第18話 平穏の崩れ去る音
「……ホントに、良いのか?」
「動いた方が気が紛れるし、やるだけやって損はないって。皆が固まってたら正解、でもないでしょう?」
ソロウはティミッドとシュルードに目配せをして、エアに念押しする。エアがそれに嘆息して言った。
朝食後に話し合いを詰めた結果、二つのグループに別れることになったのだ。
「じゃあ気をつけてね。ソロウ、スライ、クレヴァー」
「エア、魚取ってくるね!」
「……スライ、それ本気だったのかい?」
意気込むスライに、クレヴァーがやや引き気味だ。あれからサイキが生きた魚について、色々と話したせいだろう。
リアリティのあるここで、魚を食すとなると課題が多そうだ。
――そういや、魚を取るって今まで義務教育でも無かったしな。
緊張感の無い光景に、ソロウもつい雑念を抱いてしまう。
今日はとりあえず、クレヴァーたちに湧き水の位置を教えることと海の確認が目的だった。
エアに見送られながら、三人は森へと歩き出す。
「あれ、サイキは留守番なの? 魚に乗り気だったのに」
「あの格好で、海にも森にも連れて行けるかよ」
スライがソロウに聞いてくるので、理由を教える。スニーカーと言えど、服装が着物では探索に不向きだ。
さらには非常時の連絡手段として、ソロウと離れていた方が都合が良いことに変わりはなかった。エアがいくら心強くて有能でも、胸騒ぎがするのだ。
――そういえば、連れてけってずっとごねるかと思えば、初回以降は居残ってるな。
ちなみにスライは、長い髪をエアに結い直してもらったらしい。スッキリとお団子にまとめられていて、合流時とは違い両手が空いていた。
「拠点を移すってなったら、皆で移動するしかないし、そうなれば機会は今後あるだろさ」
その時は、サイキが望めば多少の寄り道も付き合ってもいいかもしれない。
「拠点は、本当に移すのかい?」
「サバイバルがこのまま続くなら、湧き水と海にほどよい拠点が良いなと思う。やっぱり、食料と水は大事だからなぁ」
飛行機の残骸に周辺にあるのは、植物と果樹だ。取りつくしてしまえば、何も無くなってしまう。留まる理由も特になかった。
隠した斧を使い木を伐採して、新たな拠点を構えるのも考えてはいた。
――明るく見えても、全員が無事とは言いがたいしな。
ソロウもそうだ。手の火傷は時間経過をリアルに再現していた。それなのに教員の腐敗具合を確認には行っていない。
放置することで疫病などのリスクがあるとしても、だ。どうしても見に行く勇気が無かった。
「あそこってやっぱり特別だったのかなぁ。やっぱり虫、出てきたねぇ」
飛んでいる小虫を迷惑そうに手で払って、スライが嫌そうに言った。
「虫、苦手か?」
「ぶーんって鳴るのが好きじゃない。ほら、現実にはいないじゃない? 聞き慣れなくて、気持ち悪いかなぁ」
意外そうにソロウが言えば、スライは口をへの字に曲げた。羽織っているウインドブレーカーの襟を口許まで持っていき、虫から距離を取っている。
「うん。不思議だよね。VRで過去の再現だって言われてもさ。リアルと違いすぎて、僕にはもう別世界にしか見えないよ。そこらのゲームと同じだね」
虫は気にしていないが、スライの言わんとすることを察してクレヴァーも同意を示していた。
安全で快適なドームでの暮らしは、過保護なほどにAIが人生に介入してくる。
――矛盾してるよな。
義務教育の仮想現実では、空想の世界ではなく、わざわざ過去を選んでなぞっている。現代に無いものをVRで補うように、追体験させているのだ。
必要なら残せば良かっただけなのに、何故徹底的に排斥したのか。
「……リアルとVR、どっちが良いんだろうな?」
「え、なにその思想。難しくて分かんない」
「あはは。ソロウは本当に、色々と考えるよねぇ」
ソロウの呟きに、スライもクレヴァーも笑っていた。
管理された日常が当たり前で、VRで受ける教育も当たり前。彼らにとっては、それ以上でもそれ以下でも無かった。
辿り着いた湧き水で、それぞれが預かってきたボトルに、順番に水を汲んでいた。
「この水、冷たくて美味しいねぇ」
スライが水を手ですくい、顔を綻ばせて飲んでいた。クレヴァーが、一本、一本、ボトルに水を満たしていく。
ソロウはそれを視界に入れながら、次の目的地である海の方角を確認していた。
――ん、鳥が?
バサバサと遠くの方で、鳥が何羽も飛び立つのが見えた。さらにはザアザアと木々が揺れている。
ダーン。
聞き慣れない硬質な音が、静寂を破って耳に届いた。
「ん? なあに、今の?」
「燃えてるヘリの方で、爆発とか?」
二人にも聞こえたのだろう。それぞれが、異質な音に意識を向けて呟く。ソロウは、空を見上げて思案していた。
――あの、方角は。
空に飛び上がった鳥が、さらに大きく飛び上がる。
ヘリの場所ではない。あそこは――。
ターン。ターン。
再び、同じ音が立て続けに響いた。何だろうと言いつつも、二人は特に気にしていなかった。
続く非日常に、感覚が麻痺しているのもあるだろう。
断定出来ないことをソロウは歯痒く思いながら、不安が渦巻いていた。
――どうする。任せたままで、良いのか?
森の中では、木々が邪魔をして遠くがよく見えない。
同じ音が続けて響いたのは自然ではなく、人為的な――そう考えて、音の正体に気付いてしまった。
――まさか、ランダム配布か!?
ソロウは辿り着いた一つの結論に、雷に打たれたように、血の気が引くのを感じた。
「――サ」
思わず呼びつけたくなった名を、片手で口を押さえ、もう片方の拳はグッと握りしめてソロウは思い止まった。ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
向こうの状況が何一つ分からないのに、連絡手段としてサイキを呼びつけることも躊躇われた。
「……クレヴァー。ここまでの道は、覚えたな?」
「え? まぁ……」
ソロウはクレヴァーへ視線を向けた。冷静に取り繕おうとして、失敗する。
気づけば返事を待たずに、駆け出していた。
「俺は先に戻る! 海はもういい!」
こんなことなら二手に分かれるにしても、ソロウが残るべきだった。そう後悔を滲ませながら、来た道を無我夢中で走った。
――頼む、無事でいろ。




