第22話 糞食らえなゲームの裏側
「は? さっきまでの姿も、今の姿も、オリジナルが居た……?」
「集合体だと言っただろう。《《サイキ》》は、VR絡みで死んだ人間の強い思念で出来ているのさ。まさにバグらしいだろ?」
肩をすくめておどけて見せたサイキは、事の重大さを感じさせないほどに軽く言う。
「……待て、VRで死亡事故なんて聞いたことがない。AIがそんな設計をするのか?」
ソロウは片手を上げて待ったをかけ、目元を揉んだ。理解が追いつかなくて頭痛がしてくる。
――このサイキの言うことが、理解出来ない。
集合体と呼べるほどの死者が各地から出ているのであれば、過去の記録やニュースとして残っていないとおかしいではないか。
――人の記憶にさえ残らないなんて、そんなことあり得るのか。
AIを信じて疑ってこなかったのは、ソロウも同じだ。
だが過去に起こった出来事でその渦中にいた人々に、僅かでも疑いの目が芽生えていないのはおかしいではないか。
「揉み消されるからな、正しく等しく、その全てを。そしてそれが起こるのが、義務教育中の、この特殊VRだ」
サイキが両手を広げ、ここがそうだと笑って言ってのけた。探るような視線は、ソロウを見定めているようでもある。
「人が死ぬ義務教育なんて、おかしいだろ。今回だって、何かの設定ってなだけで……」
「何も義務教育で毎年、毎回やってる訳じゃないさ。周期的に、必然として起こっている。
今回がそうだったというだけで、このドームに限って言えば、前回は何十年も前だしな」
ソロウが事実を直視できずに否定をすれば、サイキは情報を小出しにして開示した。まるで理解度を合わせるようだ。
「本当に、AIが人を殺すルールを……? サイキは、本当に?」
「それが、この世界の必然だ。信じる、信じないは自由だがな。ソロウ、今ならまだ、綺麗な世界に引き返せるぞ。
今回は既に、人柱の選定が済んだ。ゲームは終わりの目処を迎えているからな」
――今回がって、じゃあエアは……?
ソロウが駆けつけた時すでに、エアは青白い顔で腹部は真っ赤に染まり、足からも出血して地面には血溜まりが出来ていた。
手当てをしてなお、焚き火に照らされた顔は白く、呼吸も浅く弱々しかった姿を思い出す。
「嘘だ。本当に、エアが死ぬのか……?」
ずっと、一人だけ冷静で、一人だけ落ち着いていた。彼女がなぜ、不可解な動きをしていたのか。
死ぬことすらも全て分かった上で、これはエアが望んだ結末とでもいうのか。
『半分ハズレで半分当たりだな』
目の前のサイキは、イベントじゃないのかと聞いたソロウの問いにそう答えていた。
――半分、ハズレ。世界の、必然……。
サイキは過去のゲームの被害者だから、全て知っていて動いていた。なら、これまでの不可解な言動は、少女のなりをしたサイキのVRに対する悪あがきだったのか。
『ずっと寝てれば、幸せになれるよ?』
――あれは言葉通り、少しでも苦しみから解放されるために?
ぐしゃりと髪をかきむしり、ソロウは眉間に深く皺を刻む。今までの知識が、覆されていく。
「サイキが、色々と把握しているのは分かった! じゃあ、エアはいったい何なんだよ!?」
エアが死ぬ覚悟で、わざわざVRに臨んだ意味が本当に分からなかった。
ハッカーのソロウでさえ、今の話を聞かされてまだ、信じられないでいるのに。
「……出自からの憶測だが、アレは……俺の孫だな、うん」
「は……?」
サイキは軽く唸るような声を出し、記憶を辿るような素振りで腕を組んだ。やがて、納得するように一つの答えを出していた。
反対に、もたらされた情報の密度で、ソロウは完全に面食らった。
――前髪のくせっ毛が似てるけど、兄弟って言われた方がまだ納得出来る。
そう、目の前のサイキの外見はソロウと同じ年にしか見えなかった。
「いや、でもサイキ、その見た目……。あ、前回、何十年前って……?」
「これは死んだ時の外見だ、当たり前だろう。見てくれをそのまま受け取るな、ソロウ」
ソロウが混乱する頭で事実を整理しようとすれば、サイキから至極全うに突っ込みを入れられた。
「あの子は外界で生まれ育ち、前回の人柱の選別、VRの詳細を伝え聞いて、今まで育ったんだろうさ」
目の前の少年の――いや、祖父に当たるのか、エアが孫だという。他人事のように語りながら、サイキはそのことを気にしていなかった。
――祖父のことを伝え聞いて、育った?
エアが荒事に慣れすぎていたのは、過ごした環境が外界で過酷だったせいだったのかと腑に落ちた。けれども同時に、疑問も生まれる。
『私の……これは、自業自得だからね?』
VRが始まる前の集合時間、いつもより到着が遅かったエアは、用事があったと言っていた。
VRが始まってからも、集合場所に来るのは誰よりも遅かった彼女、スタート地点が遠かったからだと言っていた。
ゲームマスターと呼称して、まっすぐに対話をしていた姿を、ソロウは思い出した。
『ソロウは皆、を……。何があっても、システムに……逆らわな……で……』
身を挺してシュルードを守り、ソロウにはVRシステムに逆らうなと彼女は言った。
外界で育ったなら、ドームの中でVRを受ける必要などなかったはずだ。
死ぬことすらも全て分かった上で、これはエアが望んだ結末とでもいうのか。
――事前に知っていたなら、逃げれば良いじゃないか。相談くらいしろよ、バカヤロウ。
何一つ理解できなくて、ソロウはやるせない無力感を感じていた。
目の前に居るサイキは堂々と立っていて、ソロウにはただ、得体が知れない存在だった。
「サイキは、なんで……」
それほどまでに物知りなのか。落ち着いていられるのか。そんなのもう、バグの領域を越えている。
「一つ、一つは微々たるバグだったさ。積もり重なってサイキとなり、俺個人は虎視眈々と機会を狙っていただけに過ぎない。
まさか孫がいるとは、つい先ほどまで知らなかったがなぁ……」
そこでようやく感傷に浸るように、サイキが目を伏せた。初めて人間らしく感じた彼が思い浮かべているのは、かつての想い人か、奪われた未来なのか――。
「ああ、本当に糞食らえだ。こんな世界」
そうして怒気を孕んで、サイキは天を睨んでいた。




