第24話 エアの祖父、その生きざま
ソロウの視界が一変して、知らない声と一緒に胸が潰れるような痛みも覚えた。
『今代の人柱君、良いかね? このモニターに映っている二人は、君の顔馴染みのお友達だろう、覚えているかな?』
真っ赤だった視界が、ジジッと音を立てて変わり、別の景色をソロウに見せた。
二つのモニターに、それぞれ少年が映っている。
どこかの個室だろうか。窓も無く、物も何も無い部屋で一人、背筋を伸ばして少年が座っていた。
――サイキ。
もう一人は服装は違うが、先ほどまで目の前にいた少年だった。大柄な大人かロボットによって、赤黒い床に押し付けられた少年は、それでもなお意思を捨てず反抗的な強い目をしていた。
少年がカメラに気づき驚いたのは一瞬、その後は、何かを伝えようと口を動かしている。
『よく見ておいで。君が役目を放棄したら、もう一人のお友達も、ああなるよ。その次も。
足りないなら、分かるまで、また別のお友達も連れてこようね?』
甘ったるく、吐き気のする声がソロウの頭に響く。
その声に合わせてモニターに映るサイキの首に、刃が落とされた。
鈍い音が何度も繰り返され、最後はごとりと、切り離された頭が転がった。
赤黒い床に、真新しい赤い汚れが広がっていく。
《見るな――お前のせいじゃない。気に病むな》
苦痛に顔を歪めることなく、サイキは最後までそう口にしていた。転がった彼の頭、その表情は悔いはないとでも言うように、笑っていた。
『君が良い子でシステムを手伝えば、もう一人のお友達は助かるよ。生きられるんだ。頑張ってね』
身の毛がよだつ程の気味の悪い声は、そう囁く。男の手が前に来ると、コンコンと硬質な音を立てた。
少年たちが映っているモニター。それを見せられているソロウもまた、モニター越しだったのだと気づかされた。
――これは、まさか。
サイキが言っていた、前回の人柱選別VRの記録か。
サイキは、エアの祖父。
先日息を引き取った死刑囚の死因は老衰。
外界でソロウに本をくれるのは、義務教育に忠告をしてきた年配のジジイ。
――ああ、彼らは……。
『……縁のある人が先日、空に上がったからね。法事みたいなものよ』
ふと、VRが始まる前の遅れて来たエアの声を思い出した。
ソロウが誰の視点で見ていたのか、理解させられた。
「――ソロウ!」
「ぐっ!」
首根っこを思いっきり引っ張られ、後ろに引き倒される。
ソロウが見上げれば、険しい顔をしたサイキが居た。先ほどの映像と、寸分変わらぬ姿だった。
「何を見たか知らないが、余計なデータに呑まれるな。戻れなくなるぞ!」
仁王立ちで立つサイキに、先ほど見えた高潔すぎる生きざまが重なった。想像を絶するその最期に、ソロウは二の句が継げなかった。
――お前、VR中に亡くなったんじゃ、ないじゃないか。
VR絡みというサイキの表現を思い出し、ソロウはぐっと顔を歪め、涙を堪えることしか出来ない。
さっき感じた痛みは誰で、この感情は誰のものか。今、この胸に巣くう苦しみは――。
「余計、なんかじゃ……ない!」
「綺麗事だ! お前の、今の目的はなんだ!? いいか、それ以外は全て余計なものだ!
それとも、全て諦めるのか、彼女が手遅れになってもいいのか!?」
ソロウの胸ぐらを乱暴に掴んで、サイキは非情に問う。
けれど彼の過去を垣間見たソロウは、割りきれなかった。溢れた涙が、ポタリと落ちる。
『ソロウ、お疲れさま。ありがとう』
目の前の少年の面差しに、少女のサイキの言葉が重なった。あれは、エアの止血をした直後だ。
――あの、ありがとう、は……!
ゴシゴシと袖で涙を拭い、ソロウは再び世界の裂け目を睨んだ。
惰性に流されるのは、性に合わないのではなかったか。どれだけの情報だろうと受け止めて、望むものへ書き換える。今までも、これからもそれは変わらない。
「悪い。また呑まれたら殴ってくれ。作業に戻る。俺は、皆をログアウトさせるんだ!」
人柱の世代交代が今だと言う。ならばその思いごと全て受け止めて、ソロウはただ前へ進もう。泣くのは後で幾らでも出来るんだ。
決意を新たに、もう一度、裂け目へと手を伸ばした。
――これは、俺にしか出来ないんだ!
見失いそうな情報量の中、必要な事柄にだけ介入し、改変を繰り返した。
どれくらい時間が経ったのか、そこへ気を回す余裕もソロウにはなく、パタパタと汗が滴り落ちていた。
「――よし、この無人島は掌握した」
ギャレーの外では、血溜まりや異臭などが消えているはずだ。
――次は、皆の情報へ干渉して……。
五感の接続を、とソロウは次の行程に移ろうとする。瞬間、情報の渦が弾けて今度は目の前が真っ白になった。
「――っ!」
さらにはバチッと強い静電気が起きたように弾かれて、後ろに倒れ込む。後頭部を床に打ちつける前に、サイキが抱き留めてくれた。
「無事か?」
「ああ、そこは……もう使えない。サイキ、新しい穴を作れるか?」
目の前のサイキが開けた穴が、パチパチと音を鳴らして塞がっていくのが見えた。
ソロウは冷静に、塞がったのならまた開ければいいと考えた。
――サイキも騒いでないなら、出来るはずだ。
「良いぞ。俺は、システムに介入権がないからな。バグの穴くらい、代わりにいくらでも開けよう」
ニヤリと笑い、サイキが斧を振るう。最初よりも深く、鋭利な裂け目が出来ていた。
「いや、バグでこんなことが可能なら、システムに介入だって出来そうだろう」
感心してソロウがそう言えば、サイキが斧を肩に乗せて背を向けた。表情は見えなかったが、そこに哀愁が漂っていた。
「……アイツが関わることに、干渉出来ないようにプログラムされてるんだ、俺たちは。ある意味、呪いみたいなものだな。
普段からいくつものプロテクトが掛けられているんだが、孫が負傷したことで、取っ掛かりが出来ただけなんだ。皮肉なもんさ。
だが、代替わり時が一番手薄なのも、事実だ。手段はもはや、選んでられないだろう」
アイツが誰を指すのか、ソロウにはもう分かっていた。だからこそ、代わりに裂け目へ手を伸ばしてハッキングを続ける。
――アイツは、それをどこまで知ってるのだろう。
覗いた記憶は、強烈な映像だった。前回の人柱選別は、何十年も前らしい。古い記録のはずなのに、情報に一つの欠けもなく全てが鮮明だった。
今も意思があり存在しているのに、互いに不干渉を強いられていて、最期があのままだったなら、それはあんまりではないのか。
「……会えたら」
「余計なことをせずに、今、必要なことをしろ。俺たちは所詮――ただの、バグだ」




