に今度は、しわがれた、か細い声が聞こえた。最後は名前だろうか、そこだけノイズが激しく、聞き取れない。


『何が正しかったのか分からないまま、怠惰に生きた私も、どうやら、ここまでのようだ。

 君の枷になっていることが、ずっと心苦しかった。けれど、君を孤独にさせることもまた忍びなかった。

 不甲斐ない私を、どうかずっと許さないでくれ……』


 一方的な言葉が込められた、メッセージレターだった。送り主は、受けとり主は……、きっとあの記憶の続きだとソロウは確信する。


『――は七十年も、立派に務めを果たしたんだ。それはとても、凄いことなんだよ。だから、最後はどうか……。

 君の、好きにしていいんだ。それくらい許されないで、どうする』


 弱々しい声なのに、その言葉は酷く胸を打った。七十年、それは途方もない年月だろう。

 ソロウには想像の出来ない、長い、長い時間だった。その時間を彼らはそれぞれ、孤独に過ごしたのだから。


「――っ!」


 一瞬の浮遊感の後に、内蔵を掴まれたような気持ち悪さを感じた。

 気がつけば、真っ白な空間の中にソロウはいた。身につけた愛機もなく、周りにはサイキもいない、本当に何もなかった。


《――だから僕は、終わりたいと願っタ。でも、守るべきものも失ったのに、AIは許してくれなかっタ》


 独白のように、甲高い少年の声が聞こえた。白い空間に波紋が広がって、どこからともなく、あどけない風貌の子どもが現れた。


《人柱なんテ、駄目なのに。嫌なのに。逆らえなかっタ。すまなイ……》


 少年の口が動くけれど、発せられる言葉は空間全体に響いている。どこか平淡で、アナウンスの音声を彷彿とさせた。

 光の届かない彼の目から、大粒の涙が止めどなく溢れて落ちていく。


「……お前だけが、悪いわけじゃ……無いんじゃ、ないか?」


 開始時にソロウが憤ったのは事実だ。教員を害されて腹が立ったのも事実。けれど、彼だけを責めるのは事情を追体験した今は、違う。


 ――何一つ、その身に自由を許されていなかったのなら。


 彼にはその責任さえ、負う必要が無いのかもしれない。たくさんの記憶の断片を見せられて、ソロウにはもう他人事には思えなかった。


「悪いのは、こんな糞なシステムを作り上げた大人で、それを存続してるAIだろ。それに、誰だってきっと同じことをする。俺も――」


《でも、僕はそのAIであり、AIが僕ダ。不変の事実であり、また役目を果たせなかった欠陥品でもあル》


 ソロウの言葉を遮って、白くて丸い光の球体を抱えた少年が、虚ろな瞳で見つめていた。


《君は正しさを選び、人を導く力があル。僕とは違ウ。僕は、彼を死なせタ。良かれと選んだのに、無力だっタ》


「……買いかぶり過ぎだ。ずっと見てたんじゃないのかよ? 俺はどこにでもいる人間で、一人じゃ何も出来ない」


 だからこそ、どれだけソロウが言葉を並べても、目の前の、今代の人柱の心に響くことはきっとないだろう。


 ――俺じゃ、駄目なんだ。


 彼の閉ざした心を解すのは、寄り添えるのは、エアや彼女の祖父のサイキだろう。

 ソロウの気質は、善性にない。何事にも知的好奇心が勝り、全ての原動力は知りたいと思う心から来ている。

 自らの欲求のためには、法も欺くし、外界へ出掛け、気ままに散策することすら厭わないのだから。


「俺はお前にはなれないし、お前は俺にはなれない。それが人なんだよ」


 ドームの中、安全に敷かれたレールの上を歩くことを良しとせず、守ろうと努力することもしない。

 総じて社会性、協調性に欠けるのだ。人としてなら十分に欠陥品として、ソロウだって名乗りをあげられる。


 ――俺は、必要ならば切り捨てるし、納得いかなければ、結果をねじ曲げもする。


 対して目の前の少年は、七十年もサーバーの善悪を司り判断してきた。

 人質を取られていたために、その彼が死ぬ瞬間まで、決められた枠の中で過ごしてきた人柱だ。


「本来、人は未熟で、そうあるべきで、一人に全ての業を負わせるものじゃない。

 それなのに、善悪のシステムに子どもを組み込むなんて、そんなのそもそもが間違ってるんだよ」


 お互い真逆で相容れないからこそ、惹かれる魅力以上に思いが届かないとソロウは気づいていた。

 彼はもう、孤独に耐えられず壊れ始めている。


《いいヤ。君が見殺しにしたように、これもまた必要な措置の一つだっタ》


「――違、う」


《何が違ウ。正しさを選んだ、必要な犠牲じゃないカ》


「いいや。あれに正しさなんて、ない。何も出来なかったのは、俺だ」


 ――あそこで先生を庇って死んでいたら、俺が人柱だったかもしれない。


 けれど、その罪も抱えて生きると決めた、弱さであり痛みだ。そこにうわべだけのソロウの言葉を幾ら並べても意味はないだろう。

 それでも少年はまだ、ソロウと対話を望み、踏みとどまって、歪みに抗っていた。


 ――俺だけじゃ無理だ。だからこそせめて、会わせてやりたい。


 一歩、彼の前へとソロウは足を踏み込んだ。出来ることを全てするために。

 後生大事に抱えた球体が、何を意味するのか。未知過ぎて、ソロウには予想が出来ない。


『限界を迎えた今代の人柱は、俺の親友でな。壊れゆくなかでも、色々と便宜を図ってくれた』


 互いに不干渉、その中でも、長い間それぞれが最善を探し続けていた。遠いところで、うっすらとお互いを感じていたはずだ。


 ――サイキが、そうであったように。


 一歩、一歩とソロウは彼との距離を縮める。全てを諦めた少年は、動くことなく瞳は虚ろなままだ。


「さしずめ、ここだってAIの末端くらいにはなってるだろ?」


《……君ハ、なに、ヲ?》


 この対話に意味があるのか、呼ばれたことに意味があるのか、ソロウには分からない。 

 手を伸ばして、少年に手に触れる。ビリビリと身を焼くような強い痛みが走った。

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