第20話 それは確かな分岐点だった
ダン、ダン、ダーン。
森を駆けるソロウの耳に、立て続けに三発の音が聞こえた。
「くそ! やっぱり配られてたのかよっ!」
脇目も振らずに走り抜ければ、木々や葉に引っ掛かり裂傷を幾つも、その身に刻んだ。
やがて光が見えてきて、そこが墜落現場の開けた場所だと教えてくれる。
同時に漂ってきた焦げた臭いと血の臭いに、ソロウは痛ましげに顔をしかめた。
「無事か!?」
「……ああ、ソロウ。思ってたより早いね」
シュルードを組み敷いたエアが、脂汗をかきながら笑いかけてきた。
その腹部は真っ赤に染まり、足からも出血しているのだろう。地面に血溜まりが出来ていた。
――なんで笑う、血の量が……。
さらにエアはアームカバーで、シュルードの腕を後ろ手に縛っていた。その傍らにリボルバー式の拳銃が転がってる。ソロウが見ていなくとも、現状証拠としてそれは十分過ぎた。
「……シュルードが、撃ったのか」
「責めないでよ? 持っていたら、魔が差すのが人間じゃないか……。
銃に弾は、もう残ってない。銃弾は可能な限り、地面に向けたからね」
肩で息をしながら、エアが現状を報告してくる。ソロウは眉間に皺を寄せながら、足早に近寄った。
シュルードは抵抗をする様子もなく、心ここにあらずといった体で、ポツポツと何かを口にしている。
――ちっ。
あれではもう、どうこうしようはないだろう。行き場のない苛立ちを、ソロウは飲み込む他なかった。
代わりに、シュルードに股がったエアを抱き寄せしっかりと支えた。
「私の……これは、自業自得だからね? シュルードは、自殺しようとしただけ。
強制ログアウト、なんて……出来るわけがないのに……、バカなやつ」
「もういい、喋るな。どうせ耳もろくに聞こえていないだろ」
遠くからでも分かる銃声だった。至近距離なら、耳が麻痺していてもおかしくない。
指で唇を押さえて黙らせようとソロウが試みれば、エアはソロウの腕を掴んで懇願してきた。その震える指先は、すでに血の気が失せて真っ白だ。
「……これは、望んだこと、だから。ソロウは皆、を……。何があっても、システムに……逆らわな……で……」
「……やだね」
青い顔で言葉を紡ぐエアに、ソロウはハッキリと拒絶の意を表した。
彼女を抱えて足に力を入れて立ち上がり、焚き火の方へ向かう。
「俺は、言いなりになんてならないからな。エアにだって、聞きたいことはいっぱいあるんだ」
「わぁ、血がいっぱいだね。どうするの?」
気を失った血塗れのエアを見ても、サイキの顔色は変わらなかった。それに構うことなくソロウは焚き火の近くにエアを横たえた。
彼女のナップザックから、高濃度のアルコール瓶を取り出す。エアのランダム配布品だ。
「どうもこうもない。死なせない」
先程の位置からだと、テントは死角になって互いに見えていなかった。ウェアリーがようやく事態に気づき、悲鳴を上げることなく顔面蒼白になっている。
「ウェアリー、タオルをあるだけ持ってこい!」
ソロウは叫びながら、エアの全身を見る。腹部と太ももに、それぞれ銃創が一つずつだった。アルコールをかけて傷口を洗う。
「出来るの?」
「――やるんだよ」
ソロウがやろうとしていることを見越して、サイキが静かに問う。彼は視線を向けることなく、そこに決意を込めるように返した。
ソロウは医者じゃない。ここに医療設備もない。これが正しいことかも分からない。
ただ、やらなければ何も変えられなかった。エアの傷口からは、止めどなく血が溢れているからだ。
タオルを持ってきたウェアリーに太ももの傷を、タオルで押さえるように指示を出す。
――望んだことだと言いやがった。なら、ミスっても怨まれはしないだろ。
ナイフを取り出して、アルコールで洗った後、焚き火で炙る。刃の色が赤く、十分に熱されたのを確認して、ソロウは馬乗りになった。
エアの腕を足で、舌を噛むことがないよう口を、左手でそれぞれ押さえる。
腹部の貫通した傷口へ、震える右手でナイフを突き立てた。ジュッと肉の焼ける臭いに、ソロウは顔をしかめて歯を食い縛った。
「――っ!」
出血が止まるように、角度を変え傷口を何度も焼いていく。
腹部が終われば、次は太ももだった。貫通していない傷口を見て、ナイフで傷口を開き、弾を取り出す。
そうして、太ももの傷も同じようにナイフで焼いた。傷口を塞ぐために焼く行為が、酷く長く感じた。
「……はぁ」
血だらけで、汗まみれで、ソロウはようやく息をつく。エアの傷口から、新たな出血は見られない。塞ぐことには成功したらしい。
ソロウはボトルから水をかけて手を洗い、ナップザックから救急キットを取り出した。
エアの傷口周りの汚れを落とすようにアルコールを仕上げにかける。最後に包帯を巻いていった。
「ありがとう。ソロウ、お疲れさま」
「……サイキ。まだ、何も終わってない」
ふわりと笑ったサイキのまとう雰囲気が、また変わった。ソロウはそれを静かに見つめた。何かが決定的に変わったのだ、なら腹を括るしかないと覚悟を決める。
エアは浅く呼吸を繰り返している。今のところ、その命は繋がっていた。




