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カンディデイト・チルドレン~人柱の少女を救う術~  作者: 松平 ちこ


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20/22

第20話 それは確かな分岐点だった

 ダン、ダン、ダーン。


 森を駆けるソロウの耳に、立て続けに三発の音が聞こえた。


「くそ! やっぱり配られてたのかよっ!」


 脇目も振らずに走り抜ければ、木々や葉に引っ掛かり裂傷を幾つも、その身に刻んだ。

 やがて光が見えてきて、そこが墜落現場の開けた場所だと教えてくれる。

 同時に漂ってきた焦げた臭いと血の臭いに、ソロウは痛ましげに顔をしかめた。


「無事か!?」


「……ああ、ソロウ。思ってたより早いね」


 シュルードを組み敷いたエアが、脂汗をかきながら笑いかけてきた。

 その腹部は真っ赤に染まり、足からも出血しているのだろう。地面に血溜まりが出来ていた。


 ――なんで笑う、血の量が……。


 さらにエアはアームカバーで、シュルードの腕を後ろ手に縛っていた。その傍らにリボルバー式の拳銃が転がってる。ソロウが見ていなくとも、現状証拠としてそれは十分過ぎた。


「……シュルードが、撃ったのか」


「責めないでよ? 持っていたら、魔が差すのが人間じゃないか……。

 銃に弾は、もう残ってない。銃弾は可能な限り、地面に向けたからね」


 肩で息をしながら、エアが現状を報告してくる。ソロウは眉間に皺を寄せながら、足早に近寄った。

 シュルードは抵抗をする様子もなく、心ここにあらずといった体で、ポツポツと何かを口にしている。


 ――ちっ。


 あれではもう、どうこうしようはないだろう。行き場のない苛立ちを、ソロウは飲み込む他なかった。

 代わりに、シュルードに股がったエアを抱き寄せしっかりと支えた。


「私の……これは、自業自得だからね? シュルードは、自殺しようとしただけ。

 強制ログアウト、なんて……出来るわけがないのに……、バカなやつ」


「もういい、喋るな。どうせ耳もろくに聞こえていないだろ」


 遠くからでも分かる銃声だった。至近距離なら、耳が麻痺していてもおかしくない。

 指で唇を押さえて黙らせようとソロウが試みれば、エアはソロウの腕を掴んで懇願してきた。その震える指先は、すでに血の気が失せて真っ白だ。


「……これは、望んだこと、だから。ソロウは皆、を……。何があっても、システムに……逆らわな……で……」


「……やだね」


 青い顔で言葉を紡ぐエアに、ソロウはハッキリと拒絶の意を表した。

 彼女を抱えて足に力を入れて立ち上がり、焚き火の方へ向かう。


「俺は、言いなりになんてならないからな。エアにだって、聞きたいことはいっぱいあるんだ」


「わぁ、血がいっぱいだね。どうするの?」


 気を失った血塗れのエアを見ても、サイキの顔色は変わらなかった。それに構うことなくソロウは焚き火の近くにエアを横たえた。

 彼女のナップザックから、高濃度のアルコール瓶を取り出す。エアのランダム配布品だ。


「どうもこうもない。死なせない」


 先程の位置からだと、テントは死角になって互いに見えていなかった。ウェアリーがようやく事態に気づき、悲鳴を上げることなく顔面蒼白になっている。


「ウェアリー、タオルをあるだけ持ってこい!」


 ソロウは叫びながら、エアの全身を見る。腹部と太ももに、それぞれ銃創が一つずつだった。アルコールをかけて傷口を洗う。


「出来るの?」


「――やるんだよ」


 ソロウがやろうとしていることを見越して、サイキが静かに問う。彼は視線を向けることなく、そこに決意を込めるように返した。


 ソロウは医者じゃない。ここに医療設備もない。これが正しいことかも分からない。

 ただ、やらなければ何も変えられなかった。エアの傷口からは、止めどなく血が溢れているからだ。

 タオルを持ってきたウェアリーに太ももの傷を、タオルで押さえるように指示を出す。


 ――望んだことだと言いやがった。なら、ミスっても怨まれはしないだろ。


 ナイフを取り出して、アルコールで洗った後、焚き火で炙る。刃の色が赤く、十分に熱されたのを確認して、ソロウは馬乗りになった。

 エアの腕を足で、舌を噛むことがないよう口を、左手でそれぞれ押さえる。

 腹部の貫通した傷口へ、震える右手でナイフを突き立てた。ジュッと肉の焼ける臭いに、ソロウは顔をしかめて歯を食い縛った。


「――っ!」


 出血が止まるように、角度を変え傷口を何度も焼いていく。

 腹部が終われば、次は太ももだった。貫通していない傷口を見て、ナイフで傷口を開き、弾を取り出す。

 そうして、太ももの傷も同じようにナイフで焼いた。傷口を塞ぐために焼く行為が、酷く長く感じた。


「……はぁ」


 血だらけで、汗まみれで、ソロウはようやく息をつく。エアの傷口から、新たな出血は見られない。塞ぐことには成功したらしい。


 ソロウはボトルから水をかけて手を洗い、ナップザックから救急キットを取り出した。

 エアの傷口周りの汚れを落とすようにアルコールを仕上げにかける。最後に包帯を巻いていった。


「ありがとう。ソロウ、お疲れさま」


「……サイキ。まだ、何も終わってない」


 ふわりと笑ったサイキのまとう雰囲気が、また変わった。ソロウはそれを静かに見つめた。何かが決定的に変わったのだ、なら腹を括るしかないと覚悟を決める。

 エアは浅く呼吸を繰り返している。今のところ、その命は繋がっていた。

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